海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(14)セミファイナル4&音楽的挑戦の旅

2013/06/07
第14回ヴァン・クライバーン国際コンクールは、白熱したセミファイナルが終了し、6日からいよいよファイナル開幕となった。その前に、セミファイナル最終日と中日の様子からお伝えしたい。

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セミファイナル最終日の印象に残った演奏から。ソロではアレクセイ・チェルノフ(Alexei Chernov, Russia)はシューマンの交響的練習曲Op.13で、暗示的な主題の提示から逞しい想像力を発揮したバリエーションを聴かせてくれた。またパーセルの組曲Z.666ハ長調も忘れられない。アレッサンドロ・デルジャヴァン(Alessandro Deljavan, Italy)は終始魂のこもった演奏、特にソレールのソナタR.90嬰ヘ長調、R.89ヘ長調では、スペインの作品らしい明るい野趣と生気漲る音で印象づけた。photo:The Cliburn / Ralph Lauer


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室内楽ではジェイソン・ギルハム(Jayson Guilham, Australia/UK)のシューマンのピアノ五重奏が秀逸で、美しい音量・音質のバランス、間の取り方、弦との呼吸の合わせ方などに安定感があり、5人が一体となって表現を試みるゆとりを感じた。3人とも惜しくもファイナル進出とならなかったが、それぞれが優れた個性と実力を持っており、聴衆の強い支持を受けていた。photo: The Cliburn / Ralph Lauer

セミファイナル結果発表翌日5日にはフォートワース動物園貸切でZoo Partyが開かれ、出場者、ホストファミリー、スタッフなど関係者が集まった。ウェスタンミュージックの生バンド演奏やダンスが披露される中、ドリンクや軽食をつまみながら歓談のひと時を過ごした。またジャック・マーキー事務局長から出場者があらためて紹介され、全員に特注のウェスタンブーツが贈られた。(写真:若干きつそうなブーツを試着するピアニストたち)

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また6日昼にはピアノ・ランチというミニコンサートが開かれ、惜しくもファイナル進出ならなかった4名のピアニストが演奏を披露した。オレクサンダー・ポリーコフ(ムソルグスキー『展覧会の絵』より抜粋)、ジェイソン・ギルハム(ベートーヴェン・ソナタ第21 番Op.53『ワルトシュタイン・ソナタ』)、アレクセイ・チェルノフ(グリーグ抒情小曲集より3曲、ラヴェル『夜のガスパール』より「オンディーヌ」)、クアンティン・リン(『夜のガスパール』より「絞首台」「スカルボ」)。それぞれが今後を十分に期待させてくれる演奏だった。


●音楽的なチャレンジを続けていくこと

このようなコンクール側のホスピタリティや各種企画を見ていると、コンクールとはコンクールだけではない、と改めて思う。コンクール出場者は10-20代半ばが圧倒的に多いが、音楽を一生関わるものと考えると、コンクールの世界では上の年代と見られる20代後半-30代でもまだまだ若い。ステージ上の数十分間の演奏で評価を受けるという厳しい世界に身を置いているわけだが、ここでしか経験できないことを体験して次に活かしていくという逞しさも、その後の飛躍に繋がるだろう。実力がありながら惜しくも結果が残せなかった出場者の中には、その後も残って他のピアニストの演奏を聴いたり、パーティなどに積極的に参加している人もいる。その堂々とした姿に、また新たなファンがつくこともある。そんな彼らを強くサポートしているホストファミリーの存在も頼もしい。(写真:動物たちがそろそろ眠りにつこうかという黄昏時・・動物園パーティの様子)

また10代後半から20代にかけては、指導者に教わったことを踏まえながら、自分なりの勉強のスタイルを見出すこと、様々な曲に出会うこと、色々な人に出会うこと。そのような体験を通じて感性を大きく広げることによって、生涯にわたり音楽的成長を促してくれるだろう。コンクールが違えば、審査員も聴衆も会場も評価指標も変わる。あるコンクールで評価されたプログラムや演奏でも、別のコンクールでは結果に繋がらない場合もある。逆もまた真なり。大事なのは、試行錯誤しながらも音楽的な挑戦を続けること、そのプロセスを通じて、自分は音楽とこう関わりたいというアイデンティティを見出すことではないだろうか。

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例えばピアノのソロ演奏以外から、音楽的刺激を受けている人もいる。今回出場した30名のピアニストのうち、作曲を学んでいるのはニキタ・ムンドヤンツ、アレクセイ・チェルノフ(自作曲が間もなく出版予定)、ショーン・チェン、ユーリ・ファボリン、そして阪田知樹さんも今回は使用しないが普段からモーツァルト協奏曲のカデンツァを自作しているそうだ。また指揮を勉強しているのがオレクサンダー・ポリーコフ。また常時デュオや室内楽をしているピアニストは、ワディム・ホロデンコ、アレッサンドロ・デルジャヴァン等。実際に彼らのプログラムを見ていると、ありきたりな選曲ではなく、どこかに工夫があったり挑戦的な場合も多い。そして演奏に多少荒削りな部分が残っていたとしても、どこかに本人のアイデンティティが垣間見える。何年かたって再びそのピアニストを聴いた時、恐らく成長の軌跡が見えるだろうと予感させてくれる。(写真:Piano Lunchにて。「2年ほど前から指揮も勉強しているんです」というポリーコフ)

音楽的刺激や好奇心に対してオープンであることで、かえってコンクールという枠に縛られず、自然体でいられるのかもしれない。ある聴衆が「自分を"音楽の旅"に誘い込んでくれるピアニストを応援したいんです」と語っていた。聴いている人にとっては、コンクールもコンサートも関係なく、そこにどんな音楽があるか、その音楽に自分が入っていけるかが一番大事。そしてピアニストが音楽と関わる意味の一つは、自分のいる世界を飛び越え、音楽を通じて人と繋がっていくことではないかと思う。コンクールという限定された場で、それに制約されない若いピアニストたちの逞しさも感じた。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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