ヴァン・クライバーン国際コンクール(12)セミファイナル3・音楽的探究&信頼感
2013/06/04
Tweet
テキサスは平坦で広大だ。フォートワース市のダウンタウンから一歩出ると、広大な土地が広がる。車で15分くらい郊外に行くと、ストックヤードという地区がある。西部開拓時代を思わせる建物やお店がずらっと軒を連ねる(Fort Worth Stockyards)。この地区はカウボーイ文化の伝統を色濃く残しており、牛追いの行進が1日2回、またロデオ等の競技が毎週のように行われているそうだ。またここはメキシコとの国境付近でもあり、メキシコ料理の店も多い。そういえば学校の先生は、英語とスペイン語のバイリンガルであることが求められると聞いた。
その二つの文化が入り混じり、さらに晴天の多い天候も手伝って、陽気でダイナミックな性格を持つのがこのテキサスの人々である。コンクール会場で働くボランティアの方や、ピアニストの滞在先であるホストファミリーの方、聴衆の方々など皆さんとても気さくで、知らない人でも気軽に声をかけたり、ピアニストの話で盛り上がったりする。ホテルやレストラン、タクシーの運転手も、プログラムを持っているだけで「今コンクールやってるんだよね!どう?」と興味深そうに聞いてくる。コンクールがこの街にしっかり根付いていることが分かる。(写真:クライバーン・ホストファミリーのお一人&友人ご夫妻とメキシコ料理店へ。料理も内装もカラフル)
さてヴァン・クライバーン国際コンクールのセミファイナル3日目。セミファイナルはソロリサイタル60分と室内楽で、1・2日目にリサイタルを弾いた人は、3・4日目は室内楽を演奏する(またはその逆)。というわけで、今日明日はセミファイナル2度目のステージとなる。以下は3日目の様子から。
●ソロリサイタル Recital ―飽くなき音楽的探究
ワディム・ホロデンコ(Vadym Kholodenko, Ukraine)は、リスト『超絶技巧練習曲』(9番以外)で華麗な技巧を余すことなく存分に披露した。しなやかに伸びる多彩な音質を駆使して、各曲の魅力を引き出していく。特に1番の全体を予感させるような煌びやかさ、2番の高音部と低音部の絶妙な音の対比から生み出される音空間の奥行き、4番「マゼッパ」では旋律がくっきり浮かび上がる音のバランスの良さ、5番「鬼火」は幻のような非常にデリケートな音で情景を描く。当時最高難度の技巧を駆使したリストの名作は単なる練習曲にとどまらない見事な情景描写が織り込まれ、これを勝負曲として選んだホロデンコの自信が伺えた。そしてプログラムを見ただけで、きっと上手に弾くだろうと演奏が想像できるようでもあった。(どんなふうに弾くんだろう、というよりは)photo: The Cliburn/ Ralph Lauer
一方ベアトリーチェ・ラナ(Beatrice Rana, Italy)は、ショパン前奏曲Op.28を選択。リストより1歳年上であったショパンは、これまたリストの超絶技巧練習曲とほぼ同時期(1839年)にこの曲を完成させている。どちらも20代後半の作品であり(リストは第二版)、全て異なる調性で書かれているという点では共通しているが、二人の性格や志向性の違いがよく現れており、対比する意味でも面白い。ショパンは華麗さよりも、深い音楽的思索と表現の探究が見える作品である。この選曲によって、彼女が内面的な表現を試みようとするチャレンジ精神が伺えた。慎重に響きの行方を聴きながら、ショパンが投影した心理描写に肉迫しようと試みる。前奏曲はほんの1-2分の曲にも天才的な感性の閃きが見られ、それが全て捉えられていたかという点では、時々さっと行く部分が入り混じったり、フレージングに一貫しない部分があったが、この大曲に挑戦したということが20歳の彼女を大きく成長させたのではないかと思った。photo: The Cliburn/ Ralph Lauer
●室内楽 Chamber Music ―信頼関係の構築
ニキタ・ムンドヤンツ(Nikita Mndoyants, Russia)はブラームスのピアノ五重奏。弦と合わせるのに一苦労という場面があったが、ピアノを他の弦と対等に据え、ともに一つの楽想を創り上げようとする意志が見えた。第3楽章スケルツォの重心と軽妙さの対比、第4楽章フィナーレのまとめ方など、提案しながら創り上げたのではないだろうか。現時点では未完成でも、その方向性が見えた演奏で興味深く聴いた。photo: The Cliburn/ Ralph Lauer
クレア・ファンチ(Clair Huangci, US)はドヴォルザークのピアノ五重奏。優雅で透き通るようなピアノの響きで、主役と脇役のバランスをわきまえ、弦、特にチェロも伸びやかに響いてくる。第3楽章のスケルツォ的な軽やかさ、第4楽章は弾けるような若々しさを発揮して締めくくった。photo: The Cliburn/ Ralph Lauer
最年少出場者でただ一人の10代ピアニストとは思えないほど、毎回堂々としたステージを見せてくれる阪田知樹さん(Tomoki Sakata, Japan)。地元でもじわじわと人気が高まっている。室内楽はシューマンのピアノ五重奏を選択。とても本人にあった選曲で、「リスト、ドビュッシー、シューマン、スクリャービン、これで自分が好きな作曲家が全て入りました」と終演後ににっこり笑顔。気負うことなく自然体でさらさらと弾きながら弦とよく合わせていく、リズムや自他の音に対する勘の良さが見えた。最後まで集中力が途切れずに弾き切り、会場から大きな拍手が贈られた。photo: The Cliburn / Ralph Lauer
「海外の室内楽は今回が初めてで、弦楽四重奏の方と共演するのも初めてです。ブレンターノ弦楽四重奏の方々と共演できたのも光栄でしたし、人柄も素晴らしい方々だったので、こちらも緊張せずに自分の意見を言ったり質問することができました。リハーサル(90分)では各楽章を通して弾き、コンセンサスを合わせていく部分はどういう意見を持っているのか、彼らが聞いてくれました。今後のためにとても良い勉強になりました」。彼らと共演したことによって新たな発見はありましたか?の質問には、「ピアノ五重奏の世界が開けました!」と元気いっぱいに答えてくれた。(写真:「これ何ですか?」と、地元メディアに尋ねる阪田さん。物怖じしない好奇心旺盛な性格が、音楽でも発揮されている。)
室内楽課題は「人ありき」の課題。共演者が出す音にどう反応するのか、共演者とどう呼吸を合わせてまとまった音楽を創っていくのか、さらにそこからどんな化学反応が生まれるのか。90分という短いリハーサル時間で創り上げていくためには、相手がどんな音楽観を持っているのかを瞬時に見極め、そして相手を信頼することが大事になる。ピアノに合わせてもらっているのか、ピアノが合わせにいっているのか、共に音楽を創り上げているのか。短時間でどれだけの音楽的な信頼関係を創れたかという点が、とても興味深い。
右)バスホール内ロビー全景。
左)夜の部で聴衆がますますヒートアップする中、一足先に夢の世界へ入るワンちゃん。@The Cliburn Shop
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
【GoogleAdsense】