ヴァン・クライバーン国際コンクール(11)セミファイナル2・選曲&バランス感覚
2013/06/03
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テキサスといえば、西部開拓時代のカウボーイのイメージを持つ方が多いかもしれない。コンクール会場でも、カウボーイハットやウェスタンブーツを履いている聴衆を時々見かける(ピンクの可愛いウェスタンブーツを見た!)。
とはいえ、西部劇映画で見るような光景が一帯に広がっているわけではない。国立歴史地区にその遺構が一部残っているそうだが、ダウンタウンはこざっぱりとした近代的な街並みである。現在フォートワース市は全米で16番目に大きく、9番目に安全で、さらに「最も住み心地の良いコミュニティ」の一つとされている。安全性や住環境の良さは社会的信用力にも繋がる。市内には造幣局があり、現在全米で流通している紙幣の60%がここで印刷されているそうだ。
文化面にも力を入れており、安藤忠雄が設計したフォートワース現代美術館は、ニューヨークのMOMAに次ぐ全米第2位のギャラリー面積を誇る。前掲のクライバーン・コンサートシリーズでは2003年より現代作曲家によるワークショップやコンサートを行っているが、この現代美術館内も会場の一つである。もう一つの会場となっているキンベル美術館には、フラ・アンジェリコやレンブラント、モネ、ピカソ、モンドリアンなど巨匠の作品が所蔵されている。
ちなみにフォートワース市はダラス市と隣接しているが、1963年あのケネディ大統領がダラスで暗殺される前日、ここフォートワースの商工会議所で人生最後となる演説を行ったという。全米市民に愛されたJFKを讃え、街中には彼の記念碑と銅像が建てられている(写真)。
さてセミファイナル2日目は、ソロリサイタル(3名)と室内楽(3名)が披露された。印象に残った演奏から。
●ソロリサイタル Recital ー 選曲の大切さ
ニコライ・ホジャイノフ(Nikolay Khozyainov, Russia)はベートーヴェンのソナタ第32番Op.111から入るという挑戦的なプログラム。第1楽章はリズムの鋭さや和音の強い主張よりも、特に左手の長く優雅なフレージングが全体の性格を決定していた。第2楽章では次々と繰り出される変奏の旋律が有機的に繋がって次第に巨大な像をなしていき、コーダ前はここ一番という決意に満ちた音で印象付ける。美しい流れを重視したベートーヴェンに続いて、プロコフィエフのソナタ第7番Op.83。彼のフォルテやフォルテッシモには気品があり、こちらも狂気というより美麗なイメージが先行した。リスト=ブゾーニ『「フィガロの結婚」の2つの主題による幻想曲』も素晴らしくよく弾いているが、彼の持ち味が最大限に生かされたプログラムだったのだろうか、とふと感じた。優れた技術・感性・頭脳を持っているだけに、それが60分間に凝縮された選曲であってほしいと思う。photo:The Cliburn / Ralph Lauer
ジェイソン・ギルハム(Jayson Gillham, Australia/UK)は、新曲課題曲、ショパンのロンドOp.16、ドビュッシー『練習曲』第2巻(7・11・12番)と、伸びやかさの中にある繊細さ、リズムと響きに対する洗練された感覚で、各曲の持ち味を引き出していく。新曲は作曲家自身の娘さんから着想したという。子供がちょっとしたイタズラを仕掛けて大人がちょっとダマされて、という愉快な場面が想像できるユーモアある演奏。ショパンの青年期に書かれたロンドはフレッシュな感覚が本人ともよく合い、自然体ながら洗練された演奏だった。ドビュッシーでは(特に7番『半音階のための練習曲』)響きの作り方が研ぎ澄まされ、透明感をもって響いてくる。ブラームス『ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ』はもう少し集中力が欲しかったが、後半第21変奏あたりからまた音に精彩が戻り、最後は堂々と締めくくった。photo: The Cliburn / Ralph Lauer
ショーン・チェン(Sean Chen, US)は、彼の持つテクニックがよく生かされたプログラムで、特に最後のストラヴィンスキー『ペトルーシュカから3つの断章』は、様々な旋律を有機的に浮き立たせながらダイナミックに弾き切り、聴衆から大きな拍手が贈られていた。
●室内楽 Chamber Music ―バランスの難しさ
室内楽はバランスが難しい!出すぎると全体の一体感を損ねてしまうし、出なすぎると個性が弱まり音楽の面白味が薄れてしまう。
アレクセイ・チェルノフ(Alexey Chernov, Russia)のドヴォルザークのピアノ五重奏は、ピアノの音に芯があって生気が漲り、特に第1楽章、第2楽章でそれが生かされていた。そのピアノと呼吸を合わせるかのように、第1ヴァイオリンのフレージングや旋律の歌わせ方に艶が増してきた。しかし第3楽章以降ピアノの音や主張が強く出すぎ、カルテットを共演から伴奏のようにしてしまった印象でちょっと惜しい。photo: The Cliburn / Ralph Lauer
同じくドヴォルザークを選んだアレッサンドロ・デルジャバン(Alessandro Deljavan, Italy)は弦と合わせようという意識によって、少し肩に力が入ってしまったか。ピアノが主役になる箇所で、必要以上に控えめになったり、第3楽章以降は弦と気持ちが一体化していない部分も若干感じられた。が音楽的な感性が感じられる演奏で、聴衆から大きな拍手が贈られた。photo: The Cliburn / Ralph Lauer
本人に強い音楽的志向がある場合、相対性の中で音楽を創っていくことが大事だと分かっていても、短時間のリハーサルで一つの世界観を創り上げるのが難しいかもしれない。どのように全体の流れを創っていくのか、どれだけお互いに合わせるのか、どれだけ自分が出るのか、等々。室内楽は高度なバランス感覚が要求されるだけに、やはりとても重要な審査課題だと感じた。
写真)・・・・・。
@ The Cliburn Shop
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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