海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(6)予選II:プログラムから伝わるもの

2013/05/30
出場者30名はいずれ劣らぬ強者揃いである。どのピアニストも甲乙つけがたい実力の持ち主であり、それだけに「何を伝えてくれるのか」という内容がとても重要だと感じる。そこで「プログラムから伝わるもの」をいくつか挙げてみたい(5月28日・29日より)。
なお本日30日はいよいよ予選結果発表が行われる。会場やオンラインの聴衆の皆さんも、ドキドキしていることだろう。コンクールのライブ配信、およびオンデマンド映像はこちらから! ※予選結果は、本日現地時間19時(日本時間31日午前9時)に発表予定です。


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ニキタ・ムンドヤンツ(Nikita Mndoyants, Russia)は、プログラム構成と表現力どちらも素晴らしく、28日朝一番から凄い演奏を聴かせて頂いた。バッハのトッカータBWV910嬰ハ短調から始まり、ハイドンのソナタHob.XVI:6ト長調、タネーエフの前奏曲とフーガOp.29嬰ト短調、そしてババジャニアンの『6つの描写』で締めくくる。時代順に並べながら、曲の内容でも対比させる巧妙なプログラムだ。まずはバロック(バッハ)とロマン(タネーエフ)で再現されるフーガの対比。バッハは全体の和声進行をしっかりとらえ、フーガもよく意識され、最後は壮麗なコラールのように曲を閉じた。タネーエフもフーガの要素を意識しながら、後半畳みかけるようなパッセージが圧巻。そして古典派ハイドンの陽気なユーモアと、近現代ババジャニアンのシニカルなユーモアの対比。ハイドンは左手で表現される舞踏ステップを思わせるような軽やかな足取りと、右手で描き出す多彩でユーモアある表情が秀逸。安定した拍感の中で自在に躍動している。対してアルメニア作曲家ババジャニアンの『6つの描写』では民族調の曲想の中に、彼は時折シニカルなユーモアを見出しているようで、それがハイドンとの対比に感じられた。彼独特の視点が面白い45分間だった。photo:Van Cliburn Competition

アレッサンドロ・タヴェルナ(Alexandro Taverna, Italy)は調和と気品に満ちたメンデルスゾーンのソナタ第3番Op.106、メトネル『嵐のソナタ』Op.53-2、リゲティのエチュード『悪魔の階段』をその後に配置し、最後はメシアン『幼子イエスに注がれる20の眼差し』の「喜びの聖霊の眼差し」で締めくくった。様式感を踏まえた完成度の高い演奏を聴かせてくれた。最後まで聴くと、1曲目メンデルスゾーンの存在感がより際立ってくる。

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ジェイソン・ギルハム(Jayson Guillham, Australia/UK)の予選IIはベートーヴェンのワルトシュタインソナタ第21番Op.53、リストのペトラルカのソネット123、スペイン狂詩曲と、系譜の流れの中で曲毎の対比が見えるプログラム。深い呼吸から大きなフレージング、無理のないテンポ設定、慎重なペダリングで創る神秘的な音の響かせ方など、奇をてらわない自然なアプローチが光る。予選Iも含めてプログラムについて聞いてみた。「ベートーヴェンとリストはピアノという鍵盤楽器の可能性を極限まで押し広げた人であり、チェルニーを挟んで同じ系譜に属しているので、この2人の作品を取り上げました。ベートーヴェンはワルトシュタイン・ソナタを書く直前に新しいピアノを入手していて、新しい音の響き、音域や音量の拡大など、様々な可能性を試みています。ちょうど同じ時期にピアノ協奏曲第4番(ファイナルで選曲)も作曲しています。また予選I(バッハ―リゲティ―ショパン)は、リゲティはバッハのように対位法的で多くの声部があり、またショパンのピアノ書法にも影響を受けているので、リゲティを挟んでこの3人の作曲家を並べました」と、終始笑顔で語ってくれた。作曲家の相関関係に配慮しながらの選曲、そのアプローチはもちろん曲の見方にもつながっている。

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日本の阪田知樹さん(Tomoki Sakata, Japan)も大健闘!予選Iの評判が高く、予選II演奏前には客席から歓声が上がっていた。予選IIではモーツァルト『デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲』から。長調は明るく清純な音で喜びに満ち溢れ、短調は音質やテンポの変化でがらっと表情を変える。多彩な表情が見えて興味深く聴かせて頂いた。アルベニス『イベリア』第2巻をはさみ、チャイコフスキー=パブスト『チャイコフスキーのオペラ「エフゲニーオネーギン」による演奏会用パラフレーズ』で、彼の持ち味を最大限に発揮し、華麗に締めくくった。
アルベニス『イベリア』は1年ほど前から勉強しているそうだが、どんなイメージで取り組んでいるのだろうか?「アルベニスはリストに関係し、フランスの要素も含んでいます。自分が大事にしたいと思っている核になる作曲家の要素を融合した、かつオリエンタルな雰囲気をもつ独特な作品群が魅力的だと思っています。技巧的な難曲ではなく、抒情詩、バラードのような感じで演奏できたらと思います。この曲はナボレ先生がアリシア・デ・ラローチャから直接習ったということもあり、その教えを受け継ぎながらも、自分なりに考えて弾くことを心掛けました」。
今回は日本人一人ということで、「オリエンタルな雰囲気を出したい」という阪田さん。最年少出場者というプレッシャーもなく、初めてアメリカで弾けたのが嬉しいです!となんとも頼もしい。現在イタリアのコモ湖アカデミーでも研鑽を積んでいるが、師事しているウィリアム・グラント・ナボレ先生も終演後楽屋に駆けつけた。ちなみに、ここテキサス・レンジャーズで活躍するダルビッシュ選手とも会ったそうだ。う、うらやましい。(写真:ナボレ先生、お母様、陽気なホストファミリーの皆さんと)

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また現在ピアノ・テキサスのマスタークラスに参加中の今田篤さん(2010年度ピティナ特級銀賞、2010年度日本音楽コンクール第2位)は、コンクール予選初日から全て聴いているそうだ。この日も阪田さんの演奏後、楽屋口で友人の健闘を讃えていた。ここまでの感想はいかが?
「技術を見せつけるのではなく、個性といいますか、独自の世界観やその人自身の音を持っている人の演奏をまた聴きたいなと思います。難しいですけど、作曲家がどんな音を求めているのかが見える演奏がいいなと思います(ホロデンコのラフマニノフ・ソナタ第1番、チェルノフの『夜のガスパール』等)。阪田君はプログラムも面白く、それも個性の一部なのかなと思います。自分の音を持っていますし、パラフレーズを弾いても技術を見せびらかすだけではない何かが感じられました」。やはり同胞・同士の応援は心強い。

さて本日予選最終日は17時45分*(現地時間)に終了し、その後にいよいよ結果発表が待っている!30名の猛者から、セミファイナルに選ばれる12名は誰だろうか?誰が選ばれるにしても、この30名の演奏は聴衆の人々にしっかり刻み込まれたに違いない。予選2回のリサイタルの意味は、そこにもある。

*訂正と追加:17時45分に予選終了、その後19時より結果発表予定です。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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