ヴァン・クライバーン国際コンクール(5)予選II:音・曲全体から伝わるもの
2013/05/29
Tweet
5月28日からはいよいよ予選II!予選では各自45分のリサイタルが2回行われ、30名の猛者が連日素晴らしい演奏を聴かせてくれている。2回目ともなるとファンができ、演奏前から歓声が沸き起こるピアニストも少なくない。そして演奏が終わると、ブラボーと共にスタンディングオベーション!その素直の反応がとても気持ちよい。
さて、予選2回目のリサイタル(5月28日・29日)から、「楽譜から何かを見出し、どう伝えてくれるか」をテーマに、「音」「曲全体」「プログラム」の3つの観点から、印象に残った演奏を挙げてみたい。
●音から伝わるもの
オレクサンダー・ポリコフ(Oleksander Poliykov, Russia)は、ワグナー=リスト『イゾルデの愛と死』とブラームスのソナタ第3番Op.5。まるでオペラ歌手のように、優しく慈しむように旋律を歌い上げる。その繊細な感情表現は、こちらの心の琴線に触れてくる。またブラームスも深い呼吸からフレーズを長くとり、詩人のようにじっくりと物語を語る。ブラームスはこの後多くの声楽曲を残しており、器楽曲であっても旋律は歌そのもの。彼の弱音には幾重もの音の層があり、まるで人の声のように細かい機微を表現していた。
(写真はプレスセンター前にあるピアノ。踏むと音が鳴ります)
ニコライ・ホジャイノフ(Nikolay Khozyainov, Russia)は、特にショパンのエチュードOp.10-2や『子守唄』Op.57に、弱音に対する鋭敏な感覚や旋律の歌い方などの美点が生かされていた。
ところで今回はストラヴィンスキー『ペトルーシュカから3つの断章』の選曲が多い。予選・セミファイナル通じて8人が選曲しているが、それだけにどう新鮮な解釈や視点を提示できるかが聴きどころ。中でもワディム・ホロデンコ(Vadim Kholodenko, Ukraine)は素晴らしかった。彼は藁人形であるペトルーシュカという存在の滑稽さややるせなさなど、細かい表情の変化をちょっとした音や間で表現する。バレエ音楽であること、そしてそのストーリー展開も思い出させてくれる演奏。photo:Van Cliburn Competition
クアンティン・リン(Kuan-ting Lin, Taiwan)もこの曲を選択したが、彼はよりピアノ曲としての特徴を出し、パーカッシブな要素を強調する。コサックダンスや様々なステップも出てくるので、そういった意味でも興味深い試みといえるだろう。
●曲全体から伝わるもの
アレクセイ・チェルノフ(Alexei Chernov, Russia)は曲のエッセンスを瞬時に捉え、鋭い感覚でまとめる。特にグリーグの抒情小曲集よりOp.12-2ワルツ、Op.38-7ワルツ、Op.47-1ワルツ即興曲には、民族調の音の色彩感やリズムが見事に曲に反映されていた。リゲティ『ワルシャワの秋』、リスト『メフィストワルツ』なども、何が重要なのかを的確にとらえているため、引き締める部分と自在に遊ぶ部分が絶妙なバランスで同居し、もはや軽妙洒脱の域である。
アレッサンドロ・デルジャヴァン(Alessandro Deljavan, Italy)は、モーツァルト『グルックの歌劇「メッカの巡礼たち」のアリエッタ「愚民の思うは」による10の変奏曲」K.455で、主題に実に多彩な表情を付けていく。少ない音で大きな空間や世界観の広がりを感じさせるのは、彼の逞しい想像力が反映されているからだろう。オペラの背景も見えてくるようだ。シューマンの幻想曲はロマンティシズム溢れる演奏で、特に第3楽章は和声の変化を細やかに表現しながら歌い上げ、第1楽章・2楽章を振り返るような郷愁の念を感じさせる。静かに曲を閉じ、そのままシューベルトの『ディアべりのワルツによる変奏曲』に入り、美しい残夢のような余韻を残して終わる。
ジュゼッペ・グレコ(Giuseppe Greco、Italy)はショパンの幻想ポロネーズOp.61とプロコフィエフ・ソナタ第8番Op.84。音の質感や音量を相対的にとらえ、際立たせる音とぼかす音を巧みに使い分けることで、曲の全体像が立体的に見えてくる。特にプロコフィエフは和音の狂気的な美しさや、一切ためらいのない不協和音の強打など、異様さに満ちた世界を表現していた。
写真)左は今年新たにコンクール事務局長に就任したジャック・マーキー氏(Jacques Marquis)。前モントリオール国際コンクール事務局長。会場中を歩き回り、様々な方と挨拶を交わしていらっしゃいました。右はおなじみ、国際コンクール研究家のグスタフ・アーリンク氏(Gustav Alink)。今年のコンクールブックレット、皆さんお持ちでしょうか?
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
【GoogleAdsense】