海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(1)街中に、世界中に刻まれる氏の偉業

2013/05/27

「暑い!熱い!」テキサスは暑い!初春の寒さのブリュッセルから飛んできたこともあるかもしれないが、街中がもわっとした熱気に包まれている。しかしそれ以上に、コンクール会場が熱い。

現在、第14回ヴァン・クライバーン国際コンクールが、テキサス州フォートワース市で開催されている。今大会の開催期間は5月24日-6月9日、17日間にわたる熱戦が繰り広げられる。

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ヴァン・クライバーンといえば、全世界が大きく西(資本主義陣営)と東(共産・社会主義陣営)に分断された冷戦下において、彗星のごとく現れた時代の寵児である。1958年第1回チャイコフスキー国際コンクールで華麗なる優勝を遂げ、緊迫していた東西両陣営の間に、新たな芸術文化交流の風穴を開けた。考えてみれば西のエリザベート王妃国際コンクールでは東のピアニストが優勝し(1938年ギレリス、1956年アシュケナージ)、東のチャイコフスキー国際コンクールでは西のピアニストが優勝している(1958年クライバーン)。芸術が、東西の厚い壁を乗り越えた瞬間である。photo:Van Cliburn Piano Competition

さて、ヴァン・クライバーン青年はモスクワで歴史的優勝を遂げて帰国した後、国を挙げての大歓待を受ける。そのお祝いの席で、ある紳士が500人の聴衆を前にスピーチを始めたそうだ。

「ヴァン・クライバーン氏の名を冠したコンクールを立ち上げ、その優勝者に1万ドルを贈呈したいと思います!」

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その紳士とはイール・アリソン博士、当時の全米ピアノ指導者組合の会長である。そのアイディアはクライバーン青年ほか多くの地元名士を感動させ、それからすぐにボランティアが集まりファンドレイジング(資金調達)が始まった。地元の政治家、指揮者、音楽家、作曲家、ビジネス界のリーダー、教育者など多くの人々の支援を呼びかけ、その4年後、1962年に第1回ヴァン・クライバーン国際コンクール開催に至ったのである。ちなみに1997年大会まで優勝賞金は全米ピアノ指導者組合から贈与されていた。また今でもボランティアの伝統は健在で、出場者のホストファミリーや会場係など、多くのボランティアがコンクール運営を支えている。(写真は会場のBass Concert Hall)

クライバーンの残した文化遺産は、コンクールだけではない。当時のフォートワース市は、テキサス州の片田舎にある牛の街(Cowtown)と言われていたが、このコンクール創設をきっかけに芸術文化活動が広まっていく。1976年に「クライバーン・コンサートシリーズ」が始まり、ラドゥ・ルプー(1966年優勝)、ヨーヨー・マ、レネ・フレミング、タカーチ弦楽四重奏団など、世界中の著名アーティストを招聘してコンサートを行っている。また2003年からは現代曲を中心とした新シリーズも開始。ウィリアム・ボルコム、ジョン・コリリアーノ、ジェニファー・ヒグドンなど現代作曲家を招聘し、聴衆と密にコミュニケーションが取れる250席の会場でワークショップを行っているそうだ。

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また教育アウトリーチ活動も盛んで、2001年より「Musical Awakeningsシリーズ」が始まった。地元小学校で行う40分間のミニコンサートで、年間125校、34000名の児童(2-4年生)に音楽を届けている。さらに学校カリキュラムの一環で音楽を教えてほしいという願いから、一般科目と融合させて音楽を学べる独自カリキュラムを作成している。これがなかなか優れているので、時間があれば詳しくお届けしたい。(参考記事:『アメリカでは、なぜ民間支援がつくのか?(5)コミュニティとの協創を―公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を』)。

ちなみに毎回コンクールが始まる数日前に、一部の出場者は地元小学校でミニコンサートを行っている。これは「Cliburn Competitors in Schools」というプログラムである。今年は10名の出場者が演奏したそうだ(Sean Chen, Alessandro Deljavan, Yury Favorin, Lindsay Garritson, Jayson Gillham, Claire Huangci, Kuan-Ting Lin, Alex McDonald, Nikita Mndoyants, Alex Poliykov)。

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ヴァン・クライバーン氏の残してきた偉業は計り知れない。今年2月27日、世界中から惜しまれながら氏はこの世を去ったが、その音楽遺産はフォートワースの街だけでなく、優勝者や入賞者の活躍を通じて、世界の至るところに刻印されているのである。

第14回コンクールのライブ配信、およびオンデマンド映像はこちらから!

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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