海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

エリザベートvsクライバーン:2コンクールの課題は音楽家に何を求めている?

2013/05/26
エリザベート王妃国際コンクールとヴァン・クライバーン国際コンクール。いずれも世界5大国際コンクールに数えられ、難易度は世界最高クラスである。今年は奇しくも日程が一部重なった。しかも課題にも似ている点が多いと感じる。そこで、以下に類似点・相違点を挙げてみたい。

●類似点
・3ラウンド(予選→セミファイナル→ファイナル)
・予選あるいはセミファイナルで、ソロリサイタル2つを用意する
 ※エリザベート:40分×2つ(うちいずれかを指定)、クライバーン45分×2つ(両方)
・セミファイナルでモーツァルト協奏曲1曲が共通課題
・セミファイナルで新曲課題曲1曲
・ファイナルでは協奏曲を2曲
 ※エリザベートは新曲課題曲含む
・女性指揮者の起用
 ※エリザベート:マリン・オルソープ(ファイナル指揮)、クライバーン:シャン・ジャン(審査員)
・市民がサポートしている

まずラウンド数であるが、両者とも3段階。中には、一次・二次・セミファイナル・ファイナルという4段階のコンクールも多いようだが、選抜回数を少なくする代わりに、以下のような配慮がなされている。

同じ比重のソロリサイタルを2つ用意することで、プログラム構築力やレパートリーの厚みが見えてくる。40分または45分プログラムをどう構成するのか、曲をすべて変えるのか(エリザベートは一部重複を容認)、ソナタや組曲など大曲をどう入れるのか、幅広い時代様式を取り入れるのか、曲順をどう配置するのか、新曲をどのような流れに組み入れるのか、2プログラムを対比的にするのか、全体として何を主張するのか・・等々。クライバーンは30名からスタートし、予選で45分プログラムを2回演奏するので、各自の資質が多角的に見えてくるだろう。

また最近では一般的になっているが、どちらもモーツァルト協奏曲を共通課題としている。自作カデンツァで臨むピアニストも多く、その創造力や挑戦意欲も見どころだ。(参考:2013年度セミファイナル
さらにセミファイナルでは新曲課題曲も登場するが、これは最もピアニストの個性が見えてくる。先例となる模範演奏がないだけに、読譜力・アナリーゼ力・想像力など総合力が試される。

そして両者ともファイナルでは協奏曲2曲を演奏する。エリザベートでは古典ソナタ1曲+新曲課題曲(ピアノとオーケストラのための作品・約10分)に加えてピアノ協奏曲1曲である。チャイコフスキー国際コンクール等もピアノ協奏曲2曲であるが、(これが国際コンクール標準になるとは思わないが、とはいえ将来的にはどうなるか分からない)、このような大コンクール出場者であれば、レパートリーの豊富さ、体力、集中力は必須であろう。(参考:『国際コンクールの今(2011年)』)

●相違点
・出場者数:クライバーン30名→12名→6名、エリザベート63名→24名→12名
・クライバーン:セミファイナルで室内楽課題
・エリザベート:ファイナルで新曲課題

相違点としては、クライバーンではセミファイナルで室内楽(ピアノ五重奏)が課される。これも昨今ジュニアも含めた国際コンクールで増えているが、アンサンブル能力は音楽家として重要な要素である。課題曲はブラームス、ドボルザーク、フランク、シューマンから選ぶ。(共演:Bretano Quartet)

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そしてエリザベートでは何といっても、ファイナルでの新曲課題曲(ピアノとオーケストラのための作品)を8日間かけて取り組む。これは読譜力・アナリーゼ力・想像力・集中力・アンサンブル力など、総合力が問われる。さぞ厳しい合宿かと思いきや、「意外と楽しかったです」という声も多い。ここで生涯にわたる友情が育まれることもあり、コンクールを超えた、音楽に全てを捧げる8日間なのである(2012年度参考記事:審査員・諏訪内晶子さんインタビュー前回優勝者(レイ・チェンさん)はどう新曲に取り組んだか入賞者(成田達輝さん)・作曲家(酒井健治さん)インタビュー』『2010年度ピアノ部門ファイナリスト・2012年度公式伴奏者(佐藤卓史さん)』)。

●「音楽家として何が求められているのか」が分かる課題

全体としては両者とも、ソロ・アンサンブル・新曲課題と、音楽家としての総合能力を測るバランスの良い課題ともいえるだろう。クライバーンでは早くからアンサンブル課題を取り入れ、ソロ一辺倒でない「音楽家としてのバランス能力」の高さを求めている。一方のエリザベートはより「創造力」「音楽家としてのアイデンティティ」を重んじる課題と思われる。
アーティストとして音楽の道を究めていくには、あらゆる角度から音楽と接することが大事になる。この2つのコンクールは、「音楽家に何が求められているのか」という点で参考になるだろう。

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最後になるが、コンクールを地元市民がサポートしている点も共通している。エリザベートは王室を始め貴族や一般市民が、ヴァン・クライバーンは今年惜しまれつつ亡くなったピアニスト、ヴァン・クライバーン氏の財団が母体となり、地元市民が支えている。エリザベートではあらゆる場所で、支援者とアーティスト、支援者と事務局、支援者と聴衆の対話が見られた(参考:パトロン訪日ツアー)。クライバーンにはこれから行くが、同じような光景が繰り広げられているのだろう。そこにはきっと、アーティストを包み込む温かさがあるにちがいない。

※記事リンク・写真を追加しました。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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