アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?むすびにかえて
アメリカの音楽文化は何によって支えられているのか。なぜ民間からの支援が寄せられるのか、8回にわたってリポートしてきた。「寄付文化があるから」という一般論は少し横に置いて、アメリカでは音楽や音楽家をどのような文化資源として捉えているのか、それはどうコミュニティの中で活かされているのか、を中心に取材した。
今回取材を通して感じたのは、アメリカでは「文化資源としての音楽」の定義が広いこと、資源の活かし方が多彩であること、その資源を活かせる人や団体に支援が集まる、ということだった。昨年の「アメリカの大学にはなぜ音楽学科あるのか」リポートにも通じるのだが、定義が広いから、多くの人々の生活に関わることができるのだ。
言葉使いにも、定義の広さが見られる。例えばアメリカではチケットを購入して聴きにきてくれる聴衆や観客を「パトロン」と呼んでいるが、これは支援者の「パトロン」と同じだ。聴衆は「聴いてくれる人」であるだけでなく、広い意味での「活動を支えてくれる人」であり、「これからも末永く、深くお付き合い下さいね」という意味合いが込められている。(参考:第3章「会員・潜在的支援者との対話」)
アーツブリッジ代表の伊藤美歩さんによれば、「"Donation"(寄付)は、大きな額になると"Gift"と呼びます。恵んであげるというニュアンスではなく、ポジティブな思いを込めて『贈り物』と表現しているんですね。また遺贈も"Legacy"と言い、自分の資産を託すというポジティブな意味合いで用いています」。言葉遣い一つで、世界観は変わる。
言葉遣いだけでなく、どんな視点をもてばよいのか、も改めて考えたい。アメリカではフィランソロピー教育が幼少期から行われていることはすでに述べた(第7章「コミュニティで育む次世代」)。自分の周りにはどんなコミュニティがあるのか、自分はそこで何ができるのか。自分の目線を1ミリ上へ向ける、1ミリ下げる、1ミリ遠くを見る、先を見る。そうして広がった視野で音楽を捉え直してみると、実に多くの可能性が眠っていることに気づくだろう。文化を創る・文化を支援するという関係性は、一方向的ではなく、相対的な関わりの中で生まれているのだ。日本の文化度の高さから考えれば、まだまだ可能性は広がりそうである。
日本社会は一気に変われる可能性を秘めている―日本ファンドレイジング協会代表理事の鵜尾雅隆氏は、こう確信する。 「欧米社会は議論を重ねて、正しいと思った方へ進める理念社会。日本社会は真逆で、一つの成功体験が生まれてそれが共有されると、ガラッと空気が変わる。こんなに変わりやすい社会はないと思うんです。だからNPOなどの取り組みを応援して良かったな、という感動や達成感を経験する人が増えるよう、その素地をつくることが大事だと思います」。また、寄付を受けとる側のコミュニケーション力向上などにも取り組んでいきたいと語る。
このシリーズの「はじめに」で、文化そのものを誰が支えていくのか、国なのか、地域社会なのか、企業なのか、個人なのか、あるいは社会全体なのか・・?と問いかけた。広く行き渡ってこそ文化だとすれば、支援者はこの中の「どれか一つ」ではなく、「どれもが」というのが理想である。支援のあり方とは、つまり社会をどう捉え、その中で音楽・芸術文化をどう活かしていくのか、という根本的な問いかけでもある。(さらにご興味ある方は、詳細な社会動向研究に基づいて文化助成を行うアンドリュー・メロン財団の例をご覧頂きたい。→Annual Reports)。
音楽と関わってよかった、支援してよかった、という満たされた気持ちは、人から人へ伝わり、未来を変える力になっていく。今年6月中旬には全米オーケストラ連盟大会がミズーリ州セントルイスで開催されるが、「今後10年間で我々はどうあるべきか」をテーマに話し合われる。10年後の世界がどうなっているか、それは今踏み出す一歩が創っていく。
"American"は"i can"精神を持つとよく言われるが、信じる力は誰にもある。やっぱり「できる!」と信じることから始めたい。
<目次>
- はじめに
- (1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
- (ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか - (2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
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(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる - (3) コミュニティの支援者と対話する
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(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会 - (4) コミュニティの行動力を活かす
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(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか - (5) コミュニティとともに創り上げる
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(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加 - (6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
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(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ - (7) コミュニティで次世代を育てる
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(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ - (8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
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(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは - むすびにかえて
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/