アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?(8)オンラインで新たな絆も
地域コミュニティでの音楽芸術支援のあり方は、近くの人とどのように関係を築き、歩み寄り、支えあう関係になれるか、が焦点となる。その一方、コミュニティには地域性に拠らないものもある。たとえば「●●作曲家協会・研究会」「■■ファンクラブ」は、目的や価値観によって形成されるコミュニティだ(→ピティナ参考記事)。同じ価値観の人が集まれば、そこに対話が生まれ、コミュニケーションが始まる。
最近、そのようなコミュニティがオンラインでも増えてきた。増えているというよりは、可視化されてきたというべきだろうか。ソーシャルネットワークの普及により、世界のどこにどんなコミュニティがあり、どんな人が繋がり、どのくらいの規模で、どのような対話やアクティビティが行われているのか、そんなことが一瞬にして把握できるようになっている。たとえ発信地が地球の裏側であっても、ご隣近所感覚で入り込んでいける。
こうしたコミュニティの細分化・グローバル化によって、一人一人の意志決定が変わりつつある。オンラインを通じて、より心理的な近さを感じるコミュニティを見つける人もいるかもしれない。帰属対象・支援対象としてのコミュニティが、多くの選択肢から選ばれる時代になったのだ。
ではどのようなオンライン・コミュニティに人や支援が集まっているのだろうか? 既存のコミュニティを支援するだけでなく、自らミッションを掲げ、広く支援者を募ることも可能な時代になった。分かりやすい例として、近年世界中で広まっているクラウドファンディングを取り上げる。クラウドファンディングとは、オンラインで不特定多数の支援者を募ることができる、新しい資金調達のプラットフォームである。プロジェクトの内容が具体的で支援者目線に近いほど、支援の手が増えていく。
こちらはクラウドファンディングKickstarterの一例である。「無料で利用できる20-30人席のポケットシアターを創る」という米シアトルのプロジェクト("The Pocket Theater"-No one should have to pay to perform!)で、すでに目標額約80万円を3倍近く上回る支援を集めている。アーティストや芸人、クリエイターにとって、無料で手軽に利用でき、観客との距離が近いステージは何としても欲しいところ。成功要因は、そうした潜在的ニーズの発掘(誰でも気軽に使える小規模なシアターが欲しい)に加え、支援金の使途、および増えた場合の使途明示(建設費・資材費などの経費配分明示)・期間の明示(建設期間・公演開始日など)・支持者の巻き込み(潜在的利用者・支持者からの応援メッセージ)・気軽なノリ(本人のキャラクター)・聴衆との新しい関係構築の可能性(聴衆とのコミュニケーション・SNSを多用した聴衆拡大)など、いくつか考えられる。いわゆる最新鋭のプロダクトではなくとも、潜在的ニーズがあるものには支援の手が差し伸べられる。
人を巻き込む力を発揮して大きな支援を得たのが、お笑い芸人で絵本作家でもあるキングコングの西野亮廣さんだ。Campfireというクラウドファンディング・サイトを利用し、「NYで絵本の原画展を行う」というミッションを掲げ、告知翌日には早くも目標額150万円を達成。その後も開催直前までの3週間で支援者は増えつづけ、結局支援額は目標の3.5倍に達した(531万1千円・パトロン585名)。そのおかげで個展開催だけでなく、絵本販売も可能になったそうだ。西野さんはクラウドファンディングに関して、「モノを創る上で何の制約も受けず、自分のやりたいことにパトロンの方が賛同し支援して下さるので、ピュアなモノづくりができると思います。これは革命ですね。同時に、パトロンの方に対して『夢を見させたい』という責任感も感じています」という。創る方も支援する方も、真剣勝負である。
ではなぜ短期間でこれほど支援が得られたのだろうか?知名度も手伝ったかもしれないが、それ以上に、絵本の素晴らしさ、一人でも多くのNYの人に届けたいという本人の気迫、日々更新される熱心な経過報告リポート、SNSでの当意即妙な応答、支援者に対する責任感などが、確かに一人一人の心を打ったのだ。585人の支援者に加え、NY在住の日本人30名ほどがボランティアを志願し、中にはNYの寒い街中で1日中ビラ配りしていた人もいた!そしてイベントは3日間で1600人近くを集め、大成功に終わった。
会場で作品説明などのボランティアをした小林美由紀さんは、友人のfacebook経由で個展開催を知ったという。「絵が想像以上に素晴らしく、また同じ日本人がNYで何かされることに共感を持てたので何かお役に立てればと思いました。彼自身の人柄がハートフルで自然体なので、周りに集まる人も純粋な方が多いですね。同じような人を呼ぶんだなと、改めて出会いの面白さを感じました」。
さらにNY個展後、日本各地でも個展を開催しようという動きがファンの中から出てきている。人が人を呼び、コミュニティが熱を帯びながらふくらんでいく。まさに、お祭りだ。
「支援すると、何かが返ってくる」。本来寄付や支援は見返りを求めるものではないが、善意の循環によって、より大きな無形の恩が自分に返ってくる。それは多くの人が実感していることである。
一方、最近では支援方法の選択肢が増えている。株式会社アーツ・マーケティング代表の山本純子さんは、クラウドファンディングの3つのタイプとして、投資型(成功した場合、金銭によるリターン)、購入型(成功した場合、モノやサービスでリターン)、寄付型(リターンなし)に分類し、中でも世界全体の49%を占めるクリエイティブ系クラウドでは購入型が主流になってきている、と分析している。つまり特典がある寄付だ。
寄付は見返りを求めないものという前提はなくなるが、それでも誰かを支援していることに変わりはない。たとえば、物品やサービスがリターンとして提供される寄付行動も、ジュース1本買うと1円分寄付できるといった寄付型購入行動も、どちらも社会貢献である。大事なのは、有形の特典以上に、「誰かの役に立った」という無形の精神的充足感が得られることが、コミュニティの純度を高め、絆が深まるのではないだろうか。
支援者の思いが当事者だけでなく、他の支援者にも伝わることは、コミュニティが自然に拡大していく原動力になる。例えばクラウドファンディングのサイトでは、よく支援者同士が応援メッセージを読めるようになっているが、支援者同士で交わされるメッセージは強い伝播力をもつ。リアルの世界でも同様である。またアメリカのコンサートホールの壁にはよく寄付者名が刻印されているが、最近ではデジタルスクリーンで氏名・顔・支援理由などを表示する所も増えている(病院や教育機関等)。寄付者にとって、なぜ自分が支援しているのかという意志を広く伝えることは、個人的な名誉以上に、コミュニティに共有価値を提案することでもある(例:クリーブランド財団)。「はじめに」の章でも触れたが、「この人の支援のおかげで今がある」というストーリーが、家族やコミュニティで共有され、世代を超えて受け継がれているのではないだろうか。
一過性ではない持続的な活動支援など、特に多額の支援をする場合、「自分の希望を最も実現してくれるか、信頼できる団体か」というのは、支援先を決定する最大の理由であろう。特にアメリカでは遺贈が普及しているが、遺産は故人が社会に託す最後のメッセージでもあり、できる限り有意義に使われてほしいという願いから、長期的に活動が続けられることが期待できる団体に寄付されることも多いようだ(公共性の高い団体などに慈善目的で個人遺産を寄付すると、一部非課税あるいは控除されるという優遇措置がある。オーケストラ等も含まれる)。Charity Navigatorというサイトでは、NPOの事業内容、財政の健全性、情報開示性などがいくつかの指標で評価され、判断の手がかりとなっている。
オンラインで繋がるコミュニティは、核となるメッセージが明確であるほど求心力が強い。これは現実のコミュニティと変わらない。個人個人の小さなつぶやきさえも、求心力があればそのメッセージはオンライン上で拡散し、良くも悪くも社会的インパクトを与えることができる。
しかし、やはりどんなコミュニティにも人間らしさや温かみがあってこそ存続していく。前項の「リターン」というのも、実はリアルな世界との橋渡しではないだろうか。オンラインで寄付したものは、あくまでオンラインの感触しか得られない。しかし、お礼のはがきが届いたり、何かのイベントに招待されたり、新たなモノづくりのプロセスに参加できたり・・という体験は、実際に届くモノやサービス以上に、コミュニティに参加した感覚や何かに貢献できた実感につながっているのではないだろうか。だから、若い世代を中心に急速に広がっているのかもしれない。
音楽やアートは、オンライン、リアルどちらの世界においても、人と人を結びつけてくれる。それは音楽そのものが、圧倒的な人間らしさをもつから、かもしれない。オンラインを通じて様々な関係性が再構築されつつある今、その根源的な力にをあらためて思いを馳せたい。音楽やアートは地域に支えられるだけでなく、地域を超えてまた新しいコミュニティを築いてくれるのではないかと。
<目次>
- はじめに
- (1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
- (ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか - (2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
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(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる - (3) コミュニティの支援者と対話する
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(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会 - (4) コミュニティの行動力を活かす
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(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか - (5) コミュニティとともに創り上げる
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(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加 - (6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
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(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ - (7) コミュニティで次世代を育てる
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(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ - (8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
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(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは - むすびにかえて
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/