海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?(6)企業とパートナーシップへ

2013/05/18
アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?
(6)コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
●アートの潜在価値と企業力を組み合わせる

音楽やアートという資源の生かし方は無限にある。人の力(ボランティアやプロジェクトへの参加)・物・支援金の掛け合わせによって、その資源は何倍にもふくらみ、豊かにコミュニティを彩っていくのである。

その力に着目し、音楽や芸術団体とパートナーを組む企業がアメリカでは増えている。その背景には、企業による社会貢献活動への社会的期待がある。CSRは自らの利益を社会に還元することであるが、近年はCSV、事業そのものが社会問題解決に繋がり、そこに顧客との共有価値を生み出そうという意識が広まっている。これは経営学者のマイケル・ポーター氏が提唱している概念である。

こうした社会的潮流を踏まえ、アメリカで芸術関連NPOと企業とのパートナーシップを推進するキャンペーンが2012年より始まった。American for the Arts協会が主導する「パートナーシップ・ムーブメント(The Partnership Movement)」である。このホームページでは各地の芸術団体とその活動内容が紹介され、企業がその支援先・提携先を探すことができる。

その前に、なぜ両者がパートナーシップを組むのがよいのか、どんな意義や利点があるのか?パートナーシップ・ムーブメントでは、以下8つをポイントとして挙げている。
「地域を活性化して、より良い人材を雇用するため」「市場を拡げて、ブランド価値を高め、新しい顧客層を開拓するため」「アートを通じて顧客との関係を築きながら企業のメッセージを届けるため」「社員の創造力を養うため」「社員のスキル向上と新しい能力開発」「アートを通じて多様な人種・文化が溶け合った環境を創るため」「社員に『ありがとう』を伝えるため」「地域の芸術団体とのパートナーシップを通じて、街全体とパートナーになるため」。

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なぜこのような考え方が生まれたのだろうか?今回はプライベート・セクター担当エミリー・ペックさん(Emily Peck, Director of Private Sector Initiatives)、ならびにアートコーディネーター・ビジネス専門委担当パトリック・オヘロンさん(Patrick O'Herron, Business Committee for Arts Coordinator)に話を伺った。

元メトロポリタン美術館教育部門のエミリーさん曰く、「ロックフェラーやモルガン・チェース等、企業が芸術分野に投資することは今に始まったことではありません。ですが最近は芸術支援の伝統的モデルが変わってきています。一方的な施しではなく、お互いに歩み寄ってきていますね。企業は寄付(corporate giving)だけでなく、ビジネス面からも、目的に見合ったパートナーシップを探しています。それは自分たちの目的を達成するためであると同時に、芸術団体が地域コミュニティのために活動するのを支援するものです。特に経済危機後この数年で、そのような傾向が目立っています。予算や経費が削減されれば、より創造的な手段で課題に向き合わざるを得ませんから」。

同事務局では、各地の芸術団体が商工会議所、ビジネス協会、出版物などを通じてどう企業とつながればいいのか、つまり地域の芸術団体が地域の企業とパートナーシップを組めるようにリソースを提供しているそうだ。「芸術とのパートナーシップを各業界に広げていくことが私たちの仕事です」とエミリーさんは言う。フォーブス等の経済誌にも記事が紹介され、ビジネス界でもこの動きは広まりつつある。

●どのようなパートナーシップがあるのか?
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では実際にどのようなパートナーシップがあるのだろうか?エミリーさんは成功例の一つとして、カリフォルニア州サンディエゴに本社を置くH&Mエレクトロニクス社×地元のグローブ座劇場との事例を挙げてくれた。グローブ座は年間600回の公演を行っている老舗劇場だが、施設や備品の老朽化が慢性的な課題であった。そこで地元のH&M社がこの課題を抱える同劇場に400万円相当の最新式ヘッドセットを供与した。これは劇場にとって恩の字であるだけでなく、普段はファーストフード店(ドライブスルー用)等に納品しているH&M社にとっても、舞台芸術という本格的な状況下での市場調査が可能になった。劇場側は観客やスタッフの意見を逐一同社にフィードバックしているという。(写真:Partnership Movementより)

またオレゴン州ポートランドのあるホテルでは、スィートルーム4部屋のインテリアをアレンジし、地元音楽・芸術団体の活動を紹介している。例えば「オレゴン交響楽団スィートルーム」には、地元アーティストが装飾を手掛けた作品(銀杏の葉と枝で装飾したチェロ)を中央に配置して音楽を表現。このスィートルーム宿泊代の一部は、同楽団の音楽教育プログラムに寄付されているそうだ。これは声楽家でもあるパトリックさんイチ押しの企画である。(写真:Hearthman Hotel)

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さらに靴メーカーのVANSは4年前から全米の高校生を対象に、白のシューズを自由にデザインしてもらうというコンクール(Custom Culture Art Competition)を実施している。申込先着1500校にはシューズ4足が無料配布され、出来上がった作品はオンラインで投稿してもらう。テーマは「スポーツ」「音楽」「アート」「私の街らしさ」の4カテゴリ。審査員によって選ばれた優秀作品は、賞金に加え、LAとNYで展示会が開かれるというものだ。初年度たったの23名で始まったコンクールは、4年で飛躍的に伸び、今では数千人が参加している。VANS社は「アートとデザインを通じて若い学生の創造力や表現力を支援することは意義深い」としている。また現場の教師は、「このコンクールに参加したことで、学習環境が良くなりました。能力のある学生同士が協力しながら作品を創るというのは、一人で取り組むよりも遥かにいいですね」等と高く評価している。("Arts Link", 2012 Winter)

●アートへの投資は、コミュニティへの投資

「芸術文化支援を行った優良企業」を選ぶBCA10("Best Business Partnering with the Arts in America")というコンテストがある。これはアートの重要性のみならず、アートがビジネスや経済や地域コミュニティにとってどんな役割を果たすことができるのかを理解し、実践している企業が選ばれる。全米各地の芸術団体から40~60社ほどがノミネートされ、最終順位は投票で決まるそうだ。

2012年度に表彰を受けた大手建築用品メーカー、マスコ・コーポレーション(Masco Corporation)は、80年にわたって芸術文化支援を続けており、アートに投資することはコミュニティに投資することであるという信条を持っている。会長ティム・ワダムス氏いわく「我々のビジネスは文化性豊かなコミュニティに支えられていることが不可欠であり、それが社員やその家族を惹きつけるのです」("BCA10 program")。支援内容は、資金援助、物品供与、社員ボランティア、職場からの寄付、アート作品の寄付、マーケティング支援など多岐にわたり、累計100億円相当を超えるそうだ。同社はミシガン州芸術文化庁の代表も務めている。

エミリーさんは、「大企業だけではなく、中小規模の企業での連携も進んでいます。そういった事例を知るのも面白いですね」。実際芸術文化支援・提携実績のある企業のうち、69%は年間売上高1億円以下、24%は50億円以下の中小規模の企業だという(2010 BCA Report)。規模の大小に関わらず、地域に根差した者同士が繋がり、営利・非営利の枠を超えて相乗効果を上げていく。それは未来の原型でもある。

●創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある

企業はアート支援を「コミュニティを豊かにするもの」であると同時に、「社員自身を豊かにするもの」と考えている場合も多い。BCA10で2回表彰を受けている航空機産業のボーイング社は、「アートを支援することは創造力豊かな社員を育てることであり、複雑な仕事に対処するための想像力や内省する力を養う」としている("Arts Link", 2012 Winter)。同社には社員コミュニティファンドもあり、セントルイス支社では地元セントルイス交響楽団の幼児・児童教育プログラム("Picture the Music", "Express the Music")を支援している。

パートナーシップ・ムーブメントでも、もちろんこの考え方を推進している。「最近企業では、トップの経営者層だけでなく、社員全体がそのアート活動支援に満足しているか、興味を持っているのかに配慮しています。ですから社員自身によるボランティア活動促進や、アートプログラムを社内に取り込むなど、社員を巻き込む形が増えています。企業としても、自分たちが働きやすいコミュニティ作りを目指しています。アートの価値を共有しながら、クリエイティブな思考力を鍛えたり、そうしたプログラムが未来の労働力を創っていくのです」。(エミリー・ペックさん)

ダニエル・ピンク著・大前研一氏訳『ハイ・コンセプト~「新しいこと」を考え出す人の時代』では、答えのない時代において、右脳と左脳をバランス良く使った全体的な思考力や共感力が求められるようになり、企業でもアートの力が活用され始めている、と言及されている。アートが右脳に効果があることは知られているが、それが社員啓発で生かされるようになったということである。

●日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ

日本でも様々な分野でNPOと企業のパートナーシップが進んでいる。前掲の東京おもちゃ美術館は、企業とのパートナーシップでも優れている。同館ではおもちゃや遊具だけでなく、遊び場の床も天然杉を用いるなど環境に配慮している上、木材もなるべく地元か姉妹都市のものを使い、地場産業振興にも一役買っているそうだ。

さらに木のおもちゃを使って赤ちゃんを育てる「木育」の提唱が注目され、企業とのパートナーシップも増えているという。例えばアウディの全国ショールームに木育プレイルームを設置したり、最近では無印良品店舗に木育ひろばを設置するなど、その動きは全国的な普及を見せている。「おもちゃ→木→木育→子どものいる家族→家族が集まる場」と、広義の価値観への置き換えによってモノから場へと範囲を広げ、より広い層へアピールできたのだろう。お店にプレイルームがあれば、小さい子どもがいても家族全員で足を運びやすくなる。しかも環境にも子どもの肌にもやさしい天然木材のおもちゃがある。おもちゃ側からすれば、全国展開している店舗でより多くの子どもに手に取ってもらえる。見事にNPOと企業が同時に目的を果たした例である。(さらに6月には「世界おもちゃサミット」が開催予定)

前掲の小西圭介氏は、「製品カテゴリ消費のターゲットにするだけでなく、共通の特性や関心・課題をもつ生活者や社会的コミュニティを主語としたアプローチに成功のヒントがある」、また「ソーシャルメディア時代には、生活者にとって共感できるコンテンツを活用しながら、「共有価値」をベースにブランドへの共感や支持を広げていくコミュニティ・プラットフォーム戦略として捉え直す必要がある。」(小西圭介著『ソーシャル時代のブランドコミュニティ戦略』)としている。

自分のもつ資源が何かを知るほど、それを取り巻く広いコミュニティにある資源と結びつけることができる。それが共有価値を創り出し、コミュニティを豊かに膨らませていく。これは営利・非営利に関係なく、誰もが必要な視点なのかもしれない。

<目次>

はじめに
(1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
(ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか
(2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる
(3) コミュニティの支援者と対話する
(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会
(4) コミュニティの行動力を活かす
(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか
(5) コミュニティとともに創り上げる
(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加
(6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ
(7) コミュニティで次世代を育てる
(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ
(8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは
むすびにかえて
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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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