アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?(5)コミュニティとの協創を
コミュニティと対話することは、コミュニティの中での音楽や芸術活動に対する理解を深めてもらうプロセスである。音楽やアートの価値をいかに理解してもらい、コミュニティライフの中に組み込んでいくことができるのか。それは「音楽がある」場を創るだけではなく、「音楽とどう生きてもらうか」「音楽をどう生かしてもらうか」という文脈を創造することでもある。
例えばダラス交響楽団は、自身を「プロフェッショナルな音楽団体」という資源の集合体とみなし、資源が何なのか、それをどうコミュニティに生かせるのかを、分かりやすく発信している。たとえばコミュニティにスピーカーを派遣するプログラムがあり、「地域コミュニティにおけるインパクト」「音楽が子どもに与える影響」「どうやって"参加"してもらうか」「メッセージの伝え方」「音楽家の日常生活」など、切り口がいくつか提案されている。また10代の学生(ティーン・カウンシル)がコンサート企画・運営に関わるプログラムもある。音楽団体がもつ資源×コミュニティの人的資源を積極的に活用し、コミュニティとの新しい関係性を築いているのである。
この動きの背景には、音楽やアートはコミュニティの共有資源である、との考えがある。とすれば、共有資源を生かすアイディアは、ホールの中だけでなく、コミュニティの中にもあるのではないか。コミュニティ目線でもアイディアを出してもらおうではないか。それがまさに昨今広まりつつある「協創」の考え方である。
シカゴのラヴィニア音楽祭は、地元小学校の一般教員を巻き込んだアートプログラム("Music Discovery")を行っている。ラヴィニア音楽祭のアーティストが公立学校のアーティスト・イン・レジデンスとなり、一般教員とコラボレーションしながら児童の音楽・芸術体験を支える活動だ。教員の先生には音楽を経験したことのない人も多い。そこで新学期開始前の1週間(8月最終週)、実際に楽器に触れたり合唱体験を通して、音楽の魅力を児童にどう伝えたらよいかを学び、アーティストと共に授業内容を練っていく。15週間のプログラムの最後には、ラヴィニア音楽祭期間中に、児童たちによるステージ発表が待っている。普段は一般科目を教えている先生方にとっても、こうしたプログラム参画を通して音楽やアートの存在が身近になり、学際的な理解が進むという大きなメリットがある。ステージ発表の日を迎えるころには、教員・生徒ともども、音楽がすっかり自分のものとなっているだろう。
またヴァン・クライバーン財団が行う地元小学校へのアウトリーチ活動"Musical Awakenings"では、教室での40分間のコンサートのほか、クラス内で音楽と一般科目と融合させて学べるプログラムも開発されている。これは音楽教育学者、ピアニスト、小学校教員が協同で開発したそうで、大変良くできている。たとえば「音楽の会話」(pdf)では、シューベルト「鱒」、フランクやベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ、クライスラー「愛の喜び」などを用いたワークショップが提案されている。「音楽で会話をしてみる(社会)」「ヨーロッパを音楽で旅する(地理)」「言葉のパートナーシップ(言語)」「シンコペーションするデュエット(算数)」など、必ずアクティビティ、先生の役割、理解を深めるための質問、評価指標が盛り込まれている。いずれも社会科学的・人文学的・言語的・数学的な教育効果を見込んでおり、音楽という資源がいかに多様な可能性を持つのか、改めて実感できる。
シカゴ交響楽団には直轄の市民のためのオーケストラ(Civic Orchestra)がある。1919年、シカゴ交響楽団員の指導によって世界水準の若手音楽家を育成する場を提供するために、当時の音楽監督により創設された。団員はシカゴ市民に限らず全世界から応募可能で、高倍率のオーディションによって選抜される(最長2年契約で入団)。シカゴ交響楽団メンバーが指導にあたり、年数回の無料演奏会が彼らと同じシンフォニーホールで行われる。指揮者もリッカルド・ムーティ(現シカゴ響音楽監督)、ヤープ・ヴァン・ツヴェーデン等、世界第一線級である。卒業生の多くはシカゴ交響楽団をはじめ、アメリカ国内外のオーケストラで活躍している。市民の信頼と支援を得ているシビック・オーケストラは、音楽の街シカゴをさらに輝かせるのである。(2014-2015年度オーディション締切は2014年2月14日。詳しくはこちらへ!)
※訂正と補足:Civic Orchestraに関して一部誤記がありましたので、上記の通り訂正・補足させて頂きました。また元団員として活躍されていた日本人音楽家の方より、当時の印象や活動状況を教えて頂きましたのでご紹介させて頂きます。
「シビック・オーケストラは地域社会に貢献する活動に重点をおいており、シンフォニーセンターでの演奏会を始めほとんど全ての演奏会は無料で聞く事ができます。また、シカゴ・ユースオーケストラの指導や室内楽の無料演奏会など、様々なアウトリーチ活動を行っています。その全ての財源は民間からの寄付金で成り立っていることからもこの団体の活動がシカゴの市民に理解され、認められていると言えると思います。シビックにいて印象的だったのは、毎月のSymphony Center(収容人数2522人)の演奏会がいつもほぼ満席だったことです。メンバー一人一人にスポンサーがついて、交流のための食事会なども開かれました。本当に地域に支えられて全て寄付で成り立っていることに感動を覚えました。」
マイアミに本拠をおくナイト財団は、アートやジャーナリズムを助成している大手財団だが、5年前よりナイト・アーツ・チャレンジ(Knight Arts Challenge)を主催し、アートによる街づくりを目指している。「アートによって街を変える」アイディアを募集し、優秀なプロジェクトに助成金を与えるもので、2012年度は34プロジェクトに対して合計2.2億円が助成された。他にフィラデルフィア、デトロイトでも行われている。
その提唱者でもある副会長デニス・ショル氏(Dennis Scholl, Vice President/Arts)は、自身が現代アートコレクターでもある。「最良のアイディアは、人々の中から出てくるものです。それを発掘してチャンスを与えるために、アートを用いた「アイディア」に投資することにしました。9回の募集(マイアミ6回、フィラデルフィア3回)で合計1万1千点の応募があり、全ての応募プロジェクトに目を通しました。一つ一つのプロセスをおろそかにしては、コミュニティの参加は得られませんからね」。
では実際にどんなプロジェクトが選ばれたのだろうか?これは2012年度選抜プロジェクトの一部である。
- マイアミ空港で地元や世界の音楽を演奏し、世界の観光客に様々なリズムを体感してもらうプログラム(400万円)
- 地元の高校生にアートワークの楽しさやスキルを学んでもらう6週間プログラム(2250万円)
- マイアミの小学校でのヒップホップダンスクラスへの支援強化(400万円)
- 地元のアート作品普及のため、プロのクリエイターを対象とした3日間のWebアプリ開発(300万円)
- 地元の黒人文化史を語り継ぐためのアート作品展覧会"Liberty City Renaissance"1年間(700万円)
実はこのチャレンジには基本三原則がある。
- 1.
- アートであること(音楽、美術、演劇など何でも可)。
- 2.
- コミュニティの中で行われること、コミュニティにベネフィットがあること。
- 3.
- 財団から助成金が授与された場合、その金額と等価をコミュニティ内でマッチングすること。
この3)が大きな特徴である。同額の資金がなくとも、自分のもっている人脈や技術などを有効活用することでマッチングができる。あるアーティストは、定職を持たず収入がほとんどなかったため、画家の友人10人に小さな作品10点の製作を依頼、アート愛好者対象にコミュニティパーティを開き、合計100点を各25,000円で販売したそうだ。見事に完売し、その結果、250万円(財団)+250万円(コミュニティからのマッチング)が調達できた。彼のプロジェクト(アート本の出版社)も成功し、その後事業収入で回るようになったそうである。
ショル氏は「そのような成功例が沢山あります。自分だけでなくコミュニティにも当事者意識が生まれることが大事なんです」と語る。
ショル氏によれば、ナイト財団では3年にわたり、全米26都市・43000人を対象に「コミュニティへの愛着度」を調査したそうだ。その結果、コミュニティへ感情的な繋がりを感じる要因は、経済状況よりも、1位「社会サービス、エンターテインメント、娯楽など」、2位「オープンさ」、3位「街の美観」だったのである。つまり文化体験は(社会的サービスに含まれる)コミュニティに愛着を感じる大きな要因となっていることが分かった。
多様な価値観、人種、社会階層の人々が共存している社会において、人と人が繋がるためには何らかのきっかけが必要だ。音楽やアートには既存の枠組みや固定観念を打破し、新しい視点から人と人を繋げてくれる力がある。アートとは文化体験であるとともに、社会問題を創造的に解決するという、別の使命をも同時に全うすることがある。やっぱり、空港で音楽とともに迎えられたらその街が好きになってしまうだろうし、街中でフラッシュモブが突然始まったら、誰だって全く知らない人と顔を見合わせて笑ってしまうから。「その街が好きになる」ことは、その街に住んでいる人も訪れる人にとっても、そこに居続けたいという原動力になる。
地域コミュニティにおいて、草の根的活動を支援する動きもある。クリーブランドのコミュニティ財団でもコミュニティを強化するために、「ネイバーフッド・コネクション("Neighborhood Connections")」という助成プログラムを2003年に開始。地域コミュニティのネットワークを新たに構築したり、関係強化につながるような活動を支援している。対象はアート、街の美化、教育、健康、コミュニティイベント、リーダー育成など何でも可能で、助成は5万円~50万円までとされている。こちらもナイト財団と同じように、助成を受ける団体は助成額と等価のマッチング(現金・物品・ボランティアのいずれか)を用意しておくことが条件となる。
- それがコミュニティにとって重要なテーマであるか、地域にどんなインパクトがあるのか。
- コミュニティ主催か、草の根的活動なのか。
- そのプロジェクトはコミュニティ内の人同士を繋げたり、活動者・団体同士の関係を新たに構築するものか。
- そのプロジェクトは個人、グループ、コミュニティのスキルを向上させるものか。
- そのプロジェクトは実体があり、ゴールが明確で、かつ規定期間内に全うできるものか。
- 地域に開かれた無料コンサート 8回の開催費/50万円
- ガーデニングのワークショップ&全天候型ステージ建設費/50万円
- 12~17歳女子対象にart of giving教育/46万円 ほか多数
コミュニティを繋げる活動を助成するということは、やはり今、コミュニティに求心力が求められているということだ。クリーブランド(Neighborhood Connections)が2003年~、マイアミ(Knight Arts Challenge)が2008年~というのは、偶然の一致ではないだろう。
ちなみに2年毎に行われるクリーブランド国際ピアノコンクールは世界的にも知られているが、2013年度からがらりと様相を変え、コミュニティ密着型のフェスティバルを兼ねたコンクールに生まれかわるそうだ。
新しいテーマは「ピアノとピアノ作品を讃えて」。クリーブランド美術館内オーディトリアムで予選ラウンドを開催し、美術館ロビーの大スクリーンでライブ配信するほか、3回のレクチャーコンサートやピアノ映画上映も予定。また地域一帯の大学や病院などとコラボし、22台のピアノにペイントしてもらい、コンクール期間中は誰でも弾けるようにする企画もある。(写真:右は新事務局長のピエール・ヴィスツィゼン氏)
地域の資源を掘り起こし、それを軸に人と人を繋げ、その動きの中に音楽やアートを組み込んでいく。これは今後も引き続き、世界的に加速すると思われる。
日本では近年「ご当地もの」が流行っている。例えばピティナ・ピアノステーションも地元特有のステーション名をつけたり、パスポート用にご当地シールを発行するなど、地域の特色を思いきり出している。こうすることで、そのコミュニティ内の親近感や愛着を高めることができる。これは地域ブランディングの一例である。
地域ブランディングを決定づけるのは、人の動きである。今年3月、「音楽のまち」としての街づくりを目指している浜松市で、小学生688名が鍵盤ハーモニカを同時に演奏し、ギネス世界記録に認定されたそうだ。浜松といえば大手楽器メーカーの本社が集中する街で、国際コンクールやアカデミーなどの才能教育でも知られるが、こうした地域密着型の音楽プロジェクトも行われているのである。音楽というコミュニティの共有資源を最大限活かし、ギネス世界記録にチャレンジしている点が面白い。そして世界記録を達成したということは、音楽がもたらしたかけがえのない共有価値なのである。
実はこれ、ブランド総合研究所が進めている「世界記録で地域活性化プロジェクト」の一環なのである。この成功事例一覧を見ていると、日本各地には実に様々な人的・物的資源が眠っており、それをうまく発掘してそこに人を巻き込んでいくことで、世界記録にまで挑戦できるんだ!という明るい気持ちになれる。
一方横浜市はアーツコミッション・ヨコハマを立ち上げ、創造都市としてのブランド確立に力を入れている。助成対象が、都市文化創造支援事業、創造活動支援、事務所等開設支援、芸術不動産リノベーション助成など細分化されているのは、人的・物的資源を確実に掘り起こそうという姿勢の表れだろう。
マイアミのナイト・アーツ・チャレンジもまさに、地元アーティストや彼らのアイディアを積極的に支援することで、コミュニティの付加価値を高め、人々を繋げている。つまりコミュニティに住む人が、自分たちの文脈に合った音楽やアートのあり方を創っていく、ということなのである。
<目次>
- はじめに
- (1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
- (ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか - (2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
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(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる - (3) コミュニティの支援者と対話する
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(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会 - (4) コミュニティの行動力を活かす
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(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか - (5) コミュニティとともに創り上げる
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(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加 - (6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
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(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ - (7) コミュニティで次世代を育てる
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(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ - (8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
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(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは - むすびにかえて
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/