アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?(4)ボランティアの力を活かす
アメリカではボランティアが盛んである。2010年度には、6270万人の米国人が年間81時間のボランティアサービスを提供し、1730億円相当の経済価値があると試算されている(国家とコミュニティ・サービス公社データ/『飛耳長目』サイトより引用)。音楽・芸術分野でもNPOでのボランティア活動を通して、市民の行動力や発想力をコミュニティに役立てているのである。
たとえばデトロイト交響楽団やセントルイス交響楽団のように、ボランティア委員がホームパーティやオークションなどを企画している例がある。これらの収益は全て楽団の教育関連・社会貢献プロジェクトに寄付される。また楽団によってはコンサート時に出店する楽団ショップの販売担当をしたり、地域のコンサート企画・運営の手伝い、音楽家を囲むレセプションのホスト等をしているところもある。さらにLAフィルやフィラデルフィア管弦楽団では新曲初演も多く、委嘱料の支援なども含まれる。
また音楽という垣根を越えて、地域NPOとともに活動するボランティアグループもある。サンフランシスコ交響楽団のボランティアには、終演後にホール周辺をパトロールする係がいる。同楽団が本拠とするディビスホールは、街の中心にあるシビックセンターと近接しているが、シビックセンターと近隣の芸術文化団体(同楽団を含む)がコラボレーションして、街の美化と安全を守る活動を行っているのだ。彼らは「市民アンバサダー」と呼ばれている。
こうしたボランティア活動は、音楽・芸術団体の趣旨を理解し、その活動の一部に関わることによって、その団体が発信する価値やメッセージを共有するようになる。そしてコミュニティにいる他の住人に対して、そのメッセージを代理発信するようになる。つまり、楽団とコミュニティの架け橋になっているのである。
ちなみに独ベルリンフィルでも2007年から会場案内役としてボランティアが活躍しているそうである。
主要オーケストラの例を挙げると、ボランティアグループとして組織化された最古参は、フィラデルフィア管弦楽団の1904年といわれる。これは楽団創設から4年目という早さである。現在もボランティアは同楽団の大きな人的資産であり(現在500人前後)、シーズン初頭のガラコンサート、学生対象コンサート、若い才能や、コンサートマスター・各楽器首席奏者のサポート、プログラム充実化・拡張に伴い新曲委嘱料などをサポートしている。
大規模なオーケストラになるほど、ボランティア組織も巨大化する。例えばサンフランシスコ交響楽団には、何と1,500人以上のボランティアがいる。ボランティア・カウンシルの下部組織である支部リーグがベイエリアに複数あり、ほぼ月1回ミーティングが開かれているようだ。ボランティアの目的はファンドレイジング、聴衆拡大、コミュニティサービスとされている。
またLAフィルには16のボランティア委員会があり、地域別と機能別にわかれる。地域別委員会はベイエリアの各区に分かれ、機能別は「ビジネス&プロフェッショナル委員会」「女性のための委員会」「スピーカー担当局」等がある。
「ビジネス&プロフェッショナル委員会」は、地域コミュニティのビジネスマンや音楽愛好家の集まりであり、毎月ミュージックセンターで昼食会を開いているそうだ。この昼食会にはゲストスピーカーが出演し、指揮者サー・サイモン・ラトル、エサ・ペッカ・サローネン、演出家ピーター・セラーズ、音響設計家の豊田泰久等が名を連ねている。その他各種イベント開催などを通じて、LAフィル図書館の支援を主目的としている。
また「スピーカー担当局」は、ボランティア自身がスピーカーとなってコミュニティに派遣されるプログラムである。ボランティア員はLAフィルの歴史や活動内容、本拠地ディズニーコンサートホールの設計などに関して詳しく学び、それをコミュニティの要請に応じて話すのである。
ボランティア自身、優秀なファンドレイザーでもある。ファンドレイジングとはNPOなど非営利団体の諸活動に必要な資金を民間から募るための手法である。フィラデルフィア管弦楽団のもつ全米最古のボランティアグループは、実はファンドレイジングのために組織化されたそうだ。当初は20人のグループで("Women's Committee"と呼ばれていた)、1万ドルの資金調達を行い、楽団の財政を助けたそうだ。
一方クリーブランド交響楽団では"Women's Committee"が1921年に、音楽祭を支援する"Blossom Women's Committee"が1968年に、そして"Volunteer Council"が1998年に創設され、ファンドレイジングの力を次第に強めている。後者はこの15年で約3億円の資金を集めたそうである。
ラヴィニア音楽祭の女性ボランティアグループ"Women's Board"は、1967年に元手400ドルから始まったが、目覚ましいファンドレイジングの腕前を発揮し、これまで累計20億円以上を音楽祭に寄付している。前述したように、このグループは当初音楽祭出演アーティストの送迎や食事の準備などから始まり、次第に活動を音楽教育・街の美化・料理レシピ開発と本の販売・音楽祭ショップ経営などまで広げていった。現在も128人のメンバーと25の委員会が活発に活動している。「よい音楽、よい教育を一人でも多くの人に届けたい」という純粋な気持ちがどんどん草の根で広がり、今では世界有数の巨大な音楽祭を支えるほどの大きなパワーになっているのである。
日本でも阪神大震災や東日本大震災等などで、ボランティアの目覚ましい活躍が報道されたことは記憶に新しい。音楽・芸術分野でもボランティアを活かしている団体は多い。例えば仙台国際音楽コンクールや浜松国際ピアノコンクールなどはその一例だ。数日間~数週間という期間の中で得られる様々な出会い、結束感、無事に終わった時の充実感などは、何にも代えがたい財産となる。そしてまた、郷土愛が増していくのである。
一方、通年など長期型の場合は、そこに本質的な学びと成長があることが欠かせない。たとえば東京おもちゃ美術館は、おもちゃの知識や遊び方についてトレーニングを受けた「おもちゃ学芸員」が、200名ほどボランティアで活躍している。この道をさらに究めたい人には「おもちゃコンサルタント」や「おもちゃインストラクター」の資格制度も用意され、その資格講座は「おもちゃ」をより広い社会的・教育的・歴史的見地からとらえたプログラムが用意されていある。それは自己研鑽であるとともに、業界全体を支える人材になることを意味している。
またアメリカのNPO理事がボランティアであるように、日本のNPO役員や諸委員も同じような立場で組織運営に協力している場合がある。例えばピティナでは、各委員会で定期的に会合を開き、様々なテーマの情報交換やディスカッションを行って、より良い協会運営へと繋げている。各地・各分野のコミュニティリーダー(支部やステーション代表)が集まり、より広義のコミュニティ(組織や業界)のために意見を交わし、それを地元に還元したり、日々の活動の中でさらに考えを収斂させていく、という流れがある。短期型との違いは、この流れを継続的に行うことである。そこにはやはり自己研鑽とともに、業界全体を支えていくという使命感が存在する。
では改めて、ボランティアはどのようにモチベーションを維持しているのだろうか。
『世界を変える偉大なNPOの条件』では、大きな社会的影響力をもつ12のNPOを挙げ、彼らはボランティアを単なる無償の労働力や会費の源泉ではなく、重要な人材としてみなしている、として次のように述べている。
「彼らは、ボランティア一人ひとりを、組織の使命や基本的価値観の理解を促す感動体験に巻き込むために重要な方法を生み出している。ボランティアや寄付者、助言者は、時間や資金、助言によって組織に貢献できるだけでなく、大義のために働く『エバンジェリスト(熱烈な使命の伝道者)』として組織に貢献できると考えている。」(レスリー・クラッチフィールド&ヘザー・マクラウド・グラント共著、服部優子訳『世界を変える偉大なNPOの条件』)
アイディアを発信し共有していくこと、それが受け入れられて自分が役にたっていると実感できること、確かにこのコミュニティに属していると自覚できること。それはボランティアを行う醍醐味でもあるだろう。特にアメリカでは20世紀初頭に女性がボランティア活動を通じてオーケストラの財政を支えたという事実(フィラデルフィア管弦楽団等)は、当時珍しいことだったに違いない。それから相次いで他のオーケストラや音楽祭でも女性のボランティア組織が設立され、今でも脈々と受け継がれている。そこでは活動そのものだけでなく、ボランティアをする社会的意義や音楽文化を支援する意味、上記でいえば「大義」が受け継がれているのではないかと思う。実際、ボランティアが将来的に支援者となる場合もある。
ボランティアの多大なる貢献を讃え、毎年表彰する音楽芸術団体もある。ボランティアの資産価値、そしてその活かし方は無限なのである。
<目次>
- はじめに
- (1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
- (ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか - (2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
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(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる - (3) コミュニティの支援者と対話する
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(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会 - (4) コミュニティの行動力を活かす
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(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか - (5) コミュニティとともに創り上げる
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(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加 - (6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
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(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ - (7) コミュニティで次世代を育てる
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(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ - (8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
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(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは - むすびにかえて
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/