アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?(2)潜在的支援者と接点つくる
「コミュニティに音楽があってほしい、子どもたちに届けたい」。
1960年代、その願いは母親や地元アーティストを就き動かし、地域一帯に広がっていった。これは主に公立学校周辺で見られた動きである。一方オーケストラ等の音楽芸術団体ではアウトリーチ活動こそあったものの、今ほど盛んではなかったそうだ。転機は1990年代の経済不況。全米オーケストラ連盟・戦略的コミュニケーション副部長のジュディス・クルニックさんによれば、「この頃から地域コミュニティへのアプローチにより力を入れるようになったと思います」。不況により過酷な状況を迎えた団体も少なくないが、この時の方針転換は次第に大きな潮流を生み出していく。そしてその過程で、コミュニティに支援してもらうための意識醸成とプログラム強化が図られていった。
そして現在アメリカの諸団体が目指すイメージは、コミュニティライフの中に音楽があること。ここであえて「コミュニティ」でなく「コミュニティライフ」と言うが、物理的に音楽が街中で演奏されているというだけでなく、一人一人の生活時間・生活空間の中に組み込まれているという意味である。
ではどのように?一つには「参加してもらう」ことである。参加することで、オブザーバーから当事者へと変わっていく。日本でも現在アウトリーチ活動が盛んに行われているが、今回はそれ以外の広報・企画事例をいくつかご紹介したい。
現在全世界においてソーシャルネットワーク(以下SNS)が盛んであるが、音楽分野でももちろん積極的に活用されている。ミシガン州のデトロイト交響楽団では、今年2月にベートーヴェン音楽祭が開催されたが、積極的なSNS広報も奏功し、史上最高のチケット売上を記録した。2週間にわたり交響曲全曲コンサートのほか、地元の大学生や高校生が出演するソナタ全曲演奏会などが行われ、連日大盛況だったようだ。筆者がお会いした聴衆の一人は、「ほとんど全部行きましたよ。楽しかったわ!」と嬉しそうに語ってくれた。
成功の一因はプログラムの良さもあるが、聴衆を巻き込んだSNS広報にもある。作曲家や作品に関する知識、出演アーティストの情報、会場の様子など、あらゆる情報をfacebook、pinterestなどに即日公開し、聴衆からの情報や意見も受けつける。ちなみに同楽団にはオケメンバーとライブラリのfacebookもある。すでに多くの団体活動でも取り入れられているように、SNSは気軽に聴衆のインタラクティブな参加を促し、一つのムーブメントを生み出していく。
ニューヨーク・フィルもSNSを上手く生かしている。設立170年となる老舗オーケストラは、その豊富なアーカイブ資料を、作曲家・演奏者・公演情報や社会の動きとうまくリンクさせている(facebook: NYPhil Digital Archives)。ちょっと一例をご紹介したい。
・プロコフィエフの交響曲が演奏される週は、「NYフィルではこれまでプロコフィエフの作品を1,000回以上演奏していますが、彼自身がソリストとして協奏曲3番を5回も演奏していたのを知っていますか?」と、チェスに興じる作曲家の写真で楽しませる。
・アーティストの誕生日には「ユーディ・メニューインは今日4月23日に生まれました。彼は1967年、デビュー40周年を記念してNYフィルと共演しました。当時のプログラムと彼からの直筆感謝状をご覧下さい」。
・4月に入れば、「NYにも春が来ました!でも死ぬほど踊り狂う必要はありませんよ。ストラヴィンスキーは『春の祭典』で「春がもたらす神秘と突き上げるような創造力」を表現しました。この曲は大変多くの技術を各奏者に要求していますが、NYフィルは139回もの公演を見事にこなしてきました。各楽器がどのように演奏されているのか、その魔法の鍵を解くには、デジタルアーカイブでパート譜をご覧ください」。
こうして音楽の歴史を生き生きと見せながら、実際の公演に呼び込んでいくのである。
ランダム・アクト・オブ・カルチャーの一場面(フィラデルフィア)。マーケットの中で突然歌い始めたのは・・!?
街中を歩いていて、思いがけないところで音楽に遭遇したらどう感じるだろうか。ショッピングセンターで、スーパーマーケットで、駅で、空港で、いきなり隣に座っていた人が立ってオペラを歌ったり、ライブ演奏が始まったりしたら・・!?これはスペイン発祥のフラッシュモブと呼ばれ、現在全世界に広まっている。そのアメリカ版がランダム・アクト・オブ・カルチャーである("Random Acts of Culture" by Knight Foundation *2年間で全米1200箇所以上で実施)。その場に居合わせた人は、一瞬何が起きているのかわからずぼー然としているのだが、次第に「あ~!」と笑みがこぼれてしまうのだ。
音楽との出会いは、予定調和でなくてもいい。プログラムがなくてもいい。その場にいるだけで、もう参加しているのだ。突然で衝撃的で素敵な出会いは、音楽体験を一層色濃いものにしてくれる。
それは聴衆だけではなく、音楽家も同じ。全米での仕掛人・ナイト財団デニス・ショル副会長によれば、「初めは音楽家たちの理解を得て協力してもらうのに時間がかかりましたが、この2年間で彼らの意識もだいぶ変わりました。ステージには強いライトがあたるため客席が良く見えませんが、これはその時・その場で起こっている聴衆の感情的反応が、すぐ目の前で分かる。それに彼らも感動しているのです。」
デトロイト交響楽団では支援者の個人宅で、音楽の宴("Music Feast")を開催している。地元有志がホストとなって自宅やレストランで会費制のランチや晩餐パーティを開き、そこに特別ゲストとして楽団メンバーに出演してもらう趣向である。音楽と食事のメニューに共通したテーマ性があるものも多い。こちらはその一例である(2013年度メニュー)。
その経費相当額が寄付とされ、楽団プログラムにホスト氏名が掲載される。このような個人宅での音楽&食事会は全米で行われており、同楽団でもすでに35年の歴史があるそうだ。
ミズーリ州セントルイス交響楽団ではボランディアメンバーが"Parties of Notes"と題し、支援者を広げるネットワーキングパーティを行っている。ピクニック&公園でスイスホルン生演奏、オペラ歌手を囲むホームパーティ(先着10名は好きな曲をリクエストできる)、自分の楽器を持ち寄ってオケメンバーと室内楽セッション、地元ラジオ局の生放送&オードブルパーティなど、アイディア満載である。中には音楽のないパーティもあるが、支援者の輪は思いがけないところからも生まれることがある。
NY在住のピアニスト早水和子先生(ピティナ正会員)は、ファブリ室内楽コンサートシリーズを主宰しているが、ルネサンスの雰囲気を残す空間、数十人規模の親密さ、開演前の音楽家の楽しいスピーチ、終演後のミニパーティなど、アーティストとの身近さが好評で、地元の聴衆が定期的に足を運んでいるそうだ。
こうしてフェース・トゥ・フェースの個人同士の付き合いの中から、音楽ファンをじわじわと確実に増やしている。やはり美味しいお食事と音楽は切っても切れない関係である。ネットワーキングだけでなく、オークションを開催してその売上を楽団に寄付することもある。アメリカはパーティ文化ともいわれるが、その波は最近日本でも見受けられる。もともとサロン文化から生まれた曲も多く、相性も良い。これからの展開が楽しみである。
興味があってもなかなか最初の一歩が踏み出せないという人も多い。そんな時、家族や友人知人を誘うきっかけがあると嬉しいもの。クリーブランド交響楽団では大人チケット1枚に対して、同行の18歳以下に1枚フリーチケットを与えるプログラム"Free For Under 18"を用意している。2011年夏以来、このプログラムで30,000人が来場したそうだ (2011年夏の音楽祭→2012年秋より定期公演へ)。
デトロイト交響楽団のご近所演奏会シリーズ(Neighborhood Concert Series)は、「地元で食べ、地元で買い物し、地元で音楽を聴こう!」がスローガンである。近郊のコンサートホールでの出張演奏会セット券を購入すると、本拠コンサートホールでの公演チケットが1枚無料でもらえるという特典付きだ。
一方ネットワークを広げる時、一度「音楽仲間」という枠組みを外すというやり方もある。例えば前掲の"Parties of Notes"はセントルイス交響楽団ボランティアメンバーが地元のパーティホストと企画しているが、リッツホテル昼食会やビール工場見学ツアーなど音楽と直接関係ない会も多数ある。楽しくエキサイティングな場を共有する中で、将来の支援者を含めた交友関係を広げていく。このようなホームパーティ形式のファンドレイジング企画が多くあるが、中でもオークションは人気で、収益は音楽教育プログラムなど諸事業に寄付されている。
例)
・ワインオークション(ヒューストン交響楽団ボランディア・カウンシル主宰)
・医者による演奏会&アートオークション(フェニックス交響楽団主宰)
「音楽仲間」という枠組みを外して広く聴衆を集め、再び音楽に目を向けてもらうこと。それがネットワーキングの目的である。ヒューストン交響楽団では地元の教育者を讃え、地域リーダーを育てるコンサートを年1回行っている。音楽に限らず、教育に携わる人全員が対象であり、本人以外にもう1名招待してよいことになっている。そして開演前には「優れた音楽指導者を讃える表彰」が行われる。学区を超えて地域全体に優れた音楽教育をもたらした指導者を表彰するもので、テキサス音楽指導者協会によるリストを通じて、コーラスやバンド、オーケストラの指導者1名に贈呈される。つまり教育者全員の前で、音楽教育者がもたらす価値というのを分かりやすく示す機会なのだ。まさにコミュニティの中に音楽がある、の縮図なのである。
電通チーフコンサルタントの小西圭介氏は著書で、「ブランドの価値観と関連する、あるいは親和性の高いアウターコミュニティを見つけ出すこと」の重要性に言及している(小西圭介著『ソーシャル時代のブランドコミュニティ戦略』)。もっともこれは企業マーケティングの話だが、考え方としては似ている。つまり音楽仲間というコミュニティの外には、たとえば芸術・美食・教育・哲学・数学・科学・医療といった外部コミュニティがある。そこと繋がることがコミュニティの輪を広め、さらなる共有価値を生み出していく。
<目次>
- はじめに
- (1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
- (ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか - (2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
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(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる - (3) コミュニティの支援者と対話する
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(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会 - (4) コミュニティの行動力を活かす
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(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか - (5) コミュニティとともに創り上げる
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(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加 - (6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
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(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ - (7) コミュニティで次世代を育てる
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(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ - (8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
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(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは - むすびにかえて
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/