アメリカでは、なぜ音楽に民間支援がつくのか?はじめに
「誰が文化を創るのか、誰が文化を支えるのか」。
この命題は時代によって変遷し、国によっても大きく異なる。古代ローマ時代にはパトロヌス(庇護者、文化芸術支援者を指す"パトロン"の語源)が、ルネサンス時代には教皇やメディチ家に代表される君主や富裕市民層が、そして近年では国家が文化を保護・普及政策を取ってきた国も多い。例えばフランス、イギリス等はその最たる例である。日本でも国が果たしてきた役割は大きい。
しかし昨今の文化予算を取り巻く状況は穏やかとはいえない。文化庁予算は近年ほぼ横ばいだが(表1・文化庁長官官房政策課『文化芸術関連データ集(平成22年度)』)、地方公共団体の文化関連事業経費は、公共建設費の減少が主な要因ではあるが大幅に減少傾向である。(表2)。
ここで今一度、文化そのものを誰が支えていくのか、という根源的な問いかけをする時期にきたのかもしれない。国なのか、地域社会なのか、企業なのか、個人なのか、あるいは社会全体なのか・・?
広く行き渡ってこそ文化だとすれば、支援者はこの中の「どれか一つ」ではなく、「どれもが」というのが理想である。とすれば将来的には、支援者が社会の各層に広がることで、芸術文化はさらに社会に根差した存在になるのではないか。実際に公益法人改革などをきっかけとして、最近は民間支援も求めていく動きが広まっている。そこで今後民間支援を増やしていくヒントの一つとして、アメリカの事例を取材した。
アメリカには寄付が根付いていると言われる。それは確かだろう。例えば「A財団(またはB氏)がC協会にXXドルを寄付」という報道はあらゆる分野で見かける。最近の例では、facebook社CEOマイケル・ザッカーバーグ氏が生命科学研究に著しい貢献のあった研究者を讃える賞を創設し、山中伸弥教授始め11名にノーベル賞の3倍相当の賞金が贈られた。ザッカーバーグ氏は人類の未来に関わる分野を積極的に支援しており、教育や医療分野にも多額の寄付を行っている。このようにアメリカでは社会やコミュニティに還元するという意識と行動が、真の長者であると見なされている。
指揮者マリン・オルソープは若い頃日本人ビジネスマン滝氏から支援を受け、その才能を大きく開花させた。photo©Kym Thomson
芸術分野も例外ではない。例えば女性指揮者の第一人者的存在であるマリン・オルソープは、若い頃に日本人ビジネスマン滝富夫氏から支援を受けており、今でも彼は大切なメンターであると熱く語ってくれたことがあった(参考記事)。彼女は滝氏とともに次世代女性指揮者を支援するフェローシップ”Taki-Concordia Fellowship”を設立し、そこで素晴らしい才能を発掘している。この二人のパートナーシップは、女性指揮者の地位向上とその継承という点でも、新たな世界の扉を開いたといえよう。ちなみにオルソープは今年女性指揮者として初めてBBCプロムス音楽祭でラストを飾ることが決定し、大いに注目されている。
このように寄付文化とは、人から人へ、人からコミュニティへ、直接相手に届く支援のあり方である。顔の見える支援は、いつでも支援を受けた人を感動させ、大いに成長させてくれる。そしてそれは廻りまわって、未来の社会を豊かにする。まさに「信じて託す社会」である(鵜尾雅隆著『ファンドレイジングが社会を変える』)。
ではこうした民間の寄付文化は、自然発生的に生まれたのだろうか?その背景には宗教で培われた隣人愛や施しの精神もあるだろう。しかし突きつめて考えると、フィランソロピー教育と実践体験の積み重ねがあったからではないだろうか。「この人(団体)の支援のおかげで今がある」「自分も社会のために」というストーリーが家族やコミュニティで共有され、世代を超えて受け継がれていったのだろう。顔が見えるからこそ、ストーリーは受け継がれていく。
顔が見える支援の最小単位は1対1であるが、今回はその集合体・集合知としての「コミュニティ」に着目した。コミュニティとはご近所あるいは地域社会かもしれないし、大学や職場かもしれない。または音楽教室やアーティストのファンクラブかもしれない。その物理的距離や心理的距離の近さは当事者意識に繋がるものであり、そこには常に真剣さと熱さが伴う。コミュニティは、単なる同じ地域に住む人々の集合ではなく、人と人が交わって生まれる「熱」をもったグループなのだ。そこで人・モノ・サービス・資金などが循環されることで、コミュニティが豊かに膨らんでいくのである。
ではアメリカの地域コミュニティは、音楽や芸術といった文化資源をどう捉えているのだろうか。どのように潜在的な支援者に働きかけ、そこにはどのような対話があるのか、人はなぜ支援するのだろか?今回5週間の現地取材を進めていく中で、ダイナミックな支援のあり方が見えてきた。それは「コミュニティの中で芸術文化を活かす」ために支援が集まっていること。「活かす」というのは、「存続させる」よりも積極的なアプローチである。
これはアメリカの音楽・芸術団体が紆余曲折を経て辿り着いた、現時点での姿である。長い時間をかけて培われてきた民間による文化芸術支援には、ファンドレイジング(資金調達)の本質である「活動を正しく理解してもらいファンを増やす」ための工夫が至るところに見られた。分かりやすい事例としてオーケストラや音楽祭、学校教育等について取り上げている(一部、音楽以外の事例も含む)。また日本の事例についてもご紹介したいと思う。
<目次>
- はじめに
- (1) その時、 誰が立ち上がったのか?50年前アメリカで起きたこと
- (ア) 無い!から生まれた知恵と工夫~1960年代の文化予算削減
(イ) 失ってないものは何か?潜在価値の再発見
(ウ) いかに「創造的」に音楽の時間を取り戻したのか - (2) コミュニティの潜在的支援者との接点を増やす
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(ア) どう接点を広げる?身近さがもたらす当事者意識
(イ) SNSで広くコミュニティと繋がる
(ウ) 自宅・隣近所が音楽仲間を呼び込む
(エ) コミュニティの聴衆が聴衆を連れてくる - (3) コミュニティの支援者と対話する
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(ア) コミュニティには誰がいるのか?
(イ) 支援者との1対1の対話、支援者同士の対話
(ウ) 中間支援者との対話
(エ) ボランティアとの対話
(オ) 理事との対話
(カ) コミュニティ代表者との対話
(キ) コミュニティパートナーとの対話
(ク) 企業との対話
(ケ) 行政との対話
(コ) 対話は「音楽」という資源を創造的に見直す機会 - (4) コミュニティの行動力を活かす
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(ア) ボランティアはアイディアと行動力の宝庫
(イ) ボランティア組織化は100年前から
(ウ) 日本でも音楽イベント現場で活躍
(エ) いかに継続してもらうか - (5) コミュニティとともに創り上げる
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(ア) 音楽団体が持つ資源×コミュニティが持つ資源
(イ) シカゴ:公立小中学校教員とコラボで音楽の授業を
(ウ) シカゴ:シカゴ交響楽団管轄の市民オーケストラ
(エ) マイアミ:コミュニティを繋げるアイディアは、コミュニティにある
(オ) 日本の事例~潜在価値を倍増させるのは市民の参加 - (6) コミュニティの企業と組んで相乗効果をもたらす
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(ア) 音楽・アートの潜在価値と企業力を組み合わせる
(イ) どのようなパートナーシップがあるのか?
(ウ) アートへの投資は、コミュニティへの投資
(エ) 創造的な社員を増やしたい、そのための投資でもある
(オ) 日本でも進むNPO×企業のパートナーシップ - (7) コミュニティで次世代を育てる
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(ア) 未来の支援者はコミュニティから生まれる
(イ) 小中高におけるフィランソロピー教育
(ウ) 大学生に企画・広報・運営のプチ体験を
(エ) 20~30代は次世代の中核に
(オ) コミュニティを代表する「誇り」を受け継ぐ - (8) オンラインでも繋がる新しいコミュニティ
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(ア) 支援者は世界中に広がる
(イ) 目的別コミュニティが創れるクラウドファンディング
(ウ) 支援者に選ばれるコミュニティとは - むすびにかえて
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/