海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

音楽業界が自己成長する寄付文化とは(4)次世代型ファンドレイジング1. 未来を担うアジア

2012/12/26
音楽業界が自己成長する寄付文化とは(4)
次世代型ファンドレイジング・未来を担うアジア社会
?Enrichment by Self Encouragement

シンガポールのウーシャ・メノン女史。プレゼンテーションの前に、スリランカやバングラデシュ等今回の大会に参加することができなかったアジア諸国同志のスピーチ映像を紹介した。

3日目に行われたGlobal Perspectives Sessionsでは、アジア、アフリカ、南米、アラブ諸国の代表スピーカーが各部屋でプレゼンテーションを行った。筆者はアジア代表ウーシャ・メノン女史(Usha Menon)のプレゼンを見学した。アジア諸国が著しい経済成長を遂げて久しいが、ファンドレイジングにおいてもアジア市場の成長拡大が期待されており、会場には欧米諸国の慈善団体やファンドレイザーも多く集まった。

●アジアで進む社会変革型寄付

アジア諸国では既に多くのファンドレイザーが存在し、アメリカ型の投資型寄付も進んでいる。優れた実績を上げているファンドレイザー例としては、

が紹介された。


マレーシア(左)・インド(中央)のファンドレイジング事例も紹介。

また投資型寄付の事例としては、シンガポール大学付属リー・クァンユー公共政策学校(The Lee Kuan Yew School of Public Policy)が例に挙げられた。アジアに優れた公共政策の学校を作りたいとの希望から、香港の篤志家が100万ドルを現金寄付したそうだ。リスクを賭けて大金を投資する篤志家は、社会を変えたい、より良い社会を創造したい、という高い理想と資金力が原動力となっている。日本ファンドレイジング協会会長・鵜尾雅隆氏の唱える「社会変革型寄付」の好例だろう(『ファンドレイジングが社会を変える』より)。

メノン女史は、アジアにおいて今後期待できる主要寄付者として、

  • 家族財団(family foundation)
  • 企業セクター(corporate sector)
  • 変革型投資家(impact investment)

の3つを挙げた。上記の篤志家は3つ目にあたる。アメリカでは例えばビル・ゲイツ氏(米マイクロソフト共同創業者・会長⇒Bill & Melinda Gates Foundation)やマーク・ザッカーバーグ氏(facebook創業者・CEO⇒Startup:Education)が次世代教育や慈善事業のために多額を寄付・投資しているが、今アジアもその重要な担い手となっている。

●自己投資・自己成長の時代に入ったアジア

またメノン女史は、アジアは「自助努力、自立的成長」の時代に入ったという。50年ほど前は自活していたが、1970から80年代にかけては欧米諸国に依存し、いかに寄付してもらうかが常に関心事であった。しかし1990年代後半からのアジア経済急成長と欧州の経済危機を受け、より自立的なファンドレイジングにシフトしたと分析する。これは大きな変化である。

そして現在の課題は、アジアにある資源や資金をどう生かすか、いかに継続可能なファンドレイジングを促すか、にある。その実例としてインドとマレーシアのケーススタディが紹介された。ここでの論点は「モチベーションの高い寄付者をいかに探すか」。しかしその目は欧米ではなく、国内に向けられている。両国とも対面でのコミュニケーション(イベント、チャリティディナー等)を重視していること、また将来の可能性としてモバイルやオンライン寄付を組み合わせ、直接・間接的コミュニケーション双方の強みを生かしながら活動が進むだろうと予測した。

メノン女史は「寄付とは誰かにお金を乞うことではありません。人々に『社会を変える機会』を持ってもらうことであり、そのためには思考の切り替え(リポジショニング)が必要です」という。そのために若い世代にも期待している。一例として、インドの家族財団のうち76%が、寄付先の選択に影響力を持つと思われる若い家族構成員がいるというデータが紹介された。つまり若い世代も寄付に関する意思決定に積極的に関わっているそうである。若い世代へのフィランソロピー教育が盛んに行われ始めているのも頷ける。

●アジアと欧米が対等なパートナーシップで結ばれる

全体を通して、このプレゼンテーションの端々にアジアの底力と将来に対する自信を感じた。社会変革型寄付が社会を変えていく、その力と機運は十分に整っていると。女史は、アジア市場は"re-emerging"であると力説する。「アジア市場は"emerging"とよく言われます。たしかに過去200年間ほど植民地支配を受けた時代は落ち込みましたが、本来はトップの立場にあったはずです。ですから実は"re-emerging"市場なのです。現在では欧米諸国もアジアに対して、寄付を施す対象ではなく、同等のパートナーと捉えています。今や欧米において大口寄付者はアジア人なのです。ハーバード、プリンストン、オックスフォード大の寄付者もアジア人が多いですね」。

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「マレーシアでは社会貢献事業への寄付者が増えています」ユニセフ・マレーシアでファンドレイザーとして活躍するBow Bow Choonさん。

実際、アジア諸国がもつ大きな潜在能力に内外が気づき、欧米とアジアがより深く、より密接に知財の交換を始めている。大学やビジネススクール、法律事務所など、いわば欧米の知がアジア進出を始めているのはその一例である(シンガポール大学内にイェール大学分校を新設Yale-NUSといった例もある)。音楽業界も例外ではない。2013年以降ジュリアード音楽院プレカレッジが中国・天津市に新設される。またシドニー交響楽団は星海音楽学院(広州)と3年間のパートナーシップ契約を結び、文化を共有しながら優れた音楽家を生み出していきたいと発表した(⇒PDF)。同様に、ニューヨーク・フィルハーモニックは上海交響楽団と4年間のパートナーシップ契約を結び、2014年より年間10日から14日ほど上海でオーケストラ・トレーニング教育プログラムを展開する予定だ(⇒詳細)。さらにニューヨーク・フィル本拠地であるリンカーン・センターは、天津市にある複合文化施設のコンサルタントになることを発表している。これらは単発のコンサートツアーではなく、中長期的計画に基づいた教育プログラムであり、両文化の融合・再創造・発信を意味している。上記事例はいずれも中国だが、いずれ他国もそれに追随する動きが出る可能性はある。

アジアを取り巻く環境が変わる中、こうした文化交流の深化によって、思考の枠組みも少しずつ変化してきている。フィランソロピーやノーブレス・オブリージュといった社会貢献に繋がる精神の持ち方は、今の段階では"欧米の知"といえるかもしれない。もともと日本にもあった考え方ではあるが、今それを改めて顕在化させることによって、より多くの人に共有されるものと思う。それは今、一人一人にその力があるからに他ならない。その考え方が日本や各国に見合った形で定着した時、アジアの寄付社会は自己を大きく成長させるだけでなく、将来グローバル社会をリードするようになるだろう。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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