音楽業界が自己成長する寄付文化とは(3)自立的・継続的なファンドレイジングを
自立的・継続可能なファンドレイジングとは
~Engagement Mind-setting
今回のワークショップテーマで多かったのは、寄付者との良好な関係継続であった。興味を持った人をいかに活動に参画してもらうか、寄付者との関係をいかに継続して活動に長く関わってもらうか。その鍵となるのは、やはり「オーナーシップ」に集約されているように思う。
ではオーナーシップを持ってもらうにはどうしたらよいのだろうか。
パリのシテ科学産業博物館(La Cité des sciences)および科学技術博物館(Le Palais de la découverte)で友の会を担当(Amis Universcience)。「関心を持って下さる方をどんどん広げたいですね」。
人が活動に関わる度合には何段階かレベルがある。ワークショップ講師の一人、英国で活躍するファンドレイザーのサイモン・バーン氏(Simon Burne,"Volunteer Fundraisers")によれば、以下5段階に分けられる:
- ※
- 意識している状態(awareness)→テスター(tester)→リピーター(repeater)→常客(regular)→大使(ambassador)
つまり関心をもつだけのレベルから、お試し期間を経て、リピーターからやがて常連となり、最終的にはその活動団体を代表するアンバサダーになるというものである。つまり、「私はこのチャリティを支持している」というフォロワー的な立場から、最終的には「私のチャリティ」という主体的なコミットメントへの変遷を示している。「私のチャリティ」というのは、まさしくオーナーシップの表れである。
対象への関心と関わりの度合いを着実に深めてもらうためには、やはりコミュニケーションが鍵となる。「(チャリティの目的や取り組んでいる課題に対する)個人的な共感」「綿密な関係構築」「楽しみも提供すること」「謝意をきちんと伝えること」等が必要条件として挙げられた。1回限りの寄付ではなく、寄付者と長期的に良好な関係を構築するには、真摯に相手と向き合い、必要な情報を開示し、目的意識を共有しながら、楽しく有意義な活動をすること。全てはコミュニケーション、ということである。
またキーラ・ショウヤー女史&ビル・トリヴァー氏も、寄付とは駆け引きや取り引きではなく、継続的に活動に関わってもらうための長期的な関係構築が大事であるとした(Kyla Shawyer & Bill Toliver "Finding and keeping new investors")。具体例として『オペレーション・スマイル』という慈善事業について、いかに新しい寄付者や投資家を開拓したかというテーマで発表。この事業は口唇や口蓋裂をもつ子供たちの手術を無料で行うためのキャンペーンである。その中で、「人の活動の関わり方」について以下の7段階に分類した。
- ※
- 無関心→受動的関心→能動的関心→対話の開始→初めての寄付→信頼できる資金提供者→献身的な受託者
では、人はどの時点でフォロワーから、「私の○○」というオーナーシップに切り替わるのだろうか。そのきっかけは対話から得られることが多い。その事業者・団体が取り組んでいる課題を自分自身に引き寄せて考え始めた時、初めて活動に深く関わるようになる。『オペレーション・スマイル』では直接対面式ファンドレイジングにも積極的に取り組んでおり、その実例として移動式街中キャンペーン、グローバル・ユースプログラム、寄付者にお礼を伝えるイベント等を挙げた。(イベントまでの歩み)
オンラインでのコミュニケーションやソーシャルネットワークが主流となった今でも、やはり長期的な関係を築くには、直接対面でのコミュニケーションや丁寧なフォローが欠かせないのである。
日本ファンドレイジング協会事務局長の徳永洋子氏は、ヨーロッパのファンドレイジングは日本と近いのではないかと分析する。
「ヨーロッパは地縁やコミュニティに根差したファンドレイジングが多く、日本における共助・助け合いから始まる寄付文化に近いものを感じました。donationやgivingという言葉が使われていますが、membershipはどうでしょうか。会員とはいわば「繰り返される寄付者」あるいは「定期的寄付者」のようですが、実際はそれ以上のものでもあり、意思決定や一緒にミッションを達成する仲間に近いですね。一定の会員数を得ることによって政府に対して提言ができるので、会員を増やしてミッションを達成するというこだわりがあるようです。日本もヨーロッパのNGOさんもメンバーシップを大事にしている印象を持ちました」。
チャリティが盛んな英国では多くのファンドレイザーがあるが、中でも大変分かりやすく影響力があると思われる以下の団体をご紹介したい。これは『コーヒー・モーニング』というガン治療支援キャンペーンである。なぜ短期間で多くの人を動員できたのだろうか。そしてなぜその活動を継続できているのだろうか。
◎『コーヒー・モーニング』
1990年、ある地方のファンドレイザーがモーニングコーヒーを飲むイベントを発案し、そこで寄付を募ってマクミラン癌支援センターに提供しようという動きに発展した。それが成功を収め、翌1991年には初の全国イベントとして開催され2,600名を動員。2011年には51,000名が参加し、1,000万ポンド(約13億円)の寄付が寄せられた。2012年はそれを上回る寄付金が集まっている。コーヒーを飲むイベントを地元で開いて寄付を集めるというシンプルな仕組みで、開催場所は、自宅・学校・会社・企業・公共施設など、どこでも可能である。主催者はホームページで簡単に申込み可能で、シンプルな企画と娯楽性が人気を呼んでいるようだ。ホームページも大変分かりやすい。そこで、このファンドレイジングが継続的な効果を挙げている理由を4つ考えてみた。(写真:Macmillan HPより)
(1)寄付の目標額とその達成指標が分かりやすい⇒参考URLはこちら
「いくら寄付をしたら、どのくらいの人がどれだけの支援サービスを受けることができるのか」が明確に示されてている。以下はその一例。
- 25ポンドで、看護師1人が1時間ガン患者家族のお世話をすることができる。
- 181ポンドで、ソーシャルワーカーあるいは家族支援労働者が1日従事し、ガン患者の社会的・日常的問題に対するサポートができる。
- 278ポンドで、マクミラン情報支援センターに1か月間、ガン患者支援のためのあらゆる情報を収集・管理することができる。
(2)SNSで効果的・多角的に活動を広めている⇒参考URLはこちら
- ポスター掲示:「街中を緑に!キャンペーン」マクミラン癌治療支援センターの緑のポスターをダウンロードして、近くの病院や公民館に自由に啓示してもらう試み
- Youtube :Youtube広告映像を自由にシェアしてもらう⇒こちら
- Facebook:「あなたから5人のFB友人に伝えて下さい」という呼びかけ
- Twitter:情報をツィートしてもらう働きかけ
- イベント開催:マクミラン最大のファンドレイジング企画である「コーヒーモーニング」のイベントを開催してもらう。誰でも登録すれば主催者になることができ、開催場所は家・学校・会社などどこでも可能。告知用ポスターや招待状などの広報ツールも充実化。
- オンライン・コミュニティ:「会員の活動」「コミュニティ・ニュース」「注目ブログ」
- その他:ポスターのデザインコンテストや、ケーキ製作コンテスト等のコンクールを取り入れることで、質の向上と遊びの要素も交えている。
(3)対面イベントを盛り上げる企画のヒントがある⇒参考URLはこちら
家・学校・会社など、イベントはどこでも誰でも開催可能。直接の関係者でなくとも、普通の娯楽イベントとして開催し、集まったお金をマクミランに寄付する例が多いようだ。そこで下記のようなお楽しみ企画のヒントまで提案されている。単なるコーヒーを飲む会で終わらせず、アクティビティを行うことで参加者同士に共有体験をもたらし、継続性を高めている。そしてその中で、ガン治療に対する意識喚起を呼びかけていると思われる。
- 家:「クラッカー早食い競争」「ことわざクイズ」「仮装大会」
- 学校:「フェイス・ペインティング」「X Factor(歌のコンクール)」「古本セール」
- 会社:「社内オリンピック(タイプの早打ち競争等)」「写真キャプション大会」「社員ピクニック」等
- その他:クラシックコンサートなど
(4)マッチングギフト方式の政府支援も⇒参考URLはこちら
1ポンドの寄付に対して25ペンスのマッチングギフト方式が採用されている。コーヒーモーニングイベント主催者が政府に対して申請できる。全ての主催者が申請すれば200万ポンドの上乗せが見込まれ、それにより外来ガン患者のための最新設備が購入できるとしている。
この団体ではファンドレイジング活動を継続拡大させるために、ガン治療支援という目的を確実に伝えながら、この活動への関わりが「シンプルで楽しい」と実感してもらえるよう工夫している。活動に参加までのプロセスを簡素化し、参加することの意義・波及効果を可視化し、共有体験を持ってもらうことによって、全国各地にファンドレイジング主催者・参加者を増やすことに成功しているようだ。つまり目的を達成するための「仲間作り」を地道にしているのである。
『世界を変える偉大なるNPOの条件』(レスリー・R・クラッチフィールド/ヘザー・マクラウド・グラント共著、服部優子訳)によれば、価値を伝える行為とは従来のマーケティングを超越している。「価値を伝えるということは、ストーリーを語り、自分たちの取り組みを支援者の信念と結びつけ、『仲間になりたい』 と彼らに強く思わせることである」。
SNS(ソーシャルネットワーク)が発達した今日においても、今まで日常的に繰り返されてきた地道なコミュニケーションスタイルが大事であることは変わらない。異なるのは、「仲間」が地域・年齢・学歴といったバックグランドに左右されず、発信する価値そのものに集まる同志であること。だからこそ、自分が発信したいことは何かを突き詰め、シンプルで核心を突いた言葉に置き換えることがとても重要なのである。そして「コーヒー・モーニング」のように、あくまでシンプルな行為に置き換え、その効果をシンプルな指標で示すこと。そのシンプルさの掛け合わせが、いつしかムーブメントを生み出していくはずである。
- (1)はじめに
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(ア)ファンドレイジングがなぜ必要なのか?
(イ)個人から社会を変えていく時代~帰属コミュニティのオーナーシップを持つこと
(ウ)音楽・芸術文化は誰がオーナーシップをもつのか
- (2)ファンドレイジング国際大会全体リポート~Enlightenment & Entertainment
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(ア)ソーシャルネットワークと情熱が、新たに人と人を結びつける
(イ)ネットワーク構築も思い切り楽しみながら!
(ウ)ネットワーク構築も思い切り楽しみながら! - (3)自立的・継続可能なファンドレイジングとは~Engagement Mind-setting
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(ア)寄付への関心・関わりを着実に深めてもらうには
(イ)直接的&間接的コミュニケーションで効果を上げる~英国の団体事例
- (4)次世代型ファンドレイジング?・未来を担うアジア社会~Enrichment by Self Encouragement
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(ア)アジアで進む社会変革型寄付
(イ)自己投資・自己成長の時代に入ったアジア
(ウ)心の声は、社会の潜在的欲求に繋がっているか
- (5)次世代型ファンドレイジング?・IT技術が起こす変革~Easy & Effective E-communication
- (a)~(e)5つのポイントで新たな動向を探る
- (6)まとめ~音楽業界の展望など
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/