保屋野美和さんインタビュー ~ハノーファー音大公式伴奏ピアニストとして
~ハノーファー音大の公式伴奏ピアニストとして
現在ハノーファー音楽演劇大学で正規の伴奏ピアニスト(コレペティトワ)として活躍する保屋野美和さん(ピティナ演奏会員・2006年度ピティナ特級銅賞)。どのようなきっかけでその仕事に携わるようになったのか、ソロで培った実力をどう伴奏に生かしているのか、その仕事を通じて何が変わったのか、コレペティの仕事とは・・?コレペティトワとして教授や学生から信頼されている保屋野さんにお話を伺った。
オーボエのレッスン風景。教授はクラウス・ベッカー氏(Prof.Klaus Becker)
トルコ出身のオーボエ科学生・ネヒルさん。この日はモーツァルトのオーボエ協奏曲のレッスン。
教授・学生さんも保屋野さんに厚い信頼を寄せる。
ホルンのレッスン風景(シューマン「アダージョとアレグロ」)。ホルンとピアノをどう対話させるか等について教授からアドバイス。
ホルンのマルクス・マスクニッティ先生(Prof.Markus Maskuniitty)、生徒のフェリックスさんと。この教授の一言がきっかけで、ハノーファー音大で伴奏ピアニストに。
保屋野美和さん:ドイツのコレペティトワ制度は独特ですね。通常コレペティトワはオペラのピアノ伴奏を指すのですが、ドイツではオーケストラを含むピアノ伴奏全般に使われています。昨年からハノーファー音大でコレペティトワとして仕事をしていますが、私には指導することも求められています。たとえばオーボエ奏者(ネヒル・デュラクさん)とはレッスン前に合わせをしますが、もし彼女が音楽のフレーズに合わない呼吸をしている場合には曲の構造を踏まえて話し合うなど、その指導を任せて頂いています。今回もレッスン前日に彼女と一緒に合わせながらディスカッションし、一緒に音楽を作っていきました。伴奏ピアニストは生徒から依頼される立場なので、ホルンやオーボエなど楽器のことも勉強しなければなりません。各楽器の特徴や技術的に難しい部分などは、伴奏をこなしているうちに段々分かってきました。
保屋野さん:一度ホルンの授業で伴奏しに行ったら、お仕事のお話を頂いたのがきっかけです。それも運だったと思います。今自宅アパートにはピアノを入れておらず、学校に練習しに通っています(夜12時まで練習可能)。家にピアノがない学生が大半なので、学校に行くと毎日のように顔を合わせる人ができ、最初はピアニストだけだったのが他楽器の学生も増えていき、段々仲良くなっていきました。全ては出会いから今の仕事に結びついていますね。
人との出会いと、そこに音楽があっただけだと思います。友人が増えると仕事も増えていきますね。ソロとの両立が大変ですが、そのおかげで譜読みが非常に早くなり、音楽の世界が広がりました。
ネヒルさん(オーボエ奏者):室内楽を通して友人も増えるし、別の世界を広げてくれますね。室内楽は本当に知的な作業だと思います。オーボエ奏者はメロディしか弾きませんが、室内楽ではピアノや他の楽器と合わせることで様々なことが学べます。
保屋野さん:コレペティは色々な方とお会いすることができますので、そこからどうやって世界を広げていくかが大事だと思います。私自身はそのエキスパートになるというよりは、そのお仕事を通して次のステップに繋げていければと思っています。最初にこのお話を受けた時、最終的には教授等とコンサートで共演できるようになりたいと思いました。そのようなスタンスで取り組んでいますし、実際にそれが演奏活動に結びついています。フランス人オーボエ奏者のマチュー・ペティジャン(Matthieu Petitjean)さんに出会ったのもそれがきっかけです。
この考え方は亜樹さん(ミラノ在住ピアニストの黒田亜樹先生)の影響もあり、とても感謝しています。
それは良い言葉ですね。オーケストラも大好きです。指揮者の大植英次先生(ハノーファー音大指揮科教授)のクラスで伴奏させて頂いたり、コンサートで共演させて頂いたのも、イタリアでコレペティのバイトとして顔を出すようになったのがきっかけです。その道を拓いて下さったのも亜樹さんです。
もともと人が好きで、他人とコラボレーションして思わぬところへ到達できた時の奇跡や満足感を味わってしまったら、何としてももう一度やりたい!と思わずにはいられません。最近ソロでもそういうことが感じられるようになりました。音楽にはその瞬間がある。それが一人でもいいし、二人や三人になるとますます楽しくなります。
室内楽もソロも「音楽」であることには変わりません。日本にいた時はソリストであらねばと思っていましたが、室内楽からソロのヒントも多く得ています。たとえばオーボエやファゴット等と合わせると、彼らの音やメロディを常に聞いているわけですが、ソロに戻るとピアノ作品がオーケストラのようだと改めて実感するのです。
楽譜の読み方には大変役立っています。以前はぱっと楽譜を見た時、"右手と左手"として認識していたのですが、自分が弾くと同時に相手の音も聴かなければならない状況に慣れてくると、これはヴァイオリンのフレーズ、ここはポリフォニーの伴奏型・・等と、当たり前に読んでいたことにもう一度気づくようになります。すると様々な声部が見えてきたり、ここは呼吸だからもう少し時間がかかる、ここはもっと音色を変えたい・・とか、改めて多くのことを意識するようになりました。耳が開いてきたのだと思います。
「音が聞こえる」ということが自分にはとても重要で、これは杉山洋一先生(指揮者で黒田亜樹先生のご主人)のレッスンを受けた影響もあります。弾く前に「こういう音が欲しい」というのが聴こえていて、弾いた後もそれをずっと聴き続けている・・つまり過去・現在・未来が全て一体化している感覚です。杉山先生の指揮クラスでは指揮を見ながら同時に初見する練習もしましたが、客観的に聴く力がつき、それに面白みを感じられるようになりました。亜樹さんには「自分で指揮をしなさい」と言われます。するとイメージが湧いてくるんです。
聴き方が変わったので、楽譜の見方も変わりました。大事な部分や和声の繋がり等をぱっと把握できるようになり、音楽の道筋が見えやすくなったと思います。まだそんなにできる方ではないですけど、「明日よろしくお願いします」と急に依頼されることもありますので、そうした色々な経験が自分にもたらしてくれたことだと思います。
今後は、室内楽でもソロでも幅広く取り組んでいけたらと思います。まだ道半ばですが、自分が音楽や他の人に対して誠実に向き合い、皆と音楽を分かち合えていけたらいい人生かなと思っています。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/