海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

尾崎有飛さん×佐藤圭奈さん~ '07'08特級グランプリ対談 in ハノーファー音大

2012/10/27
尾崎有飛さん×佐藤圭奈さん~ 特級グランプリ対談 in ハノーファー音大
尾崎有飛さんと佐藤圭奈さん。ハノーファー音大正門前で。
尾崎有飛さんと佐藤圭奈さん。ハノーファー音大正門前で。

ハノーファー音楽演劇大学は世界トップクラスの音楽大学として知られている。かつてピティナ特級グランプリを獲得した尾崎有飛さん(07年)、佐藤圭奈さん(08年)も同じ大学ピアノ科で研鑽を積んでいる。今回は特級グランプリ対談inハノーファーとして、お二人にこれまでの留学生活と今の心境を語って頂いた。

1年目から今までの留学生活を振り返って
アリエ・ヴァルディ先生のレッスン。指揮者だけあって全ての楽器の動きを把握した上で、ピアノの響かせ方や各フレーズの意味や他作品・作曲家との関連性を探っていく。「ヴァルディ先生は底なしの目標」という尾崎さんの表情は真剣そのもの。
アリエ・ヴァルディ先生のレッスン。指揮者だけあって全ての楽器の動きを把握した上で、ピアノの響かせ方や各フレーズの意味や他作品・作曲家との関連性を探っていく。「ヴァルディ先生は底なしの目標」という尾崎さんの表情は真剣そのもの。

この日のレッスンはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。佐藤圭奈さんが美しい伴奏で支える。このレッスン室には世界中の優秀な若手ピアニストが訪れるが、尾崎さんと次はアレッサンドロ・タヴェルナさん(2009年リーズ国際コンクール第3位)だった。
この日のレッスンはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。佐藤圭奈さんが美しい伴奏で支える。このレッスン室には世界中の優秀な若手ピアニストが訪れるが、尾崎さんと次はアレッサンドロ・タヴェルナさん(2009年リーズ国際コンクール第3位)だった。
― ドイツ留学してからこれまでの5~6年を振り返って、どのように過ごしてきたか、心境の変化などを教えて頂けますか。

佐藤圭奈さん:ハノーファーに来た時は生活することも大変で、周りの凄い方々の勢いに圧倒されつつ、私はどこに向かっているのかと思う暇もなく過ぎました。2年目からはコンクールも少し受け始め、生活には不自由なく過ごせるようになりました。3~4年目あたりは少し厳しかったですね。3年目で帰国する人も多く、自分はどうしようかと考えることもありました。勉強は一生続くことは分かっているのですが、それでも自分なりの小さなゴールも見失いそうな時もありました。5年目あたりからそれが無駄ではないと思えるようになり、周りで頑張っている人への見方も変わりました。以前は否定的に見ていたことも肯定的に捉えられるようになり、音楽的にも選択の幅が広がってきたと思います。
また、何が自分に合っているのか、自分は何がしたいのかということと、聴いて下さる方がいるならばその方が何を求めて下さるのか、それがどこでクロスするのかを一番考えていると思います。

尾崎有飛さん:1年目はグランプリを頂いた年(2007年)でした。日本での褒賞コンサートのため5回くらい帰国していたので、生活のことを考える間もなく1年目が終わったと思います。劇的に変わったのは2年目からですね。師事しているアリエ・ヴァルディ先生は、生徒が自分でコンサートに出せるような状態まで仕上げてから力を最も発揮されるご指導なので、自分で最低限そのレベルまで持っていくには何をしなければいけないのかを考えるようになりました。自分はそれほど練習量も多くなく、かといって単純に増やそうと思っているわけでもない。ヴァルディ先生はよく楽譜を突き詰めて読む方なので、とにかくよく楽譜を読んでみようと思いました。

「楽譜を読むこと」に真摯に向き合って
― 楽譜を読むことに関して、自分の中で深さが変わってきている実感はありますか。

尾崎さん:変わってきています。曲によっても違いますね。練習を始める前の1か月間、楽譜を見て見つけたことを色々メモしていました。たとえばラヴェル『ラ・ヴァルス』を弾かないで譜面を読んだり編曲したり。ベートーヴェンのソナタ等も弾く前に最低限分析したりしますが、自分一人で見つけられないことがまだ山ほどあるので、あとはレッスンで指導して頂きます。ヴァルディ先生のベートーヴェンの知識は本当に凄いです。また先生の特徴として、「1を聞いて10を知る」ように最初の1~2ページにポイントを凝縮してレッスンすることも多いので、1を知った上で自分なりに解釈するよう促されます。そのおかげで、弾かない時にその曲について考えることが多くなりました。 1年ほど経ち、「楽譜を読むこと」が本当に演奏に活きているのか心配になってきましたが、今も自分の中でチャレンジを続けているところです。

― レッスン前に質問を考えたり、今日はこの部分を議論したいとか、先生に問いかけることはありますか?

尾崎:疑問に思っていることは演奏に現れるので、こちらが言わなくても先生は指摘されます。将来自分もそんな先生になりたいなと思います。楽譜を読む、弾かない時に曲を考える、といったことを何年も続けているので、自分の方向性は自然と出てくると思います。それまでは色々改良を重ねながら勉強を続けていきたい、今はそのような時間がもてることに感謝しています。

佐藤さん:(自分や音楽に)向き合う時間は豊富にあるので、日本にいたら考えなかったであろうことまで考えてしまうこともあります。

尾崎さん:友人がコンクールに4つも5つも挑戦している間に、自分はオペラ作品にはまって1日中曲を聴いたり楽譜を眺めていたり。。そんなのんびりしちゃいけないと思っていた時もありましたが、今ではそれは無駄になっていないと思っています。

― そのような時間の方が大事だと思います。
コンクールとの向き合い方

尾崎さん:タイプは2通りあって、コンクールのような環境に身を置かないと身につかないこともあると思います。でもこれだけピアノを弾く人が多い中で、オリジナリティを出そうとすると演奏に明らかに表れてしまう。自然な自分らしさがどうしたら出てくるのかなというのは、留学1~2年目でよく考えていましたね。

― そういう悩みをもつことで、作曲家の心情にもより共感できるのではないでしょうか。

ある指揮者の著書で「ベートーヴェンは斬新なことをしようとして出てきた曲だから、そいうふうに弾いて下さい、とオーケストラに注文した」と。あの人のようになりたいと思って曲を書いて有名になった作曲家はあまりいないから。

佐藤:結果論ですね。自然でいたら、結果認められたということだと思います。

― コンクールは自分が考えていることをプレゼンテーションする場であり、極限まで突き詰めた演奏がコンクールでも多く見受けられます。自分が見えているイメージに真摯に向かっていく音楽には、力が漲っていてブレがないですね。そのように突き詰めたものは、これから自分の糧になっていくと思います。

尾崎さん:自分が今コンクールに意識が向かないのは、ある一定の音楽の目標がつかみきれていないからかもしれません。今の方向でもう少し突き詰めて見えてきたら、コンクールでぶつけていってみようという感覚になると思います。

― 広げたり突き詰めたりということを繰り返す中で、準備が整った時にそれに見合ったチャンスが訪れるのだと思います。昨年の圭奈さんの香港国際コンクールはその端的な例でしたね。

佐藤:3か月前にプレオーディションに受かったのですが、その時点ではやめようと思い、1か月くらい悩んでいました。見てない曲も沢山ありましたし。1か月くらい前からやっとやってみようかなという感じになってきました。(⇒詳しくは2011年香港国際コンクール入賞インタビューへ

留学生活の将来像は
秋晴れのハノーファー。ベンチに座ってちょっと歓談。ちなみに二人のストレス解消法はレゴ(尾崎さん)とお料理(圭奈さん)、そしてもちろん好きな音楽を没頭して聴くこと。二人とも気に入った録音があると何回も繰り返し聴くそうだ。
秋晴れのハノーファー。ベンチに座ってちょっと歓談。ちなみに二人のストレス解消法はレゴ(尾崎さん)とお料理(圭奈さん)、そしてもちろん好きな音楽を没頭して聴くこと。二人とも気に入った録音があると何回も繰り返し聴くそうだ。
― 留学期間が1年、3年、5年以上では心境が違うと思います。将来像はどのように描いていますか?

尾崎さん:ヴァルディ先生の音楽への関わり方だけでなく、先生の人間性がとても好きです。あのような人になりたいと。色々な面で尊敬し、目標としている方です。底なしの目標ですね。

佐藤さん:今感じていることを含め、経験したからこそ伝えられることや、今まで出会った方に感じさせてもらったことを、自分の言葉や音楽で伝えられたらと思います。おこがましいですが、自分ができることの中でしていける立場になっていかなければいけないと思います。その切り替えが少しできてきたかなと。自分自身と向き合うことは一生続くのでしょうけれど、ここにいる間はそれをさせてもらいつつ、徐々に立場が変わってくるのかなと思います。留学はあと1年くらいと思っています。ここで過ごした6~7年間は今後の指針となると思うので、自分で確信を得て留学生活を終えたいなと思っています。

― お二人とも、常に後輩に刺激を与える存在であってほしいなと思います!興味深いお話をありがとうございました。
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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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