海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

クレモナのピアノ&弦楽器国際見本市 ~海外ゲストとして専務理事がプレゼン

2012/10/22
クレモナのピアノ&弦楽器国際見本市リポート
~唯一の海外ゲストとしてピティナ専務理事がプレゼン
弦楽器製作のメッカ、クレモナにて

会場入口にて。

弦楽器製作者アントニオ・ストラディヴァリの出身地クレモナは、ミラノ近郊にある。街並みは小ぶりで可愛らしく、至るところに「ストラディヴァリ広場」「アマーティ通り」「モンテヴェルディ通り」など音楽家や弦楽製作者の名前が残っている。ストラディヴァリが元師匠であったニコロ・アマーティと競り合うように弦楽器を製作した日々は、今から4世紀前に遡る。その後もクレモナは、ベルゴンツィやグァルネリなど優れた製作者を輩出した。そして現在も優れた弦楽器製作者がここに集い、21世紀のストラディヴァリを目指して日々製作に勤しんでいる。

モンドムジカ会場内の様子。

このクレモナで9月28日~30日の3日間、『モンドムジカ&クレモナ・ピアノフォルテ(Modomusica & Cremona Pianoforte)』と題した弦楽器とピアノの国際見本市が開かれた。12回目を迎える今年は25か国268の出展団体(弦232社、ピアノ36社)、約60のカンファレンスやコンサート等の関連イベント、約80のイタリア内外の音楽院・音楽学校・大学・音楽祭などが参加し、大規模なイベントとなった。
今回は様々な分野での「融合」を一つのキーワードとしてリポートしたい。


理論と実践の融合へ(1)~大学と音楽院の歩み寄りが争点に

大学音楽学部や音楽院教授など、イタリア側のスピーカーたち。

今回は約60の関連イベントが行われたが、中でもハイライトは音楽指導に関する国際カンファレンスで、今年のテーマは「大学の音楽学と音楽院"University 'musicology' and Conservatoires: what lies in store?"」である。近年切り離されてしまった音楽の理論と実践の場を、再び結びつけようという動きを模索するテーマである。7名の音楽学者、音楽院教授、大学教授(音楽学)が集い、それぞれの立場からスピーチを行った。また最後には、唯一の海外ゲストとして招待された福田成康ピティナ専務理事が、「音楽学者の研究成果とピアノ指導者の現場を繋げるために、ピティナが実践している試み」について約10分間のプレゼンテーションを行った。

元ヴェルディ音楽院学長マルチェロ・アバド氏も挨拶。


大学と音楽院のカリキュラム比較表(エルネスト・プリリャーノ氏作成)

初めに、なぜイタリアでは音楽院と大学が切り離されてしまったのか。一説にはドイツの職業訓練校と大学の棲み分けが由来ともされている。音楽院は演奏実技を学ぶ場、大学は理論を学ぶ場として個別に組織化され、長年両者が歩み寄ることはなかった。1990年代後半のボローニャ協定により、ヨーロッパでも英米のように学部課程3年・修士課程2年で区切り、これにしたがって音楽院も同じ課程年数が採用されるようになったそうだ。さらに2007年のトリノ協定により、音楽院での理論や教養科目を増やす機運が高まる。長時間かけて少しずつ大学と音楽院の間にある距離が縮まっているようだ。そして最近になって、大学と音楽院での単位互換が進みつつある。その一例が3年前に始まったミラノのヴェルディ音楽院とミラノ大学の単位互換制度である。今回こうした公の場で双方の立場から意見が交わされたことは、将来への大きな布石になったようだ。スピーカーの一人で、ピアニスト・音楽学者・音楽院伴奏科教授のエルネスト・プリリャーノ氏(Prof.Ernesto Puligngano)は、大学と音楽院カリキュラムの比較考察を発表し、双方に似たような科目があることを指摘した。単位互換など将来の可能性については「もちろんまだお互いに抵抗もありますが、いくつかの大学から好意的な反応がありました」と語る。


理論と実践の融合へ(2)~ピティナが研究者と指導者の接点に
ピティナ専務理事のプレゼンテーションに注目が集まった。
ピティナ専務理事のプレゼンテーションに注目が集まった。

カンファレンスの最後に登場した福田成康ピティナ専務理事は、伝統的なピアノ指導法(指導法の"伝承")から新しい指導法への変化について、最近のプロジェクト例を挙げながら発表した。ポイントとなるのは「音楽学者の研究成果をいかに現場の指導者に伝えるか」。音楽学者の存在意義や研究成果の重要性を理解しながらも、現場の指導に生かしきれていなかった過去の現状を踏まえ、ピティナが両者の「仲介者」となり、指導者が学べる機会を作ることで教育の質向上を目指していると説明。その具体例として『ピアノ曲事典』と『読み物・連載記事』を紹介した。

理論と実践の間に、こうした仲介者的な役割が必要であることが問題提起されるとともに、一つの実践例として新鮮に受けとめられたようだ。この発表後、国際音楽学者連盟会長ディンコ・ファブリス氏(Dr.Dinko Fabris)は、「福田氏の発表は実にタイムリーで参考になった」と高く評価した。また約100名の聴衆からも拍手が起こった。

今回カンファレンスでアシスタントを務め、ピティナピアノ曲事典facebook版に日々寄稿している上田泰史さん(パリ第4大学修士課程Master 2、東京芸術大学博士後期課程在籍)は、このように語る。
「フランスでは大学と音楽院での単位交換はかなり進んでいて、社会における音楽学と演奏の分野の連帯がうまくできていると思います。また音楽家や学者等がラジオ放送で語り、議論することによって一般の人々をも音楽活動の渦に巻き込んでいます。その点ではイタリアの現状は、フランスよりも日本に似ているのかもしれません。日本の音楽大学の実技系学科では、音楽院のように実技の修得に非常に大きな比重が置かれる傾向にありますが、その一方で、大学で学ぶ音楽家にとっての教養や学位とは何かという点を見つめ直して行く必要があると思います。今回、カンファレンスに参加して入学試験や初等教育のあり方など、数々の問題を認識するに至りました。(ピアノ曲事典について)単なる楽曲や作曲家に関する知識だけでなく、「音楽と社会」、「音楽と教育」等のような、現代社会を見つめる上でも不可欠な視点を提供できる場にしていきたいと考えています」。

なおイタリアでは今年6月に国際音楽学者連盟の国際会議が開かれ(5年に一度)、次回は2017年東京で開催予定である。それまでにどれだけ状況が変化しているのか、注目したい。


新旧の融合~伝統の地から生まれる新しい感性

新作のヴァイオリンがずらり!


日本からも数社が出展。和風の店構えは「シャコンヌ」社。


ジュゼッペ・アンダローロさん(右)

クレモナといえば、ストラディヴァリなど歴史に残る弦楽器製作者が活躍した街であるが、今でも130以上の製作者がここにアトリエを構えているそうだ。そのうち約60のアトリエが「クレモナ"ストラディヴァリ"弦楽器製作者協会(Consorzio Liutai "Antonio Stradivari" CREMONA)」に公に認定登録されている。若い製作者も増え、30~40代が7名ほどいるそうだ。日本人も3名いる(松下敏幸、高橋修一、石井高の各氏)。脈々と受け継がれる伝統の中にも、新しい感性が吹き込まれていくのだろう。

今回日本からも数社が出展していた。この和風の店構えは名古屋を本拠とする「シャコンヌ」社。

さて、ここでもう一つ関連イベントを紹介したい。「国際コンクールの未来」と題した対談会には、国際コンクール優勝・入賞経験が豊かなピアニストのジュゼッペ・アンダローロさんやアルベルト・ノゼさんが登場し、自身のコンクール経験談とピアノ演奏を聞かせてくれた。アンダローロさんは2001年仙台国際ピアノコンクール、2005年ブゾーニ国際コンクール、2011年香港国際ピアノコンクールと、3度も大コンクールで優勝しているが、コンクールには長所短所があり、それを認識した上で向き合うべきと語ったそうである。ピアノ生演奏はフレスコヴァルディ、ガーシュウィン、カプースチンと時代を大きく飛び越えたプログラム。実は間もなく後期ルネッサンス期のイタリア作品(フレスコヴァルディ、パレストリーナ、ガブリエッリ等)ピアノ版のCDが発売されるそうだ(ソニーより2012年冬発売予定)。もちろん一般的なレパートリーも弾くが、こういった独自の取り組みも興味深い。古いものも新しく生まれ変えさせる、彼の感性もまた軽やかに時代を超越することができるだろう。


ピアノとヴァイオリンの融合~ヴァイオリンの聖地でピアノ展示も開始

ピアノ展示会場の様子。各自が思い思いにピアノを弾いていた。

さて何度も繰り返して恐縮だが、クレモナといえばヴァイオリン製作のメッカであるが、この国際見本市では2011年からピアノの展示も始めた。ピアノ部門が加わるのは今回で二度目となる。それと並行してピアノとヴァイオリンの室内楽コンサートも開かれていた。会場一帯に36社のピアノが展示され(日本からはヤマハが出展)、来場者が思い思いにピアノを弾いていた。自分で作曲もするというクレモナ在住の16歳、現在ジェノヴァ音楽院に通うというファツィオリ大好きな17歳、5年間音楽学校に通い、現在は大学で数学を専攻している19歳の男の子など・・。皆それぞれピアノとの関わり方は違うが、ピアノ大好きという情熱が伝わってくる。

果たして、クレモナはヴァイオリン&ピアノのメッカとなるか。実は同地では2年前から「クレモナ音楽祭&コンクール」が開催され、ピアノとヴァイオリンのマスタークラスやコンサートが開かれている。すでにアジアや米国から参加しているそうだ。次回は2013年7月22日~8月6日まで開催予定。
詳しくはこちらへ。


最後に

クレモナ中心部にある小さな広場と教会。静かな佇まいは昔から変わらない。

イタリアの街には必ず人々が集まる広場(piazza)と教会がある。こうして国際見本市を見ていると、まさにイタリアらしい"広場"の精神を感じる。多くのものが集まり、融合する中から新しいムーブメントが生まれるが、今回は音楽における"広場"を取り戻そうという気概を感じた。

来年はその場がニューヨークに移る。2013年3月15~17日にNY Metropolitan Pavilionにて「モンドムジカ」が開催される。クレモナの弦楽器製作者はじめ、システィナ礼拝堂合唱団、ヴェルディ・クァルテット、スカラ座管弦楽団コンサートマスター、ストラディヴァリ博物館所蔵の型や道具、ヴェルディ音楽院所蔵の楽器コレクション、プッチーニとシュナーベルの往復書簡など、イタリアから多くの知財がニューヨークへ赴くそうである。さらに音楽関係者の間でどんなテーマの会話が巻き起こるのか、それにも注目したい。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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