エッパン国際ピアノアカデミー ~ミケランジェリの愛した地で、3日間の音楽体験を
~ミケランジェリの愛した地で、3日間の音楽体験を
広大な風景が広がるエッパン(イタリア語ではアッピアーノ)
ミケランジェリが住んでいた古城パシュバッハ(Schloss Paschbach)の玄関で、地元のお客様を迎えて会長がスピーチ。
受講生たち。左からFederico Colli, Taek Gi Lee, Ilya Kondratiev, Irene Veneziano, Ben Schoeman, Jingge Yan、右端はProf.Pavel Gililov。
レセプションでは6名の受講生が5分ずつ小品を披露した。写真はスカルラッティを弾くフェデリコ・コッリさん。両端は古城のオーナーご夫妻。
レセプション後、古城地下のワインセラーでワインとアペリティフが振るまわれた。
翌日からマスタークラス開始!講師はパヴェル・ギリロフ先生(会場はLanserhaus)。
「楽曲のキャラクターを捉えて下さいね」とギリロフ先生。
最終日にコンサートが行われた。こちらは開演前。(Kulturhaus Eppan)。photo:Irene Veneziano
フェデリコ・コッリさんが見事に「ミケランジェリ杯」を獲得した。プログラムはベートーヴェンの熱情ソナタとリゲティ「悪魔の階段」。
左より、福田成康専務理事、講師パヴェル・ギリロフ先生、アカデミー主宰アンドレア・ボナッタ先生
街中の可愛らしい教会。photo:Irene Veneziano
一見爽やかで軽やかな味なのに、複層的で奥行きのある味わい。そんな一度飲んだら忘れられない豊穣なワインを生み出しているのが、イタリア北部のエッパンという地である。ベネデッティ・ミケランジェリはこの地をこよなく愛し、古城"Castel Paschbach"に2年間ほど住んでいた。そしてここに優秀な生徒を招き、マスタークラスを行っていたそうだ。
ここで第4回目エッパン国際ピアノアカデミーが9月26日~28日に行われた。主宰のアンドレア・ボナッタ先生もこの土地に魅せられた一人であり、このアカデミーもミケランジェリにインスピレーションを受けて始めたそうだ。これまで日本人も何名か参加しており、後藤正孝さん(2011年)、福間洸太朗さん(2010年)、また小林海都さんがジュニア部門にも参加している。(※2011年)。
今回エッパンに集まったアカデミー参加者6名は、約50名の応募者の中から選ばれた才能ある若手ピアニストである。なんとこの1週間前にリーズ国際コンクールで優勝したばかりのフェデリコ・コッリさん(イタリア・24歳)も含まれていた。また、1名はジュニア・エッパン国際ピアノアカデミーからの推薦枠で、今回は16歳のテクギー・リさん(韓国)が参加した。リさん以外は24歳以上、最年長は30歳と比較的成熟した年齢層であるが、ジュニア世代の才能にとって上の世代との交流が大変勉強になる、というのがボナッタ先生の考えである(※小林海都さんも同推薦枠で2011年度シニア部門参加)。
さてアカデミー前日は、ミケランジェリが住んでいた古城に地元の方々を招いてレセプションが行われた。彼が愛用したピアノ(フランス製)で一人5分ほど演奏を披露したが、さすがミケランジェリのピアノからは得も言われぬ温もりと歴史を感じさせる音色が響いてくる。これを自分の音にするのは相当時間がかかりそうだが、そんな一筋縄でいかない奥ゆかしいピアノがこの客間に合っている。
ミニコンサート後は、古城のオーナーご自慢のワインセラーで立食パーティが行われた。そこでワインとアペリティフが振る舞われたが、さすがオーナーはコレクターだけあってヴィンテージワインも相当数あり、愛好家にはたまらない空間である。和気藹々とした雰囲気の中で、ピアニストたちは講師や地元の方々との会話を楽しんでいた。
そして翌日からいよいよ、講師パヴェル・ギリロフ先生を迎えてのマスタークラスが始まった。ギリロフ先生はザルツブルグ音楽大学とケルン音楽大学で指導する傍ら、ボンでベートーヴェン国際コンクールを運営し、さらに今年度リーズ国際コンクールを始めとする多くのコンクールで審査を務めている。そのゆったりとした呼吸と穏やかな口調は、生徒を自然にリラックスさせてくれる。マスタークラスでは楽譜に書かれてある基本事項を守りながら、楽曲のキャラクターを的確につかむこと、テンポは適切か、どの楽器に相当する音色なのか・・・あくまで生徒の意思を尊重しながら、対話を通じて音楽を創り上げていった。今回は時間の都合で2人しか見ることができなかったが、毎回一流講師を招いていることはお分かり頂けるだろう。
さらにコンサートが2夜にわたって行われ、毎晩3名のピアニストが熱演を披露した。ここで特に興味深いのは、コンサートでありながらコンクールでもあり、聴衆が"審査"することだ。聴衆は各ピアニストを1~5点で評価し、最多得点者が「ベネディット・ミケランジェリ杯(The Arturo Benedetti Michelangeli Prize)」を獲得するのである。つまり聴衆がコンクールの最優秀賞を決めるわけだ。その結果、今年はフェデリコ・コッリさんが見事に「ミケランジェリ杯」に輝き、賞金5000ユーロ(約50万円)をエッパン村から授与された。
実はコッリさんはブレーシア出身で、彼の家はミケランジェリの家と道路1本を隔てた向かい側にあるそうだ。この偶然は、必然なのだろうか。ともかくイタリアから世界に大きく羽ばたいていく優れた才能であることは間違いない。
エッパン国際ピアノアカデミーは期間こそ短いが、3日間とは思えないほどの実りをもたらしてくれるようだ。1時間のマスタークラス+コンサート1回以外は、ゆったりと同志と語りあったり、他の参加者のマスタークラスを見学したり、近所を散歩したり、地元の方と会話したり、美味しい食べ物やワインを頂いたり・・と比較的自由な時間がもてる。この土地にきて初めて、このテンポで生活することが、いかに心にゆとりをもたらすかを実感するのかもしれない。地元の方もオープンで、いつでも「ようこそ、いらっしゃい」と声をかけてくれるような温かみがある。
とはいえエッパンは単なるイタリアの陽気な田舎街ではないようだ。軽やかに見えるその奥には、人の酸いも甘みも噛み分ける人間の奥深さがある。というのもこの一帯にはオーストリアとの間に領土を巡る複雑な歴史があり、それが少なからず言語や風習に反映されている(ドイツ語を母語とする人口が多い)。たしかに人も建物も、ドイツらしい整然さとイタリア人らしい陽気さが不思議にミックスしている。だからエッパン特産ワインも、軽やかな味でありながら、何層にも折り重なる複雑なテクスチュアを感じるのだ。
時として、人生の一瞬が一生の財産になることもある。特にジュニア世代にとっては「こんな世界があるのか」という発見が、その後の人生観を豊かに広げることもあるだろう。招待制ではあるが日本からも応募できるので、ぜひ挑戦して頂ければと思う。
※2013年エッパン国際ジュニアピアノアカデミー (Junior Academy Eppan)
日時 | 2013年3月22~24日 |
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場所 | エッパン(イタリア・南チロル地方) |
応募書類 | 生年月日・国籍・連絡先・写真・CV・曲目案(25~30分)・ビデオ映像(あるいはyoutube)等 |
提出期日 | 2012年12月15日 |
Email address | junior@pianoacademy-eppan.com |
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/