リーズ国際コンクール(21)R・マクドナルド先生:対話で磨かれた入賞者2名の才能
2012/09/19
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今回第2位のルイ・シュヴィーツゲベルさん、第5位のアンドリュー・タイソンさんを指導したロバート・マクドナルド先生(ジュリアード音楽院教授、カーティス音楽院教授)。偶然お二人とも2年前のショパン国際コンクールで聴かせて頂いたが、その時から一段と成長された印象をもった。全く異なる2人の個性を受けとめ、どのようにここまで導いたのだろうか。今回審査員としても名を連ねているが、ここでは一指導者としてお話を伺った。名ヴァイオリニストであったアイザック・スターンの伴奏も長年務めたマクドナルド先生は、相手の眼を見ながら、ゆっくり一言一言噛みしめながら誠実にお話される方だった。
―ルイさんとアンドリューさん、お二人の演奏が2年前に聴かせて頂いた時からとても成長されたように感じました。ルイさんはディテールへの視点と全体を見渡した広い視点から生み出される表情豊かな音楽、アンドリューさんは自己の内面に向き合い、それが音楽の内奥への眼差しに繋がっていたと思います。お二人はいつからどのように教えていらっしゃいますか?(写真:after gala. 左よりアンドリューさん、マクドナルド先生、ルイさん)
アンドリューは2年半前から教え始めました(ジュリアード音楽院の修士課程)。非常に強いパーソナリティと類まれなイマジネーション、クリエイティビティを持っていました。そして人と違うことをして我々に挑んでくるという傾向がありました。そのオリジナリティはなるべく変えず、しっかりとしたコンテクストの中でそれが発揮できるように導くことを心がけました。彼によく問いかけたことは「君が理解してもらいたいのは1人か2人だけなのか、それとも300人なのか?一定数以上の方に理解してもらうためには、ある種の原則に従わないといけないんだよ」ということです。
彼と初めて会ったのは5年ほど前で、ニューメキシコ州で行われている室内楽の音楽祭でした。彼は室内楽奏者としても大変優れているのですが、本人いわく「室内楽では自分の音楽の出し方が変わる」のだそうです。たしかに他人との共演は、良い意味で彼を"ある範囲内に繋ぎとめておく"ことができるようです。こうした彼の音楽との関わり方は、自分にとっても大いに刺激になっています。というのも、自分自身の信念や価値観に対して、常に疑問を突きつけられるからです。
―確かに2年前はどちらかというとユニークな個性が際立っていましたが、今回は特にソロリサイタルのベートーヴェンのソナタ「告別」やショパンの前奏曲Op.28等、正面から誠実に音楽に向き合っている印象を受けました。
もし楽譜や作曲家に対して真に敬意と信念をもって対しているのであれば、それは多くの人に通じる。全ての物事には原理原則があり、「自由」とは、その原則を正しく尊重して初めて成り立つものだ、といつも伝えています。
他の指導者や音楽家の方も同じだと思いますが、自分が持っている音楽に対する信念や価値観しか、他人の前に広げて見せることはできません。ですからレッスンでは、彼の演奏や発言に対してこちらもなるべく率直に反応し、本人の知性・感情・創造力を全て統合できると思われる方向に導くようにしています。インテグリティ(統合性、一貫性)が大切だと思っています。
―知性・感情・創造力の統合・・素晴らしいご指導ですね。ルイさんのモーツァルトやハイドンのソナタ等も、自然でユーモアがあって見事な演奏でした。
彼の最高の演奏というのはディテールと簡潔さが統合されており、心から語ることができます。彼の音楽観はより多くの人に自然に易しく語りかけることができるのです。二人の個性は全く違いますね。朝の11時にアンドリュー、12時からルイのレッスンが入っている日などは、もう昼と夜くらいに違いますからこちらも大変です(笑)。けれど、どんなに個性が違っても、一貫性と誠実さがあれば、聴く人にはそれが感じられると思うのです。そしてアイディアの背景には原理原則があることも忘れてはなりません。
―ルイさんもこの2年でとても成長されましたね。1-2年という短期間で、どのようにそれぞれの個性を伸ばされたのか興味があります。
ルイは1年半前から教えています。彼は現在エマニュエル・アックス氏にも師事しています。もちろん他の先生方や音楽家と同じように、私も生徒に伝えたいことは沢山伝えていますが、なぜ変わったのかは私にも説明できません。これは一種の神秘的なプロセスなのですね。
私の元へ来た時は、二人ともすでに強いパーソナリティを持っていました。アンドリューは非常に類まれな耳を持っており、ルイもそれに近いクオリティの耳と(性質は違うのですが)、本当のシンプルさというものを理解していました。それも稀で貴重な資質です。
二人とも個性が異なりますし、こちらが学んでいるくらいです。強いて言えば、私が心がけていることは、相手のパーソナリティをじっくりと見極めた上での誠実な対話です。一方的なモノローグではなく、あくまでダイアローグです。
―それはご自分が学生時代に受けたレッスンでの経験を踏まえているのでしょうか?
それよりも指導の現場で学びました。1984年からノースカロライナ州で教え始めましたが、当時クラスには様々なレベルの生徒がいました。実際に教えていくうちに、自分がいかに知らなかったかに気づき、これは自分が終えない限り終わりのない旅だ、と痛感しました。そして同僚から多くを学びました。あとは自分のパーソナリティと、「指導」というものに対する自分の姿勢だと思います。常にオープンマインドを心がけ、良い意味で自分を疑うことで、自分が求めるものを探し出すことができると思います。あとは、人事を尽くして天命を待つことですね。
―貴重なお話をありがとうございました。対話が何より大事ですね。先生との対話を通して、お二人が音楽や表現者としての自分をじっくり掘り下げてみることができたのではないかと思います。これからもまた素晴らしい生徒さんを多く育てて下さい。
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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