リーズ国際コンクール(20)優勝フェデリコ・コッリさん「眼の前で"音楽の絵"を描く」
2012/09/18
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既にお伝えしたとおり、第22回リーズ国際コンクールはイタリア出身ピアニスト、フェデリコ・コッリさん(24)が見事に優勝しました。ここに優勝インタビューをお届けします。
―この度は優勝おめでとうございました!まずは3週間のコンクールを終えての感想をお願いします。
リーズ国際コンクールは3週間という、世界で最も期間の長いコンクールの一つです。特にセミファイナルは70分近くのソロリサイタルで、これは他にはないと思います。心身ともに大変なストレスがかかります。出発前日8月26日に家族と一緒に荷物をパッキングしながら「どこまで進めるか分からないけど・・」と言っていたのがつい3週間前なのですが、今ではそれが一つ前の人生に思えます。もちろん自分自身が変わったわけではないのですが、実感するのに向こう1週間では足りないくらいです。コンチェルトを終えて、ファニー・ウォーターマン先生が結果を発表された時、全く足が動かなくなるほど驚きました。
この優勝は自分一人の成果ではありません。私が長く師事しているペトルシャンスキー先生は、ラドゥ・ルプーが優勝した1969年に第4位に入賞しており、ここは彼の第二の故郷でもあります。また家族や叔父叔母に至るまで、皆の協力があってここまでやってこれました。昨晩ファイナルでベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番を弾きましたが、家族や先生方の見えざる力が結集して、私の人生にこの一瞬をもたらしてくれたのだと思います。私の家族は音楽家ではありませんが、コンクールに向けての厳しい日々を理解し、温かく支えてくれました。
―ご家族のサポートはかけがえのないものですね。英国の第二の家族(右写真:決勝時ホストファミリーのマーガレットさん)も支えて下さっていますね。そういえば1年半前のモーツァルト国際コンクールの時、ペトルシャンスキー先生にコンクール参加の意思を伝えたところ、「このコンクールは難しいよ」と言われ、あなたは「僕を信じて下さい、マエストロ」と返事したと仰っていましたね。今回リーズを受けると決めた時の先生やご家族の反応はいかがでしたか?
今回初めて意思を周囲に伝えたのは、今年の1月ウィーン楽友協会のコンサートシリーズにデビューした日でした。ちょうど父が聴きにきていたのですが、「リーズを受けようと思うんだけど・・・」とさり気なく相談したところ、父に「Why not?」と即答されました。そこで一晩中考えてからマエストロに相談したところ、「山の頂上に到達するために、一緒に頑張ろう」と勇気づけてくれました。
でもリーズコンクールなんて自分にはレベルが高すぎる、あまりに大きすぎる存在だ、と当初思っていました。6月中旬の酷暑が続いていたある日、僕はきっと疲れていたんですね。ベートーヴェンの熱情ソナタをなんとなく弾いていたら、マエストロに「フェデリコ、我々の目標はリーズだぞ!リラックスしすぎるな」と言われ、それから開き直ったように集中して練習しました。
コンクール期間中の3週間、マエストロは何度も僕にテキストメッセージを送ってくれました。第一次予選でブラームス『パガニーニの主題による変奏曲』を弾く時は、「ステージの上で、君の後方から全能の神ゼウスが風を送っているぞ」と(笑)。そしてベートーヴェンの協奏曲「皇帝」を弾いている時も、100%・・いや200%、自分は皇帝だと信じ込んでステージに上がりました。
実は今回ブラームス、シューベルト(即興曲op.142-2)、ベートーヴェンの協奏曲の仕上がりを一番心配していました。でも結果発表後、審査員の一人がこの3曲にスクリャービン(ソナタ第10番)を加えた4曲が一番良かったと言ってくれました。嬉しかったですね。
―第一次予選でブラームスを聴いた時、確信をもってこの曲に向き合っているように感じ、音楽の創り方と完成度の高さも印象的でした。予選が進む度にさらに印象が深まっていきましたが、どのように選曲したのかを教えて頂けますか。
―ムソルグスキーは素晴らしく想像力豊かな演奏でしたね。音やテクスチュアが多彩で、様々な楽想を見事に描き分けていました。どのように曲の解釈を深めましたか?
これは最もロシア的な作品なので、ロシア人しか完全に理解し演奏できないと思っていました。私は幸運にもロシア人のコンスタンティン・ボギノ先生に師事しており、彼はさらにエミール・ギリレスに指導を受けていました。ですから私の解釈はロシアの伝統を受け継いでいると思います。実は16歳まで2人のロシア人の先生に師事していたので、自分はイタリアとロシアの2つの魂を持っていると思います。
ムソルグスキーの音楽で一番重要なのは「ストーリーを語ること」。ある男性が美術館にやってきて、次から次へと絵画を鑑賞する。とはいえそれだけでは簡単すぎます。この作品には人生の全てが詰まっていると思うのです。たとえば人生には必ず死がありますが、『カタコンブ』『死者の言葉をもって死者とともに』などはそれを想像させます。恐ろしい状況などは『鶏の足の上に建つ小屋(バーバ・ヤーガの小屋)』、幸福感は『プロムナード』、ジョークや子供のような無邪気さは『テュイルリーの庭 - 遊びの後の子供たちのけんか』等。そして『キエフの大門』で終わりますが、様々な感情の変遷を経て、最終的に平和で穏やかな地に到達するのです。最後は一人一人が軽やかで明るい未来をもつ。これが本当の意味での「絵」だと思います。ストーリーが始まり、次第に深みに入っていき、人生の全ての感情や状況を味わいつくし、最後は天国に至ります。
―情景描写以上の大胆かつ細密な感情表現がありました。人生を描いていたのですね。では音楽の掘り下げ方についてお伺いします。よく弾けるという方は多くいらっしゃると思いますが、そこから一歩先に進むためにどうしたらよいか、アドバイスがあればお願いできますか?
我々はピアノを弾くだけが仕事ではないと思います。もう一つの仕事は、歩くこと。森や浜辺を歩いたり、湖のほとりを散歩しながら、音楽を考えることです。音楽は、指と心と頭にあります。音楽を心から生み出すためには、頭で考えなくてはなりません。たとえばピアノを2時間練習してから散歩に出ます。そこで考えるのです。たとえばショパンのソナタ第2番のあそこのハーモニー、なぜ彼はそう書いたのか、なぜ違う音や違うハーモニーではなかったのか。そして自分の眼の前で"音楽の絵"を描いてみるのです。
例えばベートーヴェンの熱情ソナタの冒頭、ゲーテに登場するファウストのような長髭の厳めしい紳士が出てきて、「気をつけろ。それには触れるな・・」と厳かに言う姿。第2楽章はコラールで、ロシア正教の教会で祈りを捧げている姿を想像します。もちろん実際に自分がそのような状況にあるわけではありませんが、これも音楽です。スクリャービンもモーツァルトでも同じ。運指や打鍵等だけでなく、考えることも音楽の一つだと思います。
―あなたの頭の中には「なぜ?」が沢山あるのですね。
私は小さい頃から好奇心旺盛なんです。音楽だけでなく、全てにおいてです。
―好奇心は全ての源ですね。これからもぜひご自分の音楽の道を極めて下さい。ますますのご活躍を心からお祈りしています!
家族や友人と語らったり、本を読んだりオペラを観たり、散歩したり、物理学や数学も好きという好奇心旺盛なコッリさん。しかし、ここぞという時の集中力は半端ではない。2011年度モーツァルト国際コンクール優勝時は「寝ても覚めてもモーツァルト」という生活を約半年間送り、今回も数か月間練習室にこもり、これまでにないほど集中して音楽に取り組んだという。たしかにステージ上での一音一音の研ぎ澄まされ方、音楽の膨らませ方は並大抵ではなく、それは一次予選からストレートに伝わってきた。今回のホストファミリーであるマーガレット・マーラさん宅(上写真)は素敵なアンティークの調度品で彩られ、スタインウェイピアノがサロンの中央に心地よく収められている。最後数日間は英国の第二の家族にも支えられながら、コッリさんは山の頂上まで登りきった。ついでにその勢いで、コンクール準備期間中にずっと読んでいたトーマス・マン『魔の山』も、優勝が決まったその夜に読了したそうだ。天晴れ!
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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