リーズ国際コンクール(16)ファイナル初日&ウォーターマン女史著書
2012/09/16
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8月29日から始まったリーズ国際ピアノコンクールは、いよいよファイナル初日を迎えた。会場はリーズ市内中心部にあるタウンホール。リーズ市内外から足を運ぶ熱心な聴衆でほぼ満席となった。ファイナルはBBCのテレビ収録・ラジオ放映も行われるため、会場も一際賑やかに!TV司会者がステージに現れ、開演を告げた。こんな時でも、ちょっとした笑いをとることを忘れない。
リーズ国際コンクールは1963年に第1回目が開催され、以来アンドラーシュ・シフ、マレイ・ペライア、ラドゥ・ルプーなど多くの高名なピアニストを輩出してきた。多くのアーティストの才能を発掘し、その成長過程を見てきた創立者ファニー・ウォーターマン女史は、これまでの豊かな指導・演奏・審査経験をもとに、"Fanny Waterman On Piano Teaching and Performing"という本を2005年に上梓している。音楽の基本要素をまとめたものだが、身近な例を引き合いに出しながら、簡潔かつ明快に書かれている。
例えばフレーズに関する項目では、シェークスピアの戯曲「ハムレット」の名言"To be, or not to be: that is the question"を例に、テンポ・長さ・強勢の位置によって意味合いが変わることと、音楽のフレージングを関連づけて説明。また自然の音を聴くことの大切さにも触れ、例えば8分の6拍子は潮の満ち引きのような軽快なスウィングを感じる拍子であり、ドビュッシーの「喜びの島」や「海」はそこからインスピレーションを得ている、としている。全体的に理論書という堅い印象はなく、自然の営みや人間の喜怒哀楽と音楽が結びついていることを、直感的に伝えてくれる本である。
そのウォーターマン女史が音楽家に求め、このコンクールに反映されているものは何だろうか。その一つは、Nobility(品位、品格)であると思う。それは人格というだけでなく、作曲家、楽譜、楽器、指導者、聴衆、導き支えてくれる人々などに敬意を払いながら音楽に向かう、といった姿勢や心構えとも言えるだろう。今回のコンクールでも様々な才能が出現したが、今回の結果に関わらず、それを持つ音楽家は今後またさらに伸びていくと思った。
さてファイナル初日は、3名がサー・マルク・エルダー指揮ハレ管弦楽団と共演した。
ルイ・シュヴィーツゲベル(Louis Schwizgebel)はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番という選曲が彼にぴったり。ソロでも魅せた多彩な打鍵で、柔らかい音、煌めくような音、決然とした厳格な音まで、その曲想に合わせた音と間を使い分ける。その語り口は一次予選のモーツァルトのソナタを彷彿とさせるように軽妙でユーモアに富み、オーケストラとのアンサンブルも絶妙なタイミングでこなす。第1楽章のカデンツァも表情豊か。最後までバランスの良い魅力的なステージを見せてくれた。
ジアイェン・サン(Jiaya Sun)はプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番。22歳の彼は笑顔を湛え、落ち着き払ってピアノの前に座るや、渾身の力でこの曲に真っ向から挑む。持てるテクニックの全てを駆使し、この難曲を精一杯の力で弾ききった。ソロではドビュッシーやラフマニノフの前奏曲やシャブリエ、リゲティなど小品の組み合わせが多かったが、最後は力を振り絞った大曲でテクニックとレパートリーの幅の広さを見せてくれた。
ジェイソン・ギルハム(Jayson Gillham)はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番。このステージに立てて幸せという感情を素直に表しながら、この大曲に挑んだ。一次予選から変わらぬ、大らかで明るく開放的な音質と丁寧なフレージングで、最後のステージも自分らしい演奏で締め括った。
さていよいよ本日が最終日!今夜は18:30(日本時間の16日午前2:30)より3名が登場する。3名とも第一次予選から三次予選まで、印象深い見事な演奏を聴かせてくれた。個性的な解釈であったり、大胆かつユニークな表現であったり、静けさの中に激情を秘めた表現だったり、その表出は三人三様であるが、いずれ劣らぬ個性と実力の持ち主である。BBCラジオ3のライブ放送はこちらへ!最終結果発表は23時以降予定。
(写真:スタインウェイの名調律師ウルリッヒ・ゲルハルツ氏(Mr.Ulrich Gerhertz)。予選の合間にも、内田光子さんのロンドン公演の調律をしたりと多忙を極めていた。ファイナルは2日間ともゲルハルツ氏が調律を務める)
※右写真はリーズから電車で30分のヨークという街にある大聖堂(York Minster)。A.D.70年前後、ローマ人がこの地に要塞都市を建設した。中心部に建つ壮麗なゴシック建築様式のヨーク大聖堂は14世紀半ばに建設され、現在世界遺産に指定されている。毎週木曜日17時過ぎより礼拝が行われ、パイプオルガンと少年聖歌隊の合唱が透き通るように美しい。
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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