リーズ国際コンクール(12)第三次予選3日目・雑感&聴衆の声
2012/09/12
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第三次予選が9月9日から11日まで3日間に渡って行われた。すでに結果は出ているが、ここで3日目の演奏を、"Artistry"の観点から振り返ってみたい。
フェデリコ・コッリ(Federico Colli)はモーツァルト「パイジェッロの歌劇「哲学者気取り」による変奏曲」はオペラのように各楽節のキャラクターを巧みに描き分ける。ショパンのスケルツォ3番も単なるパッセージの繰り返しに陥らず、音色やテクスチュアを変化させながら、多彩な表情をつけていく。求心力のあるスクリャービンのソナタ10番に続いて、ブリテン、そしてハイライトは最後のムソルグスキー「展覧会の絵」。曲想の捉え方がユニークで、それを大胆かつ緻密に表現していた。
アンドレイ・オソキンズ(Andrejs Osokins)は第一次予選から一貫して、繊細で内省的な表現力を生かしていた。ブリテンに続き、ベートーヴェンのソナタop.111は特に第2楽章では一音一音に、32のソナタを振り返るような内省的で達観した眼差しを感じる。ラヴェルの夜のガスパール「絞首台」は戦慄を覚えるような不気味さ。最後はシューベルト=リスト「シェークスピアのセレナーデ」、リスト「愛の夢」、ワーグナー=リスト「イゾルデの死」。ここぞという時だけディナーミクの幅をつけ、それ以外は感情を必要以上に高ぶらせることなく、静謐と諦念の空気を纏いながら幕を閉じた。
第三次予選でも、どのピアニストも心からの熱演を聴かせてくれた。その中でもファイナルに残ったピアニストは、楽譜の読みこみの深さ、曲想の捉え方の鋭さ、自分の特徴や個性の見極め、選曲の的確さ、表現力の幅広さなど、それらが演奏の中に統合されていた(されつつある)ように思う。6名のうち5名が20代半ば、1名が20代前半という、比較的年齢層が高めなのも偶然ではないのだろう。十分に学びを深めて自立した音楽家を輩出する、という方向性がより明確に打ち出されたように思う。
ちなみに三次予選共通課題曲「ノットゥルノ(Notturno)」を作曲したベンジャミン・ブリテンは、来年生誕100年を迎える。今回最も印象に残った演奏はアンドリュー・タイソン(Andrew Tyson)。印象派を先取りしたイギリス人画家ターナーが描いたような、自然の中の見えざる大気の存在や、夜の冷気、湖に反映した月の静かな揺らめき、等が透けて見えてくるようだった。
●イギリスの聴衆
「イギリス南部のレディング付近から来ています。このコンクールは1978年からテレビで聴き始め、80年代から実際に会場まで足を運んでいます。今回も一次予選から全て聴きました。皆さん素晴らしいテクニックを持っていますので、それどう生かすのか、そこにどんなアイディアがあるのか、それを聴くのが楽しみです。」(ハリントンご夫妻、奥様のオードリーさんは英国王立音大出身でピアノ指導者)
●日本からの聴衆
「豊かな個性の持ち主に出会うことを楽しみに国際コンクールを廻っています。」(園田恵美子さん)
「イギリスの方々の音楽への意識の高さを感じました。特にこの3日間は感動の連続でした!共通課題曲のブリテンの解釈も様々で、とても勉強になりました」(渡辺みどりさん)
様々な国際コンクールを見学されているお二人。今回は第一次予選から三次予選の最終日まで全演奏を聴かれ、熱心にメモを取っていらした。園田さんは今年初開催されたギリシャの国際コンクールにも見学に行かれたそう。渡辺さん共々、「しばらくはリーズコンクールの話題がつきそうにありません」と笑顔で会場を後にされた。
●リーズ大学に務める日本人研究者
「(三次予選の最終日を聴いて)レベルが高くとても楽しませて頂きました。一次予選で聴いた阪田知樹さんの今後も楽しみですね。普段も時々クラシックのコンサートを聴きに行っています。(リーズの街は)緑が多く美しい街で、地元の方も暖かく人情のある人が多いですね。道を歩いていると、必ず挨拶と軽い話をしてくれます」(今井洋さん)。
今井さんは現在リーズ大学の研究室(School of Molecular and Cellular Biology)で、生命が動く仕組みの解明を通して、アルツハイマー病や癌治療に将来役立つ研究をされている。研究室にはヨーロッパやロシア・中国等からの研究者が在籍しており、今井さんは電子顕微鏡を使っている6研究室(約20名)で毎週開かれるセミナーの議長を務めているそうだ。将来の研究成果が楽しみである。
なおリーズ大学では昨年の東日本大震災に際して募金活動が行われ、イギリス人学生や日本人留学生、今井さん等研究者も含め、多くの方々の協力により多額の寄付が集まったそうだ。詳細はこちらへ!
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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