海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リーズ国際コンクール(6)第二次予選1・2日目

2012/09/06
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第二次予選が9月4日より始まった。二次予選課題はシューベルト、ショパン、シューマン、メンデルスゾーン、リスト、ブラームス、ムソルグスキー、ラフマニノフ、スクリャービン、ストラヴィンスキー、バルトーク、ドビュッシー、ラヴェル、グラナドス、アルベニスの作品・作品群を1曲以上含めた50分以上(最長55分)のプログラム。審査は毎日9人ずつ、休憩を含めて10時から22時まで行われるというハードスケジュール!(写真はリーズ大学)

一次予選初日の演奏から7日ほど経ち、通過者発表の2日後に弾くという厳しい日程となり、思う通りの調子で演奏できなかったピアニストもいたように思う。心身のコントロールが難しいが、それでも自分の力をフルに発揮しようと各自頑張っていた。会場からは各ピアニストに惜しみない温かい拍手が贈られた。
さて今回は3つの"I"、In-depth(徹底した解釈)、Imagination(想像力)、Individuality(個性)の観点から、演奏をピックアップして振り返ってみたい。


●In-depth (interpretation)

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アンドリュー・タイソン(Andrew Tyson、米国・25歳)はベルグのソナタ、バッハのパルティータ1番、シューマンの交響的練習曲(遺作変奏付)。ベルグは洗練されたハーモニーの感覚で、複雑に絡むモチーフの展開が透き通るように見えてくる。バッハはチェンバロのような軽やかな音の中にも芯があり、装飾音も美しい。繰り返しは常に内省的な音で奥行きを出すという構成はやや一面的にも思うが、適切なテンポと優雅な表現が印象に残る。シューマンは内省的な主題の提示から、透明感ある音から豊かな厚みある音まで多彩な音を駆使して、各変奏が発展しながら奏された。1曲1曲と正面から向き合いながら、自分の内面とも真摯に対話することによって、余計なものがそぎ落とされ、真実の音が出ている。会場も固唾を飲んで演奏に聴き入っていた。

●Imagination

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クリストファー・マッキガン(Christopher Mckiggan、英国・26歳)はフリードマン「パガニーニの主題による練習曲」、ベートーヴェンのソナタOp.110、ストラヴィンスキー「火の鳥」組曲という演奏効果の高いプログラム。「パガニーニ・・」はダイナミックに、「火の鳥」は輝かしい音色を生かして想像上の世界を描写する。この2曲はある意味表現しやすいと思うが、中に挟んだベートーヴェンにこそ彼の想像力が生かされていた。音の行間を読みながら物語のごとくフレーズを繋げていき、必要な文脈を際立たせ、厚みや深みとは違う次元のすっきりとクールなベートーヴェンに仕上がった。

アレクサンダー・ウルマン(Alexander Ullman、英国・21歳)はベートーヴェンのソナタOp.110とムソルグスキーの「展覧会の絵」。一次予選とは少し印象が変化したが、やはりどの曲にもストーリー性を意識している。ベートーヴェンはテンポの緩急、ディナーミク、間の使い方などに個性が感じられた。ムソルグスキーは様々な表情を付けてくる。情景描写を通じて心理まで描き出すことがある。fやffがもう少し自然に伸びてくると、さらに説得力が増しただろう。


●Individuality

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ショーン・チェン(Sean Chen、米国・24歳)はバルトークの練習曲、ラヴェルの前奏曲、ハイドンの名によるメヌエット、ベートーヴェンのハンマークラヴィア・ソナタ。一次予選同様、ディナーミクやリズム、アーティキュレーションなどを最大限に強調した表現を試みる。ベートーヴェンでそれがピークに達した。sfzやffとppの違い、ppやウナ・コルダの対比等をはっきり出し、その差異がエネルギーを生み出して音楽を推進させている。時にフレーズの繋がりが見えづらくなるほど強調されることがあるが、溢れんばかりの緊張感とエネルギー、静寂と思索の表情を楽譜から感じ取り、それを鍵盤上で表現していた。

エリック・ズーバー(Eric Zuber、米国・27歳)はベートーヴェンのソナタOp.111とショパンのエチュードOp.10という大曲で臨んだ。ベートーヴェンは特に第2楽章で高い集中力を発揮し、静けさの中で瞑想的な表現を試みた。ショパンはよく弾けているのだが、ディナーミクの変化やフレージングにもう少し自然さと繊細な読み込みからの表現があると、さらに活きると思われた。

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ウェイエン・ウォン(WaiYin Wong、中国・19歳)はチマローザのソナタ3曲、シューベルトのソナタD784、グラナドスの演奏会用アレグロ、ラフマニノフ=グリャズノフのイタリアンポルカ、リストのリゴレット・パラフレーズという個性的な組み合わせ。一次予選同様、各曲に対しては誠実に正統なアプローチを心がける。チマローザはバス音を意識して、対するメロディが明るく華やかに。グラナドス、ラフマニノフ=グリャズノフも明るさや弾けるような可憐さを前面に出す。対するシューベルトのソナタは第1楽章でさらに荘厳さや沈鬱な表情があると対比が効果的になるだろう。最後のリストは楽節毎に性格をきちんと弾きわけて、表情の多彩さを余すことなく出した。

フェイフェイ・トン(Fei-Fei Dong、中国・22歳)はスカルラッティのソナタK159、K466、K96、ブラームスのシューマンの主題による変奏曲、リストのドン・ジョバンニの回想。スカルラッティは全体に表現が強めだが、K466などは繊細さをもって弾きこなした。リストは彼女の明るい開放的なキャラクターに合った選曲。指が強くテクニックがあるので難なく弾きこなせるが、内面的な曲が1曲あるとプログラムにもより奥行きが出るかもしれない。

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アリスト・シャム(Ching-Toa Aristo Sham、中国・16歳)はショパンのソナタ第2番とラヴェルの「クープランの墓」。どちらも大作であるが16歳は物怖じせずに挑む。ショパンは荘厳な冒頭から始まり先の展開を期待させるが、非常にフレーズを長く取る部分と、必要以上に起伏をつける部分が交錯して印象が定まらないことがある。もしデフォルメする場合はフレーズ等を正確に捉えた上でと思う。第3楽章では中間部が哀愁漂う美しさ。「クープランの墓」は細かい表情づけで、ラヴェルの世界に近づこうという意気込みが見えた。 
(写真はスタインウェイの調律師ポールさん。このピアノは歴代のコンクール使用ピアノの中でも「Greatest」だそう。毎朝8時からの14時間勤務、お疲れさまです!)

アン・スジュン(Soo Yung Ann、韓国・24歳)はモーツァルトのソナタK576、ドビュッシー前奏曲第1・2巻より4曲、バーバーのソナタ。モーツァルトのソナタはロマン派のようなアプローチながら、丁寧な打鍵と落ち着いたテンポで表現した。ドビュッシーは縦の和声の響きが美しい。そこに浮遊するような横に流れる力が加わると、さらに音が美しく溶け合いながら音楽が前に進んでいくだろう。バーバーのソナタは各音型やフレーズの塊が意味あるものとして有機的に繋がるといいが、本人の感性に合った選曲と思った。

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日本の須藤梨菜さんはハイドンのソナタHob.XVI/23、クライスラー=ラフマニノフの「愛の悲しみ」「愛の喜び」、ショパンの前奏曲op.45、ソナタop.58。優れたテクニックでハイドンや「愛の喜び」など、本人に合った選曲で弾きこなした。ショパン前奏曲では色彩の変化をより繊細に表現していくと美しさがさらに活きるだろうと思う。
(写真:一次予選初日から全て聴いていらっしゃる渡辺みどりさん。エリザベト王妃、チャイコフスキー、ショパン、浜松等、国際コンクールを多く見学されている。「ピアニストの"この1曲"を見つけるのが好きなんです。色々なコンクールを聴いているうちに、ピアニストの皆さんの成長ぶりが見えて嬉しくなりますね。須藤梨菜さんも応援しています」とコメントを寄せて下さった)



菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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