海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リーズ国際コンクール(5)一次予選5日目&一次予選を振り返る

2012/09/04
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リーズ国際コンクール5日目、いよいよ第一次予選も最終日となった。すでに結果は出ているが、印象に残った演奏と一次予選を振り返っての感想まで。(写真は終演後コンクール会場にて)

フェデリコ・コッリ(Federico Colli、イタリア・24歳)はモーツァルトのソナタK283とブラームスのパガニーニの主題による変奏曲第1巻。モーツァルトはフレーズの捉え方や繋げ方が上品であり、ごく自然に音楽が流れていく。ブラームスも気品があり、難解なパッセージでも決して打鍵が粗くならないのは、歌心が根底にあるからだろう。まるで歌を歌うかのごとくフレーズを作っていき、特に第12変奏など煌めくような音色で一つのクライマックスを創り上げる。テクニックが音楽を創り上げるために適切に生かされている。

ロマン・ラビノヴィッチ(Roman Rabinovich、イスラエル・26歳)はよくコントロールの効いた打鍵で、音の素粒子を軽やかに自在に扱う。軽快なスカルラッティのソナタK19、端正なハイドンのソナタHob.XVI/46、リゲティの練習曲第1巻第4番も彼に合った選曲。最後のラヴェルの鏡より「道化師の朝の歌」は、鋭いリズムとふわりと広がる音の色彩感の対比が、この曲の面白みを引き出していた。

ユーニー・ハン(Yoonie Han、韓国・27歳)はハイドンのソナタHob.XVI/52とグラナドスのゴイエスカスより「愛と死」。ハイドンの縦に刻まれる拍感と、グラナドスの横に流れるメロディの対比が効いたプログラム。特にグラナドス冒頭の音色にはこの先行きを暗示する吸い込まれるような響きがあり、中間部にも哀切と空虚さなどの表情が盛り込まれる。


●第一次予選を振り返って

第一次予選はレベルの高い競演となり、どの参加者もそれぞれ優れた資質を見せてくれた。プログラム、パースペクティブ、パーソナリティの3点から印象的だった演奏をピックアップしたが、その他にもよく弾けている演奏は多くあった。

ところでこの水準になると、よく弾けている以上のものが求められる。それは、音楽の表面を美しく整えるのではなく、音楽の中に深く踏み込んでいくことだと思う。

実は今回の出場者のうち、何名かは別の国際コンクールで聞いたことがあった。その時は音楽の捉え方や表現法がユニークというか自己流にも思えたピアニストもいたが(それはそれで面白かった)、今回はそのイメージが全く払拭された。楽譜をしっかり読み込み、そこから作曲者の意図を読み取って真摯に音楽を創り上げ、高い集中力でそれを表現していたのだ。その結果、数年前に比べると、はるかに作品の本質に肉迫している印象をもった。

集中力というのは生来備えている人もいると思うが、後天的に得られることもある。例えばあるものの本質に触れ、それをもっと知りたい、一歩でも近づきたいと思う気持ちが生まれる時。対象に関するあらゆる情報を取り寄せたり、色々な角度から眺めたり、細かい部分まで凝視したり、少し離れて見たり、本を読んだり、音を聴いたり、人に意見を求めたり、自ら発信したりと、一気にのめり込んでいく感覚に似ている。そうやって本質に少しでも近づいていこうとする時に、集中力は最大限に発揮される。そしていつの間にか、以前とは違う視点や感覚を持っている自身に気づくのである。特に精神性の高い音楽は、追い求めれば求めるほど、幾重もの要素が音楽から立ち上ってくる。そこに足を踏み入れていくのか(直感的に踏み込んでいる人もいる)、というのが一つの分岐点になるのだろう。

ここで、会場でお会いした二人の言葉をご紹介したい。
今回ドイツから足を運んだ元リーズ国際コンクール第2位入賞者ウォルフガング・マンツ氏(ニュルンベルグ音大教授)は、「集中力はとても重要です。聴衆にはそれが目で見えるし、音楽からも聞こえます。芸術家は瞬時に内省ができる。これは教育によって高めていくことができます」。また世界の音楽祭や国際コンクールを廻っているメーレン・マクラーレンさん(オーストラリア)は「高い集中力のある生徒は、何もしていなくても、既にそこに音楽があります。内面からの集中力がエネルギーを生み出しているのです」。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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