海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

20代の音楽祭体験(3)様々な考えに一気に触れる―NYピアノフェスティバル

2012/08/26

音楽祭で多くの人や音楽に一気に出会う

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デニス・コジュヒン(2010年度エリザベート王妃国際コンクール優勝)のリサイタルはプログラムでも魅せる。

ニューヨーク・マンハッタンの中心にあるマネス音楽大学で行われている、ニューヨークピアノフェスティバル。今年で14年目を迎える。2週間にわたるフェスティバルは、レッスン、マスタークラス、コンクール、コンサートなど盛りだくさんのプログラムである。マネス音楽大学教授であるジェローム・ローズ先生が立ち上げ、現在ディレクターを務めている。

最近はフェスティバルとコンクールが一体化したようなオール・イン・ワンタイプが増えているように思うが、こうした10代・20代学生を対象にした教育プログラムがある音楽祭も多い。一人の先生についてじっくり音楽を煮詰めていくか、あるいは、様々な考えや演奏に触れるのか、2つのパターンがあるとすれば、このフェスティバルは後者タイプで、多くの考えに一気に触れる機会があったようである。特にこれから自分の基軸を作っていく10代後半や20代前半にとっては、良い機会になりそうだ。今回はフェスティバル最終日2日間を取材した。

レッスンは大体1日に1-2回。その日ごとに指導を受けたい先生のクラスにサインアップして順番を待つ(先着順)。学生によっても違うが、2週間で8-10回近くレッスンを受けたというのが多い例だろう。
今回、日本から参加した水谷桃子さん、野上真梨子さん、中国・天津出身でニューヨーク留学中のツォン・ジ(Cong Ji)さんにお話を伺った。

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ニューヨークの街角にて。左からJiさん、野上真梨子さん、水谷桃子さん。

水谷さんは「同じ曲を違う先生方に見て頂きました。リストのソナタを3-4回見て頂いたのですが、先生によって仰ることが違いました。どう解釈していくか、これから時間をかけて自分が師事している先生とも相談しつつ決めていきたいです」、また野上さんは「2週間で多くのレッスンを受けることができました。ピアニストとして活躍している方にレッスンを受けることができたので、隣から出る音でとても刺激を受けます。同じ曲を違う受講生のレッスンで聞いたりして、また違う視点が得られました」と感想を述べてくれた。同じ曲に対して色々な考え方に触れることで、その曲に対してどのようなアプローチが適切だと考えるのか、自分はどのような考えに共感できるのか、それはなぜか・・といったことを、これから時間をかけて熟成していくことができる。

真剣に臨む日本人の学生たちに触発された受講生もいるようだ。ジさんは「日本人の皆さんから刺激を受けました。彼女たちはよいテクニックを持っているし、よく練習しています。また先生方は別の角度からショックを与えてくれます。手や腕をどう使えばいいのか、どこに重心をかければいいのか等、言葉で説明するだけでなく、身体を使って教えてくれました。楽に音を出す方法等が役に立っています」。


●1日2回のコンサートで耳を鍛える

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韓国出身ピアニスト、ハエ・スン・パイク先生によるマスタークラス。

レッスンやマスタークラスが行われる音楽祭やアカデミーは多いが、ここで特徴的なのはコンサートが毎日2回ずつ開かれること(18時開演と20時半開演)。18時の枠にはソン・ヨルム、ジンザン・リ、エリック・ズーバーなどの国際コンクール優勝者や入賞者を始めとする若手ピアニスト、20時半の枠にはシプリアン・カツァリス、海老彰子、アレクサンダー・コブリン、マーク・アンドレ・アムラン、ハエ・スン・パイク等が出演した。中でもソン・ヨルム(2011年度チャイコフスキー第2位)、アレクサンダー・コブリン(2005年度ヴァン・クライバーン優勝)、ニコライ・デミジェンコ等が好評だったようだ。筆者は最終日にデニス・コジュヒン(2010年度エリザベート王妃優勝)を聴いたが、表現力の向上、レパートリーの充実化が着実に反映された、素晴らしい演奏だった。こうした参加者自身よりも少し上の世代の、しかし既に世界的に活躍している若手アーティストの演奏は、何より刺激になるに違いない。

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ジェローム・ローズ先生と奥様ジュリー・ケダーシャ女史がディレクターを務めている。

また最終日にはドロシー・マッケンジー・ピアノコンクール(Dorothy Mackenzie Competition)が行われた。予選・セミファイナル・ファイナルの3段階で審査され、審査員は講師以外の外部教授が務めた。応募制によって36名が参加し、水谷桃子さんがリストのソナタなどをダイナミックに弾いて見事ファイナリストに選ばれた(他にエレーヌ・ティスマン、オレクサンダー・ポリコフ等)。ファイナリスト4名には各自賞金2000ドルが授与された。さらに今年新設された協奏曲賞には、水谷桃子さんとエレーヌ・ティスマンさんの2名が選ばれ、来年フェアバンクス交響楽団と共演することが決定した。

●多彩に学べるニューヨークのキャンパスライフ

刺激に満ちたニューヨークの街。野上さん・水谷さんはジさんの案内でショッピングに出かけたり、ミュージカル『シカゴ』を観に行ったそうだ。ここでニューヨーク大学大学院に通っているJiさんに、キャンパスライフについてお伺いした。天津音楽院在学中にコロラド大学に編入。現在はニューヨーク大学修士課程で、音楽教育等を専攻している。

「ニューヨーク大学(以下NYU)では色々な勉強ができます。音楽学科修士課程あるいは博士課程Phdの学生は、音楽専攻生以外の学生を教えてティーチングの経験を積むことができます。また私が師事していたロトー・美代子先生のクラスでは、エチュード・ワークショップがありました。自分がそれを受けるだけではなく、先生が他の生徒をどう教えているのかを見ることができたので、それも良い経験になりました。また学長は新曲・世界初演などに力を入れており、私はピアノ史literature III(20~21世紀)を履修していました。選択科目では音楽療法の入門クラスも履修して、一通りの基礎知識を得ることができました。他にはテクノロジーやビジネス等もあり、音楽に関してもマインドが開かれますね。
またNYUは総合大学なので、音楽以外にも化学やビジネスなど、様々な学科も勉強できます。私はあまり時間がなかったので履修できませんでしたが。色々な人と知り合い、音楽以外の友人を得られるのも良いところだと思います」。(参考「アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか」

音楽祭では、様々な演奏家や教授だけでなく、色々なバックグランドをもつ学生と出会う機会でもある。自然に興味の対象を広げるきっかけにもなるだろう。


<お問い合わせ先>
Mannes College the New School for Music
International Keyboard Institute & Festival
150 West 85 St., New York, NY 10024
Tel: 212-580-0210 ext. 4858 Fax: 212-580-1738
www.ikif.org
info@ikif.org


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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