海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

20代の音楽祭体験(2)コラボレーションの極意を学ぶ―アスペン音楽祭

2012/08/24

上手なコラボレーションができるピアニストを!

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リタ・スローン先生によるCollaborative Pianistsのプログラム。

コロラド州のリゾート地アスペンで毎年行われているアスペン音楽祭&音楽学校。前回の「音楽祭と社会」「10代の音楽祭体験」に続き、今回は20代の音楽祭体験についてリポートする。リタ・スローン先生は20年以上前に、アスペン音楽学校で「Collaborative Pianist Program」を立ち上げた。今年は日本人1名を含む、約20名の学生がこのコースを受講している。毎週2時間のセミナーが行われるが、今回はその一つを見学させて頂いた。

室内楽曲セミナーでは、楽譜の読み合わせから

この日の課題は、ジョージ・クラム作曲『Music for a Summer Evening』と、フランクのヴァイオリン・ソナタ。クラムの曲は数日前にアスペン音楽祭で演奏されており、生徒全員が聴いたそうである(pf.Wu Han, Rita Sloan / percussion. Jonathan Haas, Edward Zaryky)。クラスでは20名の生徒がぐるりとピアノを取り囲んで座り、リタ先生はまずピアノの弦に触りながら構造と響きの説明、続いてリズム、ディナーミク、テンポ、指示記号など要所要所を見ながらのアナリーゼ、そして正確に拍を刻むこと、ペダルの入れ方、どこでどの楽器を聞くと拍がずれないか等、ポイントをかいつまんで説明した。リタ先生の朗らかな話し方でクラスはとても和やかな雰囲気だが、要所要所はきっちり押さえる。「クラムの曲はとても論理的に精緻に書かれているので、きっちり楽譜を読むこと、全員が正確に拍を取ることが大事ですよ」と念を押した。
どのレパートリーにおいてもそうだが、まずアナリーゼをして曲全体を見渡すことが、他人と合わせる室内楽においては特に重要である。

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ジョージ・クラムの室内楽作品について講義中。リタ先生の朗らかな人柄で終始なごやかな雰囲気。

リタ先生にこのプログラムを始めたいきさつをお伺いした。
「それまではピアノと室内楽を教えていたのですが、少しずつ必要なものを取り入れていく中でプログラムの形が出来てきました。ピアニストはソロの演奏技術は習いますが、例えばヴァイオリンとどう合わせたらよいか、ヴァイオリン、チェロ、フルートではどう合わせ方がちがうのか、あるいはピアノ同士でどう合わせたらよいか、といったことをきちんと習う機会がなかなかありません。もちろん直感が優れている人はいますけれども。またキャリアという点でもソロで弾ける機会は限られています。他人と共演して良い演奏をするには、良い教育が欠かせません。それがこのコースを始めたきっかけです」。

このクラスではヴァイオリン奏者(フランクのソナタ、ラヴェルのツィガーヌ)、声楽家、金管楽器奏者などにも協力頂いてデモンストレーション演奏を行い、それを見ながら私がコーチングします。生徒の中にオーケストラで弾いている子が2名いるので、他の生徒もそれをみて学べますし、自分のリハーサルも生徒に見てもらいます。大学を卒業した生徒が多く、今回は最年少で22歳ですね。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、オーケストラ等と一緒に弾くので、ある程度の経験が必要です。もっと若い世代はソナタや2台ピアノクラスなどでまずは体験してもらいながら、基礎的な技術をつけていきます」。

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江尻夏子さん。

生徒の一人、江尻夏子さんは2回目のアスペン参加になる。1回目はソロ科で、2回目となる今回は伴奏科(オーケストラ伴奏)を受講している。1日のスケジュールはとても忙しそうだ。「オーケストラを2つ担当しています(American Festival Orchestra, Chamber Symphony Orchestra)。9-11時、13-16時までオケ練で、その後にヴァイオリンやチェリストと合わせています。多い日は1日7時間くらいですね。練習は朝にしています。コンサートは1回出演し、ジェニファー・ヒグドンの曲("Blue Cathedral")を弾きました。今度はペトルーシュカを弾きます。有名な先生方がこれだけ集まることはなかなかないので、ここで学ぶことは多いです!」。

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アスペン音楽祭のオーケストラが演奏するテント内ステージ。

弾けるような笑顔が印象的な江尻さんは、日本の高校卒業後、州立大学学部課程を経て、インディアナ大学ジェイコブ音楽学校ソロ科で3年間(マスターとピアノパフォーマンスディプロマを取得)、練木茂夫先生に師事していたという。現在はテキサスのオーケストラの鍵盤楽器のポジションで仕事しているそうだ。

こうした伴奏ピアニストの需要が高まるととともに、こうしたコラボレーションの心構えやスキルは様々な局面で生かせるだろう。


<お問い合わせ先>
アスペン音楽学校
ASPEN MUSIC FESTIVAL AND SCHOOL
2 Music School Road
Aspen, CO 81611
tel 970-925-3254
fax 970-925-3802
オーディション内容についてはこちらへ。
ピアノプログラムはこちらへ(※2012年度は同年2月に応募締切)。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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