10代の音楽祭体験(1)多彩なアクティビティを!―アスペン音楽祭
アスペン音楽祭会場前には聴衆に交じって、演奏後の若手アーティストたちの姿も。
会場入口でチケットもぎりをしているのは、アスペン音楽学校生の皆さん。胸元に手書きの名札を付けて。アルバイトは15歳以上・応募制。
フェスティバル会場では10代学生も活躍!
コロラド州アスペンで開かれるアスペン音楽祭&音楽学校。著名アーティストによるコンサートが楽しめる音楽祭と同時開講されているのが、充実した教育プログラムを展開するアスペン音楽学校である。今年は約600名がここで学んでいる。
実はこの音楽祭会場で聴衆を迎え入れてくれるのは、アスペン音楽学校の学生さんである。チケットもぎり、プログラムの配布、座席の案内などがあるが、皆さんなかなかいい仕事っぷりだった。学校は会場からバスで10分ほどの山間にあるが、コンサート見学やアルバイトなどのため、楽器を持ったままフェスティバル会場にもよく足を運んでいた。
会場内の街灯には学生を紹介するポートレイトが掲示されたり、コンサート会場では紹介チラシが配布されたりと、若い音楽家たちを盛り立てる演出も多い。それは全て、アーティスト・学生・聴衆がお互い近い距離でコミュニケーションが取れるように、との配慮である。
そこで今回は10代学生のキャンパス&コンサートライフを取り上げる。
自分でアクティビティを選ぶ―学生たちの忙しい1日
ミドルスクールに向かう道。練習用ピアノはほぼスタインウェイが用意されている。(小野田さん撮影)
では音楽学校ではどのような1日を送っているのだろうか?1か月ほど音楽学校に参加した小野田有紗さん(16)にお話を伺った。
「8時頃にホテルを出て、8時半から午前中一杯はミドルスクール(アスペン中学校校舎)で練習します。キャンパスにあるカフェでランチした後、13時より2台8手(モーツァルト『ドン・ジョバンニ序曲』)を4人で合わせ、15時からスタジオクラス(週1回同門の門下生でソロ曲演奏会)で演奏、16時より2台4手(ブラームス『ハイドンの主題による変奏曲』)を2人で合わせ練習。17時にカフェで夕食を取った後、バスで音楽祭会場へ移動し、18時開演のコンサートを聴きに行きました。20時30分にキャンパスに戻り、2台のコンサート(2台8手、2台4手)に出演。22時に終了し、バスでホテルに戻りました」。もちろんリサイタル出演やオーディションがある日は、全く別のスケジュールになる。1日1日ぎっしりスケジュールが詰まっているようだ。
日本でもお馴染みのチュンモ・カン先生(右)、お嬢様(中央)と一緒に。6歳の夏にカナダのサマーキャンプに参加して以来、海外での音楽体験を積極的にしている小野田さんは、16歳にして度胸たっぷり。今秋からジュリアード音楽院プレカレッジに留学予定。
現在ソロはチュンモ・カン先生(ジュリアード音楽院プレカレッジ教授)に師事している。優しくて面白いカン先生は生徒にも人気で、とても賑やかな様子。小野田さん自身は来る前は個人レッスンが週に数回くらいかなと思っていたそうだが、実際に来てみると毎日のように新しいスケジュールが入ってきて、新鮮な日々だという。
「毎朝メールチェックすると『合わせの練習を何時から』『マスタークラスを受けたら?』とか、色々連絡が入ってきます。マスタークラスやリサイタル等は皆自分で申し込んでいます。(ヨヘヴェト・)カプリンスキー先生のマスタークラスは受講枠が3名だけでしたが、幸運にも選んで頂いて良いレッスンをして頂きました。ショパンの舟歌を弾いたのですが、おそらくそれを気に入って下さり、翌週のコンサート出演を推薦して下さいました」。
教会等で行われるSpotlight Concertは、先生方からの推薦ほか、自分でも応募できる。オーディションあり。(小野田さん撮影)
ここでは様々な機会が提案されているが、学生自ら応募してチャンスをつかんでいく。事務局には申込用紙がずらっと置かれており、スポットリサイタル、マスタークラス、アルバイトに至るまで、自分で応募してオーディションを受けるのだ。アルバイト体験者の一人は「プログラムの配布、チケットもぎり、ドアマンもしました。チケットもぎりが一番大変ですね。どのコンサートで働きたいか自分で選べるので、ピアノか室内楽のコンサートを選んで申し込んでいます」(中国出身・カーティス音楽院ピアノ科在学中)。アスペンのホストファミリー宅で行われるディナーパーティも応募制。チラシが掲示されるやいなや、大人気ですぐに枠が埋まったそうだ。こうして毎日何が起きるのかをしっかりチェックしな がら、一つ一つ体験を増やしていけるのが、アスペンの醍醐味かもしれない。
オプションの室内楽やアレクサンダー・テクニック
2台4手でペアを組む小野田さん(左)とヤン・セホ君(右)を指導するリタ・スローン先生(中央)。
もちろんソロのみの参加も可能だが、室内楽をオプションとして取る生徒も多い。小野田さんは室内楽とアレクサンダー・テクニックのクラスを毎週受けたそうだ。
「今は2台4手、2台8手、ピアノ五重奏を練習しています。全てここに来てからオーディションをして、曲や組み合わせが決まりました。2台8手とピアノ五重奏は担当の先生(リタ・スローン先生)が曲を決めて、パート譜を各自に用意してくれました。2台4手もドビュッシーの曲に決まっていましたが、「自分たちで決めてもいいよ」と言って下さったので、相手の子と相談してブラームス『ハイドンの主題による変奏曲』に決めました。楽譜はコンピュータ室で楽譜を出すか、ライブラリーで貸し出してくれます。二人合わせてのレッスンはこれまで2回で、来週金曜日にコンサートで弾きます」(各曲とも約2週間で仕上げる)。
アスペンに到着するとすぐに各楽器や室内楽のオーディ ションが行われる。年齢やオーディションの結果によりトリオ、カルテット、クインテットが組まれる。共演はArneis Quartet。(小野田さん撮影)
リタ・スローン先生は「Collaborative Pianist Program」を20年以上前に開講した方であり、室内楽を教える時もその手法が面白い。
「2台8手を弾きたい子が8人いるので、2時間で2曲を同時にレッスンして頂いています(モーツァルトのドン・ジョバンニ序曲、ベートーヴェンのエグモント序曲)。待ちの子に譜めくりや指揮をさせて、その指揮を見ながら4人で弾くというのを最初のレッスンでやりました(ベートーヴェン)。リタ先生からは、2台の際はぺダリングを控えめにすること、ディナーミクを調整すること、頭の中でカウントを数えること、速いパッセージの時は片方は隣の子を聞きながら弾くなど、色々なことをアドバイスして頂きました」。
ジェフリー・カハネ氏によるマスタークラス。「シューマン『献呈』はドイツ語の歌詞を知ることが大事」と、生徒に感情をこめて発音させる。
アレクサンダーテクニックは毎週木曜日に開講される。「ピアノに座って、弾きながら先生が姿勢を整えてくれたり、寝転んだ状態で一番楽な姿勢になったり。力が抜けて自由に動きやすい姿勢を整えてくれます。力まないので疲れないし、自由に腕が動くから音がすごく響くようになったと思います」と小野田さん。
また"Piano Notes"では、アーティストとの対話ができる。ロバート・レヴィン先生、ギャリック・オールソン氏など、一流アーティストとの対話は10代の学生たちに多くの刺激をもたらしたようだ。特にレヴィン先生によるモーツァルトの話や、オールソン氏が練習方法を細かく説明してくれたのが好評だったようだ。
なお20代の学生が多いCollaborative Pianistプログラムについては、また別項で取り上げる予定。
<お問い合わせ先>
アスペン音楽学校
ASPEN MUSIC FESTIVAL AND SCHOOL
2 Music School Road
Aspen, CO 81611
tel 970-925-3254
fax 970-925-3802
オーディション内容についてはこちらへ。
ピアノプログラムはこちらへ(※2012年度は同年2月に応募締切)。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/