音楽祭と社会(4)様々なジャンルの音楽を―ラヴィニア音楽祭1
●クラシックを軸に様々な音楽を楽しむ音楽祭
シカゴは大都市でありながら開放感ある街だ。東京丸の内と横浜ベイエリアをミックスしたような空気がある。ラヴィニア音楽祭はそのシカゴ中心部から電車で約40分、緑豊かなラヴィニアパークで行われている。7月上旬は華氏100度を超える真夏日が続いたが、美しく手入れされた芝生が、強烈な暑さを和らげてくれる。
夕方5時に門が開くと、折り畳みイスやレジャーシートを持った聴衆が続々と入場し、思い思いの場所を取る。談笑に興じる大人の横で、子どもたちは元気に芝生を駆け回ったり、彫刻に抱きついたり、のびのび遊んでいる姿が微笑ましい。
風が爽やかに感じられるパビリオン。
コンサート開演30分前になるとファンファーレが鳴り響き、テンションが一気に高まっていく。大会場パビリオンではシンフォニーコンサート、リサイタルホール(Martin Theater)では室内楽やソロリサイタル等が行われる。
今回パビリオンではシカゴ交響楽団によるコンサートをいくつか聴いた。通常のレパートリーから、フォークソング、ミュージカル、ディズニーソング、ポップスに至るまで、柔軟性あるプログラムで楽しませてくれた。中でもマーラー第6番は、ヤープ・ヴァン・ツヴェーデン(Chicago Symphony Orchestra, Jaap Van Zweden cond.)の歯切れ良く集中力の高い指揮で、一瞬も緊張が途切れることなかった。各奏者の能力が高く、音量や響きのコントロールがよく効いており、聞かせどころで効果的な表現がなされていた。特に第3楽章以降の悲劇性を帯びた表現が秀逸。
歌手イディナ・メンツェルと指揮者マーヴィン・ハムリッシュ。(c) Ravinia Festival
またアメリカ合衆国記念日(7/4)にはアメリカのフォークソングを並べたプログラムも盛大に盛り上がった。さらにミュージカル歌手イディナ・メンツェル(Idina Menzel)を迎えたコンサートでは、彼女のユニークなキャラクターが冴えこれも大人気。指揮者マーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch)の軽快な指揮とユーモラスなトークも観客の笑みを誘った(残念ながらハムリッシュ氏はこの1か月後に逝去)。最後に聴衆の何人かをステージに上げて一緒に歌うというパフォーマンスも見せた。その6人がまた凄く上手い!。ちなみに翌週にはサンタナのコンサートが行われ超満員だったそうだ。クラシックを軸にしながらも、「何でもあり!」というのがラヴィニア音楽祭のモットーである。
リサイタルホールではエマーソン・カルテット等の演奏も。
一方、リサイタルホールでは五嶋みどり(Midori)のオール・バッハプログラムを聴いた。無伴奏ソナタ3曲と無伴奏パルティータ3曲という重厚なプログラムである。音の濃淡と軽重でフレーズに起伏をつけながら、音楽が真っ直ぐに進んでいく。中でも印象深かったのはパルティータ3番。心からの音楽的歓喜が軽やかな躍動感となり、特にガヴォットは許される限りの自由さがあり、まるで音が踊っていたようだった。会場からも盛大な拍手が贈られた。
シカゴの中心部。ここから5分も歩くと、ミシガン湖が広がる。
あらゆるジャンルの音楽を取り入れることについて、ラヴィニア音楽祭会長ウェルツ・カウフマン氏(2000年-現在)は「ラヴィニア音楽祭の特徴は、大都市シカゴから20分のところにあります。様々な聴衆がいますので、あらゆるジャンルやスタイルのものを組み合わせ、毎日のように異なる種類の音楽を聞けるようにしています」と語る。
なぜ様々な音楽的欲求に答えたいと思うのか。それはラヴィニア音楽祭が夏だけでなく年間を通して、地元密着型の音楽啓蒙活動をしていることもあるだろう。それについては別項にて詳しく述べたい。
●女性の力が音楽祭を支える―Women's Board
小さなテントから出発したというWomen's Board経営のギフトショップは、今や立派な店舗を2か所に構える。商品を仕入れに行くのはお買い物好きなメンバーだそう。なかなか素敵なラインナップ。
どの音楽祭でも、多くのボランティアスタッフが機敏に動きイベントを支えている。このラヴィニアも例外ではない。しかし例外なのは、ボランティア組織が音楽祭最大のファンドレイザーであることだ。
Women's Boardは女性ボランティア組織として1967年に立ち上げられ、ゲストアーティストをもてなしたり、会場や宿泊先まで送り迎えしたり、食事を用意したりというホステスとして音楽祭を支えていた。今もそれは続いているが、さらに運営を盛り上げるためのビジネスを展開し、その収益を音楽祭へ寄付している。128名のメンバーと25の委員会は、優れた発想力と機動力を誇る。元会長のアネット・デゼランさん(Mrs.Annette Dezelan)に話を伺った。
優雅なアネット・デゼランさんご夫妻。Women's Board元会長で、今でも積極的に活動に関わっている。(c)Ravinia Festival
「Women's Boardはファンドレイジングの力をもち、また地域社会における外交官的な役割を果たしています。最初は元手400ドルから始まった小さな団体でしたが、今では非営利組織として*音楽祭最大の寄付団体となり、これまで2500万ドル(約20億円)を寄付するまでに成長しました。2か所のギフトショップ経営、ポスターコンクールの実施(毎年)、ポスター販売、そしてガラコンサート等が主な収入源になっています。今年はWomen' Board50周年を記念して"Leading Ladies"と題したガラコンサートを開き、女性アーティストに何名か出演して頂きます。満天の星の下で、皆さんに素敵な音楽を聴いて頂くのを楽しみにしています」。ちなみに1967年第1回目ガラコンサートの入場料は25ドルだったが、今年は750ドルだそうだ。
芝生で遊ぶ子供たち。所々に飾ってある彫刻も子供たちにとっては遊び場!
Women's Boardの活動は音楽祭にとどまらず、地域音楽活動の支援や企画にも及んでいる。公立学校や地域社会へ音楽を届ける「Reach-Teach-Play」プロジェクトや、エルシステマに倣ったユース・オーケストラプロジェクト「Systema Ravinia "Circle Rockets"」は今年始動したばかりだ。
「大切なのは常に新しいアイディアを考え、プロジェクトを発展させていくこと。いつも成功するとは限りませんが、常に新しい方向性を考えていくことを心がけています」。
音楽祭を発展させる、音楽を地域社会に届ける、音楽を次世代に伝える―。それは全て「良い人材を育てたい」「良いコミュニティを創りたい」という女性や母親としての純粋な思いから生まれている。Women's Boardも関わっている地域音楽活動(「Reach, Teach, Play」「One Score, One Chicago」)については別項で詳しく述べたい。
<お問い合わせ先>
ラヴィニア音楽祭
Ravinia Festival
PO Box 896
Highland Park, IL 60035
Fax 847-266-0641
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/