音楽祭と社会(2)アメリカが音楽史にもたらしたもの―アスペン音楽祭
アスペンの丘に集まる人・人・人!
四方を山に囲まれたコロラド州アスペンの街。可愛らしい街の中心部から少し離れた緑の丘に、アスペン音楽祭会場がある。細い小道を挟んで大ホールとリサイタルホールが向かい合せに立ち並び、開演前や休憩時間には周囲の芝生の上でくつろいだり、サンドイッチをつまむ人であふれる。人気公演ともなると開演前は人でごった返し、身動きが取れないくらいだった。そして終演後は、辺りが一切見えなくなるくらい真っ暗になると、今度は満天の星の下で音楽の話を続けるのである。
ミュージック・テント。後方扉は開放されるので、外の芝生で音楽を聴く人も。この日も大入り。会場内ではアスペン音楽学校受講生が入口でチケットもぎりや座席案内などをしている。
大ホール(Benedict Music Tent)ではベルリオーズ『幻想交響曲』、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、バーバー『ノックスヴィル:1915年の夏』、ドヴォルザーク『新世界より』等を聴いた。共演はアスペン音楽祭が抱える3つのオーケストラ(Aspen Chamber Symphony、Aspen Festival Orchestra、Aspen Philharmonic Orchestra)。中でもベルリオーズ、ドヴォルザーク等は集中力漲る演奏だった。いずれもメンバーは若手音楽家で、同時開講されているアスペン音楽学校で研鑽を積みながら本番をこなす日々を送っている。
そしてリサイタルホール(Harris Concert Hall)では連日のように、室内楽コンサート、ソロリサイタル、マスタークラス等が行われる。印象的だったのはマルク・アンドレ・アムランのリサイタル冒頭に弾いたバッハ=ブゾーニ『シャコンヌ』。様々な音の響きとテクスチュアを駆使し、冒頭の抑制された表現からパイプオルガンのような響きの再現部に至るまで、曲をきわめて立体的に描いていった。彼の自作曲『パガニーニの主題による変奏曲』は、所々にリストやベートーヴェンのパッセージ断片が登場するユーモラスさで、聴衆の笑いを誘った。皆さんノリがいい。また2日後に登場したレーラ・アウエルバッハは自作曲『ピアノのための24の前奏曲』を披露。15年前にここアスペン音楽学校で書いたという曲は即興的なひらめきの連続で、その後の発展を感じさせる才能が垣間見られる。彼女はムソルグスキー=アウエルバッハ『展覧会の絵』も演奏したが、演奏前に「第1曲プロムナードの冒頭は、初めて絵を見た時の衝撃なんです」と説明し、まさにその通りに弾いた。彼らコンポーザーピアニストならではの解釈は、既存の曲に面白い視点を投げかけることもある。
Made in Americaというテーマのもとで
今年のアスペン音楽祭のテーマは"Made in America"。アメリカ人作曲家(ガーシュウィン、バーバー、アイヴス、コープランド、クラム、ヒグドン、バーンスタイン、ボルコム、ライヒ他)、アメリカにインスピレーションを得た曲(ドヴォルザーク他)、アメリカに移住・亡命した作曲家(ストラヴィンスキー、シェーンベルグ、ヒンデミット、バルトーク、マーラー他)、別の道を歩んだ作曲家(ショスタコーヴィチ、ベルク他)も含めて、アメリカにまつわる作品が多く演奏されている。フェスティバル初日は、ガーシュウィン『ラプソディー・イン・ブルー』等がオープニングを飾った。
1950年代以降の作品も多く、トマス・アデス(Thomas Ades "The Four Quarters)、ジョン・ハービソン(John Harbison "The Great Gatsby")、アンソニー・プログ(Anthony Plog "Songs of War and Loss")、ジョアン・タワー(Joan Tower "Night Fields")等が演奏された。
"Listen4"(左)はTom Buesch氏による聴き方のレクチャー。"Student Spotlight"(中央)はオーケストラ団員(アスペン音楽学校生)の紹介パンフレット。公演会場で配布されている。右端は音楽祭プログラム。表紙は同じだが毎週内容が変わる。プログラムノーツは音楽と歴史・美術等との関連がよく説明されている。
筆者が聴いたコンサートの中では、エドガー・メイヤー作曲『ヴァイオリンとコントラバスによる二重協奏曲』(Edgar Meyer, "Concerto for Violin and Double Bass")が印象的だった。ジョシュア・ベル(Joshua Bell, Vn)とエドガー・メイヤー(Edgar Meyer, Cb)自らがソリストを務め、ロベルト・スパノ指揮(Robert Spano, Cond)アスペン室内楽管弦楽団によって演奏された(世界初演はこの1週間前にタングルウッド音楽祭にて)。第1楽章ではヴァイオリンの最高音とコントラバスの最低音が織りなす繊細なハーモニーの対話にクラリネットが中間の音域で絡み合う。第2楽章は細かい音の糸が幾重にも重なり合うようなコントラバスの表現、第3楽章は二人のソリストとオーケストラの対比的な表現が、ジャズ風のリズムで奏でられる(金管の3連符に合わせてカラスが3回鳴いたのは音楽祭ならではのご愛嬌。そのパッセージが終わってもカラスは鳴き続けていた・・!)。2012年という今を象徴するものは、対極にあるものがきめ細かくコミュニケーションを重ねながら繋がっていく、繊細なダイナミズムとでも言えるだろうか。
中央の街灯に掲示されているのはアスペン音楽学校生のポートレイト。アスペン音楽学校は音楽祭と同時期に開校されており、約600名の生徒が参加している。
ところで音楽祭プログラム冒頭には、「Exiles, Emigres, Expatriates」という記事が掲載されている。20世紀の音楽史を振り返る時、世界大戦の影響は避けて通れない。大戦によって多くのユダヤ系作曲家は亡命を余儀なくされ、アメリカという新天地で新たな音楽活動に入っていった。しかし、そういった選択肢を取らない、あるいは取ることのできなかった作曲家もいた。エルヴィン・シュルホフ(Erwin Schulhoff)はその一人である。1942年に強制収容所で亡くなるが、ナチ政権に退廃音楽の烙印を押されるまでは、有望な作曲家・ピアニストとして活動していた。このシュルホフのヴァイオリン・ソナタ第2番(1927)を、ダニエル・ホープ(Daniel Hope, vn)&ジェフリー・カハネ(Jeffrey Kahane, pf)のコンサートで聴いた。この作曲家、そして彼らが背負った運命について話をした後に演奏が始まった。不協和音の用い方、一つ一つの楽想のまとめ方にセンスが感じられる曲。特にヴァイオリンの旋律の背景となるピアノの低音部でのハーモニーが、絶妙に曲の空気を作っていた。その他ラヴェル、メンデルスゾーン、ウォルトンのヴァイオリンソナタ)
なおアメリカに関するプログラム以外にも、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス等のレパートリーも多く演奏されている。アスペン音楽学校での教育プログラムは、来週リポートをお届けする予定(「10代の音楽祭」「20代の音楽祭」)。
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音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/