音楽祭と社会(1)同時代を見つめて75年・若い力も結集―タングルウッド音楽祭
夏といえば音楽祭!各地では古今東西のアーティストが集まり、エキサイティングな演奏が繰り広げられている。最近ではテーマ性を持つ音楽祭や、アカデミーや夏季音楽学校などの教育プログラムを同時開校する音楽祭も多い。音楽祭という場には、ゆったりとした時間、自然豊かな環境などが媒介となり、世代や国籍などを一気に超えて、純粋に音楽で交わる力があるようだ。今回はタングルウッド音楽祭、アスペン音楽祭、ラヴィニア音楽祭、ドレスデン音楽祭、アロハ音楽祭等を取材。第1週目は「音楽祭と社会」で各音楽祭の特徴や地域コミュニティへの影響を、第2週目は「10代の音楽祭」、第3週目は「20代の音楽祭」で、若手音楽家がどのような体験をしているのかをご紹介する。
●75周年を迎えるタングルウッド音楽祭
今年75周年を迎えるタングルウッド音楽祭。小澤征爾氏等の活躍により、日本でもよく知られている。1937年夏に6つのコンサートが行われ、以来8週間に及ぶ大規模な音楽祭へと発展した。いうまでもなく、ここはボストン交響楽団の夏のステージである。セルジュ・クーセヴィツキーを始め、シャルル・ミュンシュ、レナード・バーンスタイン、小澤征爾などが音楽監督を務め、数多くの著名アーティストがこのステージを飾ってきた。
今年は75周年を記念するコンサートが毎週行われている。中でもガラコンサート(7/14)はボストン交響楽団、ボストン・ポップス・オーケストラ、タングルウッド音楽センターオーケストラが勢揃いし、ソリストにはアンネ・ゾフィー・ムターやヨー・ヨー・マ、ピーター・ゼルキン等を迎え、盛大に行われたようだ。ニューヨークから来たという聴衆の一人は、「夏は毎年タングルウッドに来ています。ガラコンサートはクラシックからポップスまで、楽しかったですね。9月までここにいるので毎日エンジョイしますよ!」と笑顔で語っていた。また1937年初年度のプログラムを完全再現したオール・ベートーヴェンコンサート(7/6)、オール・ワグナーコンサート(7/21)も行われた。リエンツィ序曲で始まり、タンホイザー序曲で終わる後者のコンサートは、1937年当時、激しい雷雨に見舞われて途中中断を余儀なくされたそうである。筆者は日程の都合で見られなかったが、今年は無事成功裏に終わったようだ。
Ozawa Hallでは室内楽やソロリサイタルが開催される。今年はゲルハルト・オピッツによるブラームスのピアノ作品全曲演奏などが行われた。
このタングルウッドの美しい緑の丘には、ボストン交響楽団に功績を残した2人の指揮者の名を冠したホールがある。一つはKoussevitzky Music Shed、そしてSeiji Ozawa Hallである。今回Ozawa Hallでいくつかリサイタルを聴いた(日程の都合によりMusic Shedの公演は聴けず)。うっすらと木の香りがする音響の良いホールは、聴衆が多い日には後方扉を全開にし、芝生の上で音楽が聴けるようになっている。20時に開演し、休憩をはさんで後半に入る頃にはとっぷりと日が暮れるため、キャンドルを灯してゆったり音楽に耳を傾ける人もいれば、ワイン片手にくつろぐ人、芝生に寝転がって天然プラネタリウムを楽しみながら聴く人もいる。ベビーカーに乗った赤ちゃんも多く、何とも贅沢な音楽祭初体験だ。
●20―21世紀を見つめて
タングルウッド音楽祭創始に尽力した、当時のボストン交響楽団音楽監督クーセヴィツキーの名を冠したMusic Shed。
タングルウッド音楽祭では創設当初から同時代性を強く意識し、20・21世紀の作品が多く取り上げられている。8/22に行われた声楽リサイタルは「ピエロへのオマージュ」と題し、1911-1912年に作曲された声楽作品が並べられた。アイアランド『ウェイフェアーの歌』から始まり、ラフマニノフ、ヴィラ=ロボス『ミニアチュラス』、ドビュッシーとラヴェルの『ステファヌ・マラルメの3つの詩』、ファリャ『プシュケ』等、最後はシェーンベルグ『月に憑かれたピエロ』で締め括られた。20世紀初頭の新しい思潮や価値観の台頭による混乱、矛盾、夢想、狂気といったシュールな世界観が反映されたプログラムだった。ソリストはいずれもタングルウッド音楽センター(TMC; Tanglewood Music Center)フェローたち。これは音楽祭と同時開催されている若手アーティスト育成プログラムであり、20-21世紀のコンテンポラリ作品の演奏に重心を置いている。特にシェーンベルグでのソプラノの一人(3人で担当)は、豊かな声量と闇夜を切り裂くような狂気に満ちた表現力が素晴らしかった。TMC卒業生の中にはボストン交響楽団を始め、全米各地の交響楽団で活躍する奏者も多く、レベルは高い。TMCについては別項にてご紹介予定。
7/23チャールズ・アイヴスの『ニューイングランドの3つの場所』、シェーンベルグのピアノ協奏曲(ケン=デヴィッド・マズア指揮、エマニュエル・アックスpf)、ストラヴィンスキー『ペトルーシュカ』(1911年版)というプログラムも興味深い。特に後半ストラヴィンスキーはダイナミックな演奏だった(TMC Orchestra)。
また8月の半ばには「Festival of Contemporary Music」(8/9-13・音楽監督Oliver Knussen)が開催される。演奏曲目はバートウィッスル、アイヴス、ハービソン、サロネン、ベンジャミン、カスティリオーニ等、また若手作曲家への委嘱作品も取り上げられる。
●遊べる・学べるアクティビティ
司会者の質問に小気味よく答える、ボストン交響楽団アシスタント指揮者のマルセロ・レーニンガー氏(右)。今年のタングルウッドはモーツァルト、ヴィラ=ロボス、ムソルグスキーというプログラムで臨む。モーツァルトは同郷ネルソン・フレイレと共演(ピアノ協奏曲20番)。
タングルウッドの特徴の一つは、アーティストとの距離の近さだろう。毎週木曜日に行われる"Walks and Talks"では、ランチを食べながら、肩の凝らない楽しいアーティスト・インタビューが楽しめる。今年はクリストフ・フォン・ドホナーニ、クリストフ・エッシェンバッハ、エマニュエル・アックス等の著名アーティストや、音楽祭ディレクター、ボストン交響楽団団員などがスピーカーとして登場する(した)。筆者は、ボストン交響楽団アシスタント指揮者のマルセロ・レーニンガー氏(Marcelo Lehninger)の回を見学した。ブラジル出身の陽気なマエストロは、11歳で指揮者の道に目覚め、14歳からエレアザール・デ・カルヴァーリョに師事したこと、指揮のテクニックだけでなく音楽思想、文学、歴史、美術等への深い造詣を学んだこと、ボストン交響楽団アシスタント指揮者のオーディションを受けた時の思い出などを、明快にユーモラスに語ってくれた。会場からもいくつか質問を募ったが、「今までで一番きわどい状況は?」の問いかけには、本番3日前に代役が回ってきた話を披露してくれた。クリスチャン・テツラフ(vn)をソリストに迎えての現代作品世界初演を含めたプログラム、しかもカーネギーホール初公演という大役を、3日の準備時間で無事にこなしたというエピソードは、彼の大器ぶりを示していたのではないだろうか。なかなか面白い45分間だった。
こちらも地元高校生の作品。なかなかユニーク!
ここではアーティストとの距離が近いだけでなく、自分たちがアーティストになっちゃおう!という企画もある。タングルウッド会場の至るところに、コントラバスやトランペット、ホルンなどの楽器に、思い思いのカラーでペイントしたものが展示されている。これらは全て地元の高校生が制作したもの。なかなかイマジネーション豊かで、トランペットをクジャクに見立て、クジャクの羽根を付けた作品などは結構洒落ている。
また大人の聴衆を対象とした"One Day Univeristy at Tanglewood"も企画されている。これは3つのレクチャーとコンサートを楽しむ1日(8/26)。レクチャータイトルは"Beethoven, Beatles, FDR, and Your Brain"と一見脈略のないテーマなのだが(もしかしたら何か繋がっているのかもしれない)、間口を広げて色々な人に楽しんでもらい、最後にベートーヴェンの交響曲9番を聴きましょう、という趣向である。各テーマと教授名はこちら。(※FDR=フランクリン・ルーズベルト第32代合衆国大統領)
"Beethoven, Beatles, FDR, and Your Brain"
- 1.
- FDR and the Path to WWII: What We Know Now That We Didn't Know Then
Richard M. Pious, Columbia University - 2.
- Where Are My Keys? Understanding How Memory Works
John J. Stein, Brown University - 3.
- The Beatles and Beethoven: Hearing the Connection
Michael Alec Rose, Vanderbilt University - 4.
- Boston Symphony Orchestra
Harbison (new work), Beethoven Symphony No.9
なおタングルウッドには、2種類の学生向け教育プログラムがある。前述のタングルウッド音楽センター(TMC, Tanglewood Music Center)と、ボストン大学タングルウッドプログラム(BUTI, Boston University Tanglewood Institute)である。これは来週リポート予定。
<お問い合わせ先>
Tanglewood Festival
297 West Street
Lenox, MA 01240
617.266.1492 (M-F: 10 - 5pm)
Subscriptions 888.266.7575
E-mail customerservice@bso.org
※1937年-2009年オーディオアーカイブはこちらへ。
※マスタークラス(一部)ストリーミング視聴はこちらへ(2012年9月-)。
※ボストン交響楽団はこちらへ。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/