海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

教師からピアニストへ-ジョン・ナカマツ氏インタビュー/アメリカ大学番外編(2)

2012/07/13
<<番外編1

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1997年ヴァン・クライバーン国際コンクール優勝後、ピアニストとしてのキャリアを着実に築いているジョン・ナカマツ氏(Jon Nakamatsu)に、幼少の頃から受けてきた音楽教育や、総合大学であるスタンフォード大学で学んだ経緯などについてお伺いしました。(取材:アロハ国際ピアノフェスティバルにて)

―ハワイの雰囲気がとてもお似合いですね。「アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか」連載第3回目で、スタンフォード大学卒業生事例としてナカマツさんのお名前をご紹介させて頂きました。まず幼少の頃にどのような音楽教育を受けたのか、そしてなぜスタンフォード大学を選んだのかを教えて頂けますか?

私はカリフォルニアで育ったのですが、両親はハワイ生まれで、私自身も小さい頃からハワイで多くの時間を過ごしてきましたので、まるで故郷に帰ってきたような感じです。普段はツアーで世界中を回っていますので、この音楽祭ではピアノ指導ができるのも良いですね。

ピアノを始めたのは4歳の時で、プレスクールの先生がピアノを弾いていたのを見て「僕も弾きたい」と言ったのがきっかけです。両親は音楽家ではありませんでしたが音楽が好きで、早速私にトイピアノを与えてくれました。それで一生懸命練習していたら、2年後にピアノを買ってくれました。その時ちょうど父と同じ会社で働いていた同僚が、ピアノ教師である奥様を紹介してくれました。それがマリナ・デリベリー先生です。素晴らしい先生と出会えて本当に幸運だったと思います。彼女が音楽の全てを教えてくれました。音楽の基礎だけではなく、作曲・理論・和声・オーケストレーションなどは相応の先生を紹介してくれました。彼女はイラン出身なのですが、彼女が勉強していたテヘラン音楽院には当時ロシアやポーランド等からの素晴らしい先生が沢山教えていて、そこで受け継いだ伝統的な教育を私にも伝えてくれました。
室内楽も早い段階で経験させてくれましたね。音楽を通じて他の人とコミュニケーションすることも大事ということで、声楽家や弦楽奏者、他のピアノ奏者など、あらゆる形態の室内楽を経験することができました。幼い頃から大人のような音楽環境を整えてくれたと思います。
そんなわけで学生時代はずっと彼女に個人的に習っていましたので、大学では違うことを勉強しようと思ったわけです。

―幼少の頃の音楽環境の大切さを実感します。進路選択の際、音楽を専門としないことに迷いはありませんでしたか?

実際音楽院進学も検討しましたし、色々な音楽家とも話をしましたが、「あなたの場合はすでに良いサポート体制が整っているので、音楽院に行く必要がないのでは」というご意見も頂きました。そこで大学では一般科目を勉強することに決めました。それにまだ自分にとって、音楽家になることがうまくいくように思えなかったのです。

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―スタンフォード大学で学んだことを具体的に教えて頂けますか?

スタンフォードではドイツ文学やドイツ言語学を学びました。クラシック音楽の重要な作品にはドイツや中欧のものが多いので、文化芸術への理解を深めるためにも役に立ったと思います。ドイツにも何度か旅行しました。主専攻はドイツ語でしたが、他にもフランス語、ロシア語、イタリア語にも興味がありました。
学部では言語構造や言語教育について学び、その後School of Educationで第二言語としてのドイツ語教育法を学び、それが最初の仕事につながりました。実は大学院卒業後の6年間は、私立高等学校でドイツ語を教えていたんです。フルタイムの仕事でしたし、毎日5つのクラスを受け持っていましたから、宿題の丸付けなどを家に持ち帰ってこなした後、夜10時頃からようやくピアノの練習を始めるといった日々でした。私は自分が音楽家だという自負をもっていましたが、生徒は教師としての私しか知らなかったので、1997年にヴァン・クライバーン国際コンクールで優勝した時は「何が起きたんだ?」という感じで驚いていましたね(笑)。
在職中は仕事が忙しくて練習できない日もありましたが、それでもレパートリーを少しずつ広げながら音楽の勉強を続けていました。マリナ先生は同じ曲を何度も弾き続けることに満足しませんでしたから。今でも新しい曲を勉強し続けていますよ。

―大学卒業後、6年間も教職に就いていらしたのですね。ナカマツさんのコンクール優勝を知った時の生徒さんの驚いた様子が目に浮かびます。スタンフォード大学では、音楽家でない友人にも多く知り合ったことと思います。どのような刺激を受けられましたか。

スタンフォード大での学生生活は大変貴重な経験でした。世界中からトップ層の学生が集まっていましたが、彼らは能力やモチベーションが高い上、常に自分を高めようという意志が強いですね。様々な分野で能力を生かしています。友人の一人はヴァイオリンが非常に上手いのですが、卒業後は医者になりました。スタンフォードで知り合った私の妻は、化学の教師です。
私自身は、自分の人生に音楽があることを誇りに持っていますが、それ以外の世界を持つことも大事だと思っています。世の中は実に多様ですから。

―確かにそうですね。ところでナカマツさんご自身はアメリカ文化の中で育ち、イラン出身の先生に音楽を習い、ドイツ語を勉強し、日本(沖縄)のルーツも持ち、そして現在は世界中のステージを飛び回っていらっしゃる。非常にバラエティ豊かなバックグランドですね。

ええ、アメリカでは決して珍しくないんですよ。日本やアジアの方々は皆さん同じだと思いますが、クラシック音楽は我々のものではありません。ですが、我々のものにもなってきています。と同時に、同じものを聞いて理解しているはずなのに、それぞれが違う視点を持っています。それが素晴らしいことだと思います。

―アジアでのピアノ学習・演奏人口が増え、クラシック音楽がますますユニバーサルに享受されてきている中、世界中を演奏旅行しているナカマツさんが仰る「違う視点をもつ素晴らしさ」には説得力があります。今後ますます今後もますますのご活躍をお祈りしています!

<お知らせ>

※2012年末にブラームスのクァルテット2曲を収録したCDを発売予定(クラリネット奏者ジョン・メネス、東京クァルテットと共演)。東京クァルテットにとってはこれが最後のCDになる。

※2013年1月、スタンフォード大学に新しいコンサートホール(Bing Concert Hall)が完成する。ナカマツ氏はオープニング記念公演「ベートーヴェン5大協奏曲を弾く」シリーズに登場する予定。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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