エリザベート審査員・諏訪内晶子さんインタビュー/アメリカ大学番外編(1)
2012/07/06
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今年のエリザベート王妃国際コンクール審査員を務められた諏訪内晶子さん。結果発表後、「多くの新しい才能が出て良かったと思います。コンクールは、受けた後が大事ですので、大切にして頂きたいですね」とのコメントを頂きました。ここでファイナル期間中に行ったインタビューをお届けします。かつてご自身がエリザベートを受けた時の印象、現代曲の取り組み、国際コンクール優勝後に米国留学、その時にリベラルアーツも学んだご経験などを語って頂きました。(参考:「アメリカの大学には音楽学科があるのか」)*photo (c) Kiyotaka Saito
17歳で体験した「8日間で新曲を仕上げる」ファイナル課題
―連日のご審査お疲れさまです。1989年エリザベート王妃国際コンクールで第2位に入賞されていますが、ファイナル新曲課題曲準備のための8日間の思い出を教えて頂けますか?
あの時はまだ高校生(17歳)で、ステージに出てきただけで聴衆の皆さんが応援して下さったのを覚えています。ファイナル前の8日間は、当時は日本語しか話せなかったにも関わらず、仲間と一緒という感覚で楽しかったですね。当時の新曲は、オーケストラとの掛け合いも沢山ありました。作曲家と話すことはできませんでしたが(当時の規定により)、セミファイナル新曲の作曲家がシャペル(ファイナリストが本選出場前に一週間過ごす)に毎日来て、本選新曲のオーケストラのパートをピアノ伴奏しながら色々アドバイスして下さいました。本来は自分一人で取り組む作業なのですが、皆お互いに聴き合ったりしていましたね。伸び盛りの時期に多くのことを吸収し、糧にすることができて幸運だったと思います。
―今年のファイナル新曲課題曲はどうご覧になりますか?今回のファイナリストの演奏が世界初演となるわけですが、諏訪内さんご自身も何度か世界初演のご経験がありますね。
今回の『ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲(酒井健治作曲)』は複雑なオーケストレーションなので、リズムと曲の構造を理解し、その上でオーケストラと自分の演奏するタイミングを把握し、正確に演奏しながら表現をすることは、なかなかことが難しいと思います。私もこれまで何曲か世界初演をさせて頂いていますが、現代の作曲家と対話しながら曲を作り上げることができるのは、自分にとって大事な作業の一つです。中学生の頃から現代曲に興味を持っていましたが、やはりエリザベートで新曲に取り組んだ経験も大きいと思います。古典とは異なる難しさがありますが、楽しいですね。そう感じるのは「なぜその曲が生まれて、なぜそのような表現になったのか」を、作曲家に直接問うことができるからだと思います。古典作品の理解も深まります。
―これまで印象に残っている作曲家との対話を教えて頂けますか?
たとえばクシシュトフ・ペンデレツキさんです。スコアを読んでいるうちに、記譜やフレーズなどに関して様々な疑問が湧いてきましたので、それをご本人に全て投げかけたら全て答えて下さいました。ペンデレツキさんに「こんなに質問されたのは初めてだ」と言われました(笑)。
初等教育の大事さ、違う視点から音楽を見るリベラルアーツの学び
―エリザベート王妃国際コンクール第2位(1989年)、そしてチャイコフスキー国際コンクール優勝(1990年)と素晴らしい成績を収められましたが、大規模な国際コンクールはエリザベートが初めてでしょうか?
そうですね。私の場合は江藤俊哉先生がいらしたおかげで、日本にいながらにして世界と同等に競うレベルにいたと思います。やはり教師は大切だと実感します。
また桐朋学園でソルフェージュ(フランス式)、そして副科のピアノを幼少から訓練していましたので、ヴァイオリンのパートだけではなく全体を見ながら、苦なく現代曲にも取り組むことができました。ソルフェージュ、テクニック、ピアノ、読譜力・・総合的な力を初期の段階で万遍なく身につけておくことが大事ですね。あらためて、人を教えるというのは責任のある仕事だと思います。
―初期の教育は大事ですね。ところでジュリアード音楽院留学中には、コロンビア大学でリベラルアーツを学ばれたそうですが、それはご自身の音楽にどのような影響を与えていると思いますか?
人によって様々な道があると思いますが、私の場合は留学する前に国際コンクールで優勝し、その後すぐに世界各国での演奏活動に入るという状況でした。普通とは順番が逆になりましたが、ちょうど幹から枝葉を広げていく段階に入っていたので、自分としてはあらゆるものを吸収したかったのですね。これも指導者との出会いがきっかけなのですが、留学先のジュリアード音楽院学長が人格形成を重視している方で、「音楽家といえども色々なことを理解しておくべき」との方針で、コロンビア大学との単位交換提携制度を始めたばかりでした。このような新たな環境に巡り合えたことも大きかったですね。演奏活動を続けていく中で、今でもその学びが糧になっています。
―音楽家の方がリベラルアーツを学ぶとき、美学・哲学・文学等という選択が多いように思いますが、政治思想史を選ばれた理由を教えて頂けますか?
哲学、文学、宗教などの一般的な教養は、ジュリアード音楽院本科では、人文科学という教科が必修科目としてあり、その他美学の授業もありました。しかし、政治思想史の授業は、ジュリアード音楽院にはありませんでした。
エリザベートを受けた時、ソ連(現ロシア)の参加者がペレストロイカの話をしていました。ロストロポーヴィチ等もショスタコーヴィチやプロコフィエフの話をすると、必ずそこに政治の話が関わってきます。音楽も美術も政治も、人間社会が必ず反映されています。ですから政治思想史ではまず歴史を学び、その中で政治家たちがどういう哲学をもって国家を治めてきたのかという勉強をします。たとえばバッハの時代背景を全く違った視点から見ることで、より深い理解に繋がっていくと思います。
―その通りですね。貴重なお話をありがとうございました。今回ファイナルまでの8日間はボルドーの音楽祭に出演されていたそうで、ご多忙な日々と思いますがますますのご活躍をお祈りしています。
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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