ジーナ・バックアゥワー国際コンクール(6)ヤングアーティスト部門二次予選1日目
2012/06/29
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6月28日(水)は、ジーナ・バックアゥワー国際コンクール二次予選初日の審査が行われた。二次予選は各自35分のソロ演奏。まずは本日印象に残った演奏から。
小林愛実さんのスクリャービンのソナタ第2番。やはり一音で、聴く者の心をとらえる力がある。大切な音が全て美しく響いてくる中、複雑に織りなす旋律が絶妙なバランスで背後から聞こえてくる。神秘的かつ魅惑的な、奥行きがある演奏は胸を打つ。ショパンのソナタ第2番も入魂の演奏。特に第3楽章は深い湖の底から聞こえてくるような低音部の音から、天に昇るような上昇音型、全体を通じた緊張感の持続は見事だった。
中国のズー・ウォンさん(Zhu Wang, 15)一次予選はあいにく聴くことができなかったが、秀れた才能の持ち主。ハイドンのソナタHob.XVI/32は適切なテンポと多彩な打鍵で曲の妙味を引き出していき、シューマン「子どもの情景」は感情のひだに染み入るような音質や情感で各曲の情景を描いていく。シューマンが子どもの様子を観察しながら、あるいは幼少時代を振り返りながら作った曲を、彼は若干15歳ながら同じような視点を持って表現しているのが心憎い。続くコープランド「Three Moods」では確かなテクニックとリズム感を持っていることを示した。(ホストファミリーと。中央は指導者で上海音楽院のタン教授)
台湾のチアチェン・チャンさん(Chia-Chen Chiang,18)はショスタコーヴィチの前奏曲全曲。一次予選で独特の選曲と演奏を聴かせてくれたチャンさんは、二次予選でも24曲各曲の特徴を存分に引き出していく。ドライなユーモアや滑稽味を、独特の旋律の節回しや間の使い方で表現し、左手も決して単調にならない。彼女の音楽へのアプローチは等身大でありながら、作品の世界観をしっかり捉えているので真実味がある。ちなみに一次予選のプログラムは「春-夏-秋-冬」というイメージの繋がりを意識したそうだ。現在ドイツ・ハノーヴァー音大で学ぶ18歳。(ホストファミリーと)
韓国のヒョン・パクさん(Hyoeun Park,17)はやはり音楽の全体像を捉えた上で、フレージングや音の方向性を決めているのだろう。打鍵が多彩なのでどんな表現も可能だと思うが、モーツァルトのソナタK.331等では時にこちらの想像以上に音が強く打ち出ることがある。それでも構成がしっかりしているので、音楽の輪郭の大きさゆえと思わせる説得力がある。ラヴェル「夜のガスパール」」のスカルボも熱演。最後のショパン「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」は良い流れで進んでいたが、時間切れになったのが惜しい。
その他、プロコフィエフのソナタ7番を洗練された打鍵と和声感覚で弾いたイーリン・ルイさん(Yilin Lui,17)、完璧なまでの強靭なテクニックとリズム感をもつアナ・ハンさん(Anna Han,16)、多少演出が多かったがショパンのエチュードop.10全曲をこなすテクニックを持つボライ・コウさん(Bolai Cao,15)等、本日も才能あるヤングアーティストが何人も登場した。
ところで中国出身のズー・ウォンさんとボライ・コウさんは同じ15歳。二人とも素晴らしいテクニックを持っているのだが、その生かし方が異なっていて興味深かった。ウォンさんは細かいフレーズを表情豊かに描き分けるために駆使し、シューマン「子どもの情景」等で実に洗練された世界観を創りだしていた。一方のコウさんは、ショパンのエチュードop.10全曲に挑み、細かいパッセージまで猛烈なスピードで弾ききった。オリジナルな表現を求めて色々トライしてみたい年頃なのだろう、所々ちょっと不思議なフレージングやイントネーションの箇所もあったが、きっと色々挑戦しては少しずつ軌道修正しながら、いつか自分の表現を見出していくのだろうと思う。どちらも楽しみである。
写真右)最近は東南アジアでもピアノが盛んだが、今回はシンガポールから1名出場している。素朴な可愛らしさのチュウレン・リさん(左端)。指導者はシンガポール大学付属ヨンシートウ音楽院教授のアルバート・テウ教授(右端)。
写真下)ユタ州には日本人の方も多く在住している。ユタ大学音楽学科で学ぶ藤田美香さんは、フロリダでピアノ指導をされていたが、ソルトレイクに引っ越したことをきっかけに大学入学。ピアノ演奏専攻の学生でも多くの一般科目を取らなければならず、昨年は特に数学が大変だったと語る。お嬢様も音楽を学んでおり、現在ニューイングランド音楽院ヴァイオリン科に在籍しているそうだ。
この日は午後のレッスンを終えて、夕方の部からコンクールを鑑賞されていた。
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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