ジーナ・バックアゥワー国際コンクール(5)ヤングアーティスト部門2日目
2012/06/28
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ジーナ・バックアゥワー国際コンクールのヤングアーティスト部門第2日目。一次・二次予選とも完全なフリープログラムとあって、選曲や曲順にも個性が出る。十分に自己表現できる曲を選ぶのか、少し背伸びした曲を選ぶのか・・・25分という時間をバランス良くまとめながら、自分を最大限に表現していくことはなかなか難しい。
今日登場したピアニストたちの中で印象的だった演奏は、ジヨン・ムンさん(Ji-Yeong Mun, 16)の品の良いメンデルスゾーン「厳格なる変奏曲」、またマッケンジー・アラン・メルマドさん(Mackenzie Alan Melemad,17)のバッハ「イタリア風のアリアと変奏」は当時の楽器のような音質を意識しながら、舞踏のような軽やかさで多彩な表情を試みていた。ディーナ・イワノワさん(Dina Ivanova,17)は、軽やかでユーモアが感じられるハイドンのソナタHob.XVI/6で魅了した。その他のプログラムはこれらと対比的な曲を組み合わせているのだが、そこで優れた個性が陰をひそめてしまったり、技術的に背伸びしすぎたりと、なかなか全体を通して自分の世界観を創り上げていくことは難しいと感じた。逆に一次・二次とも同じテイストの曲で揃えたピアニストもいたが、14歳から18歳という年齢を考えると、もう少し世界を広げてもよいのではないかとも思う。とはいえ勉強の方向性として、1曲1曲を大切に扱い、丁寧にさらっていることが伺えるピアニストは、これからきっと伸びるだろう。
ところでこのコンクールは世界10都市で予備予選が行われており、昨年11月には東京でも予備予選が開催された(今年は全世界から約300名からの応募があり、ジュニア&ヤングアーティスト両部門合わせて65名が出場権を手にした)。最近は予備予選をCDやDVDで受けつけるコンクールが多いが、このコンクールはライブオーディションにこだわっている。その甲斐あって、毎回良質な才能がこのソルトレイクシティに集まっている。一部前述したが、ユンディ・リ(Yundi Li, 1997ジュニア1位)、ルーカス・ゲニューシャス(Lucas Geniusas, 2010アーティスト1位、2005ヤングアーティスト2位)、ヤン・リシェッキ(Jan Lisiecki, 2008ジュニア4位)、ナレ・アルガマニャン(Nareh Arghamanyan, 2000ジュニア2位)等が過去の入賞者に名を連ねている。日本人も活躍し、過去には福間洸太朗さん(2010アーティスト5位、1997ジュニア6位)、前山仁美さん(2005ヤングアーティスト6位)、出口薫太朗さん(2000ジュニア4位)、泉ゆりのさん(1999ヤングアーティスト3位、1997ジュニア3位)、沼光絵理佳さん(1996ジュニア2位)等が入賞している。
同コンクール創設者のポール・ポライ先生は10年以上前に「これからはアジアの時代が来る」と言われていたが、今回の参加者顔ぶれを見るとまさにアジア系ピアニストが大半である。今年のジュニア部門では山崎亮汰さんが日本人初優勝を遂げた。そして質の良い教育を受けていると思われる参加者も多い。それはとにかく指を速く動かす、美しい音を出すということだけではなく、例えばこの曲はどんな音楽なのか、その曲が求めるのはどんな音楽的表現なのか、どんな音質や色彩感が必要なのか、そのためにはどんなテクニックが必要なのか、というアプローチが演奏から垣間見えた。これからは洋の東西を問わず、質の良い学び方が鍵になるだろう。(写真左よりポール・ポライ先生、Andrew Liさん、George Liさん兄弟。兄のジョージさんは2008年ジュニア部門第2位)
音楽に取り組むペースは人それぞれ違うし、どの年齢までにどのような能力を身につけておくべきか、という考え方も国や文化圏によって様々だろう。今はジュニアもシニアもコンクール参加上限年齢が上がったこともあり、早く結果を出すことよりも、じっくり何度でも実力を試す人が増えてきたようだ。一方で英才教育が進み、幼少の頃から難曲をバリバリ弾くジュニアも増えている。二極化するジュニア世代の中で、14歳から18歳というのはまさに分岐点ともいえる。これからどのようなペースで音楽の道を歩んでいくのか、どのように音楽と関わっていくのか。各国の同世代ピアニストを見つめながら、自分のペースを考える機会になるだろう。音楽との関わり方においても、スピードや量より、自分に合うクオリティを求める時代になったといえるだろうか。(写真は6月25日ガラオープニングコンサートにて。1996年ジュニア部門第1位Stephen Beusさん)
6月28日(木)からはいよいよ一人35分の二次予選が始まる。日本の小林愛実さんは19時に登場予定(日本時間29日朝10時)。ライブ配信はこちらへ!
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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