海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか? 第2回

2012/06/15
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アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか?  第2回
I.well-cultured musician より教養性の高い音楽の学びへ
(3) 現在、音楽学科はリベラルアーツの中にどう組み込まれているのか? ~理論や音楽学のみならず、パフォーマンスの機会も多数
カリフォルニア大バークレー校の広場。奥にある東アジア図書館には、日本の書物や古書も六千冊ほど所蔵されている
カリフォルニア大バークレー校の広場。奥にある東アジア図書館には日本の書物や古書も六千冊ほど所蔵されている。また同大コンサートホールでは一流アーティストの演奏会が連日のように行われている。

UCBerkeley profWade
カリフォルニア大学バークレー校でアジアの音楽民族学を教えるボニー・ウェイド教授。来日経験も多数。「日本の皆さんはプロ・アマ問わず、音楽にかける情熱が素晴らしいと思います」。


Upenn franklin
ペンシルベニア大学創立者でもあるベンジャミン・フランクリン像


Upenn mrKetner
「人文科学部は音楽学科に対して積極的に支援してくれています」というマイケル・ケトナー氏。

では現在、音楽はリベラルアーツの中にどう組み込まれているのだろうか。また音楽学科生は主専攻以外に、どのような教養科目を履修しているのだろうか?ここではカリフォルニア大学(州立)、ペンシルベニア大学、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学の例をご紹介したい。大学によって「教養科目」の対象範囲が異なり、それによって音楽の位置付けにも少なからず違いが生まれている。

1905年に音楽学科が設置されたカリフォルニア大学(ここでは全てバークレー校、以下省略)はリベラルアーツ大学としての性格が強い。カリフォルニア州の方針により学際科目が多く、一つの根拠として「リベラルアーツ教育は学生の精神を広く開放し、自分では知りえなかった点と点を結び、自分の専攻分野をより広い文脈の中で捉えることができるようになる」と提唱している(大学公式サイトより)。
現在約17,000名が在籍し、同大最大規模を誇る人文科学部(College of Letters and Sciences)は「人文学」「生物科学」「数学・自然科学」「社会科学」「学際科目など」の5部門を持つ。音楽学科は「人文学」部門に属し、同部門には音楽史、音楽演習、演劇、映画、修辞学、哲学など17の表現芸術科目がある。
音楽学科の学生は、まず全学生必修科目としてカリフォルニア大学全学共通科目「ライティング基礎」「アメリカの歴史」、次にバークレー校共通科目「アメリカ文化研究」、人文科学部必修科目「読解と作文」「数量分析」「外国語」「選択必修7科目(人文学/生物科学/歴史学/国際研究/哲学/自然科学/社会・行動科学)」、さらに音楽学科必修科目(アンサンブル3科目等)なども加え、合計120単位となる。授与される学位はBachelor of Arts in Music「学士号(音楽)」であるが、これは人文科学の中での音楽という意味であり、音楽学校や音楽院で授与されるBachelor of Music「音楽学士号」とは区別される。音楽民族学教授ボニー・ウェイド教授は「この大学では、音楽学科はリベラルアーツの中に存在しています。例えば音楽民族学は社会科学と人文学の組み合わせであり、文化研究の一つであると考えています。私自身はボストン大学で音楽学士号(Bachelor of music)を取得しましたが、リベラルアーツ科目は4年間で1教科だけでした。もしリベラルアーツを学んでいれば、人生設計を考える上でどれだけ違っただろうかと思います。今でも学生の中にはリベラルアーツがどれだけ重要なのか、あるいは音楽の背景に哲学があることを十分に理解していない学生も多いので、彼らに興味を持たせることが私の使命だと思っています」と語る。

アイビー・リーグの一つ、ペンシルベニア大学の音楽学科も人文科学部(School of Arts and Science)に属する。大学創立当時18世紀のヨーロッパやアメリカの植民地では、高等教育機関といえば聖職者育成が主であったが、同大創立者ベンジャミン・フランクリン(政治家)はより社会での実用性・汎用性の高い学問を学ばせるための大学設立をめざした。授業で使う言語もギリシャ語・ラテン語ではなく英語とし、教科も自然科学、地質学、地学、現代言語などとした。そのような歴史的背景を踏まえてか、現在教養科目の中には科学的・分析的思考力を鍛える要素が強い。まず全学生必修科目として、コミュニケーションに関わる「ライティング」「外国語」、統計分析に関わる「データ数量分析」「分析と証明」、知覚に関わる「異文化分析」「米国における文化的多様性(2012年度~)」、次に選択必修7科目(社会/歴史・伝統/芸術・文学/人文学・社会科学/自然界/物理/自然科学・数学)を履修する。そして音楽主専攻科目は、(1)理論「音楽理論とミュージシャンシップ」、音楽主専攻必修科目「ヨーロッパの音楽」「アメリカの音楽生活」「音楽民族学」各入門編、(2)「歴史」「音楽民族学」「理論と作曲」、(3)「音楽史セミナー」「音楽民族学セミナー」「理論と作曲セミナー」(いずれか2つのセミナー必修)、以上3段階で構成される。理論学習の対象となるのはクラシック音楽、アメリカ音楽、ワールドミュージックまでと幅広く、パフォーマンスの機会も多く設けられている。

演奏部門ディレクターのマイケル・ケトナー氏は「音楽を専門にするかどうかが決まっていない場合、あるいは他の分野にも興味がある場合は、大学の音楽学科という選択もよいと思います。これは私の個人的な意見ですが、演奏技術では音楽院の方が上回るかもしれませんが、ここでは深い音楽解釈とその実践法を学ぶ機会になるのではないかと思います。それがパフォーマンスがリベラルアーツに組み込まれている利点でしょう。音楽を学ぶうちに興味を惹かれるものと出会い、それを専門分野とつなげて新しいものを創造する可能性すらあるのです」。

Stanford Braunmusiccenter
スタンフォード大学の広大なキャンパスの一角にあるブラウン音楽センター。音楽学科生は24時間ピアノの練習が可能。音楽学科生含め、99%の学生がキャンパス内学生寮に住んでいる。夜中3時くらいまでどこも電気が煌々とついているらしい。「適度に遊びながら努力も惜しまない、それを"Duck Syndrome"と言うんですよ」(サノ教授談)。

「教養」の定義をさらに幅広く解釈しているのはスタンフォード大学で、21世紀という時代性を鋭く捉えた戦略的なカリキュラムを編成している。ヤシの木が生い茂る緑豊かなキャンパスは新宿よりも広く、どこに行くにもバスや車が必要なほどだ。ここの音楽学科も人文科学部(School of Humanities and Sciences)に属する。卒業必要単位は、全学生必修・選択必修科目(ライティング・修辞学/一般教養科目/言語)と主専攻科目の合計で180単位~、授与学位は「文学士(音楽)」である。一般教養科目は、「人文学入門」「選択必修5科目(工学・応用科学/人文学/数学/自然科学/社会科学)」「市民教育(倫理/グローバルコミュニティ/アメリカ文化研究/ジェンダー研究)」からなる。ちなみにこの市民教育とは、"グローバル市民"の育成と捉えられる。
音楽主専攻科目は(1)理論、(2)音楽史、(3)アナリーゼ、(4)ライティング(中世・ルネサンス~現代の音楽研究/西海岸の音楽民族史/シェイクスピアの音楽/録音の歴史/心理物理学と音楽認知/アフリカン・アメリカ音楽の精神史、等から3科目)、(5)応用科目(器楽独奏、室内楽演習)。そして特別専攻は5つの分野から選べる(演奏実技/指揮/作曲/歴史と理論/音楽・科学・テクノロジー)。

Stanford profSano
スタンフォード大学音楽学科長のスティーブ・サノ教授。ハワイアン音楽にも精通している。

音楽学科長で合唱団指揮者のスティーブ・サノ教授によれば、「最も人気が高いのはパフォーマンス、続いて音楽・科学・テクノロジーです。特に後者は伝統があります。大学構内にはコンピュータ音楽研究施設(CCRMA)があるのですが、初代館長はヤマハのシンセサイザーに内臓されているFM chipsの開発者なんですよ。学生たちは皆起業家精神に富んでいて、音楽学科の学生も自立心旺盛ですね」。同大には極めて充実した助成金制度があるが、芸術・音楽学科生を対象にした助成金もある。自立の第一歩は、何かに自発的にチャレンジするところから始まるのかもしれない。これについては第4回目で触れる。
ちなみにスタンフォード大学といえば2005年度故スティーブ・ジョブス氏が卒業式で行った歴史的スピーチが有名だが(→映像)、サノ教授が指導する合唱団がそのステージを飾ったそうである。音楽学科卒業生の一例として、作曲専攻のクリストファー・ティン氏はスタンフォードで学士号取得後、英国王立音楽大学で修士号を取得し、現在はビデオゲームや映画音楽の作曲を手掛け、2011年には2つのグラミー賞に輝いたそうだ。
なお大学院では文学修士(音楽)、哲学博士(音楽)を授与している。ちなみに1997年ヴァン・クライバーン国際コンクール優勝のジョン・ナカマツ氏は同大卒業生である(ドイツ研究・教育)。
http://humsci.stanford.edu/departments/visit/music

MIT musicians
マサチューセッツ工科大学キャンパス内では楽器をもった学生たちがちらほら。正面玄関前でも演奏が始まった!

一方、マサチューセッツ工科大学の音楽プログラムも人文科学・芸術学部に属するが、あくまで重心を科学におきながら音楽を組み込んでいくプログラムだ。授与学位は「科学学士(音楽)」である。音楽主専攻生の卒業要件は、科学必修科目(科学/人文・芸術・社会科学/科学テクノロジー/ラボ研究/コミュニケーション関連、以上17単位)、音楽必修科目(音楽史(古楽~コンテンポラリー)/和声と対位法/調性音楽の書法、またはアナリーゼ/演奏実技/音楽セミナー、以上84単位)、音楽選択必修科目(作曲・理論/ワールドミュージック/理論・作曲、音楽史・文学、演奏実技から1つ選択、以上36単位)、自由選択科目(音楽、あるいは他分野から60単位)、合計180単位以上である。※ジョイントメジャーとして「科学学士(人文学と工学)」、「科学学士(人文学と科学)」も授与している。

なお上記科目のほとんどはアンサンブル実技等のパフォーマンスも含め、教養科目として全学生対象に開講されている。まさに、音楽はリベラルアーツの一環なのである。では音楽理論や音楽史だけでなく、パフォーマンスを含むことにどんな意味があるのだろうか?ペンシルべニア大学マイケル・ケトナー氏によれば「創立者ベンジャミン・フランクリンは、『学校とは思想を生み出すだけでなく、それを実践する場である』と述べていますが、音楽も実践されるべきということではないでしょうか」と言う。つまり理論と実践の両方がよい按配で組み合わされるのが理想、ということである。これは一見当然のように聞こえるが、意外と実現させるのは難しい。カリキュラムの変遷を見ても分かる通り、「音楽を学ぶ」ことの定義は時代によって変化しているのだ。そして今また、各々の立場から見直されてきているようである。


(4) パフォーマンスとリベラルアーツの歩み寄り

前述したように総合大学では、パフォーマンスを含む授業が多数開講されている。では専門教育を行う音楽院ではどうなのか?今回、総合大学音楽学科と音楽院のカリキュラムを対比してみたところ、一つの兆候が見えてきた。それは、総合大学音楽学科ではパフォーマンスの重視化、音楽院ではリベラルアーツ重視化の動きがあるようだ。以下、大学音楽学科(Music Department)、大学付属の音楽学校(School of music)、音楽院(Conservatory)に分類して述べる。
※呼称は、教育機関の規模、組織体系、授与学位などによって異なる。

(i) 総合大学音楽学科で高まるパフォーマンス重視化

大学音楽学科におけるパフォーマンス重視化に関する大きな流れとして、全学生を対象としたアンサンブル科目開講・対象楽器の増加、また楽器個人レッスンへの奨学金授与、個人レッスンの単位化が挙げられる。ここではカリフォルニア大学、スタンフォード大学、ペンシルベニア大学、マサチューセッツ工科大学、そして音楽院との提携学位プログラムがあるハーバード大学のカリキュラムを取り上げる。

クラシック音楽のみならず、ガムランやアフリカンダンス等の授業もある。もちろんパフォーマンスの機会も多数。
クラシック音楽のみならず、ガムランやアフリカンダンス等の授業もある。もちろんパフォーマンスの機会も多数。

カリフォルニア大学では音楽学科が設置された1905年当初は、オーケストラ、合唱、和声と対位法のクラスが開講されていた。その頃から学生が毎週のように地域コンサートを行っていることから、理論だけでなくパフォーマンスの教育も行われていたと考えられる。音楽民族学教授ボニー・ウェイド教授によれば、1910年代から音楽史、その後に音楽学、音楽民族学、またミュージシャンシップ・ソルフェージュ・聴音などの授業が増えてきたそうだ。これはパフォーマンスがより重視化されてきた兆しと考えられるだろう。
現在全学生を対象としたアンサンブル実技の授業が多数開講されており、コンテンポラリ即興アンサンブル、ゴスペル合唱、バロック・アンサンブル、コーラス、シンフォニー、吹奏楽、ジャワ・ガムラン、アフリカ音楽アンサンブル等がある。ウェイド教授は、「楽器を演奏することによって、すんなりとその音楽に入り込むことができます。音楽を通じて自分の国、他の国を知ることはいいことですね」と語る。パフォーマンスの意義とは、演奏を通じて、その音楽がもつ文化的背景を身体で体験することに他ならない。

ペンシルべニア大学でもアンサンブル実技は全学生対象に開講されており、単位取得が可能である(吹奏楽、管弦楽団、バロック&リコーダー室内楽団、室内楽団、合唱団、聖歌隊、ジャズ、アラブ・アンサンブル、サンバアンサンブル等。要オーディション)。その他にも器楽と声楽の実技指導特別プログラムが用意されている(マリアン・アンダーソン女史からの寄付金)。また"College House Music Program"では各楽器の個人レッスンが受けられ、現在約220人が受講している。さらに音楽主専攻の学生には"Music 10 Program"という特別プログラムがあり、こちらは地元フィラデルフィア管弦楽団奏者などが指導にあたることもある。これまでこうした個人レッスンはカリキュラム外であったが、最近パフォーマンスの比重を増やすように方針が変更され、2008年秋から個人レッスンが単位化されている。

マサチューセッツ工科大学では、音楽主専攻生が履修する選択必修科目に「演奏実技」「理論・作曲」「歴史・文学」があるが、「演奏実技」では下記アンサンブルから1つを選択する(聖歌隊/室内合唱団/MITシンフォニーオーケストラ/吹奏楽/祝祭ジャズアンサンブル/室内楽ソサエティ/バリ・ガムラン/セネガル太鼓アンサンブル。要オーディション)。現在音楽科目履修生は2,000名、うち500名がパフォーマンスの授業を受講している。より集中的に指導を受けたい学生は、エマーソン奨学金で個人レッスンが受講できる。さらにアドバンスレベルと認定された学生はエマーソン・フェローシップにより個人レッスンが単位化される。

スタンフォード大学音楽学科も、全学生対象にアンサンブル科目が開講されている。オーケストラ・室内楽・合唱・太鼓アンサンブルなどの科目があるが、音楽学科では年間150以上のコンサートが開催されることから、パフォーマンスは主要な要素といえる。現在音楽科目履修生は1,000名以上、音楽主専攻は約50名(うち3分の1がダブルメジャー)である。現在キャンパス内には新しいコンサートホール(844席)が建設中で、2013年1月に完成予定である。この事業は「未来のリーダーシップ養成プロジェクト」(2006年~)一環で実施されていることから、音楽や芸術の存在感は今後さらに増すとみられる。

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ハーバード=ニューイングランド音楽院学位提携プログラムで学ぶオルブライトさん(2012 MTNA National Conferenceにて)。

ハーバード大学では2005年より、近隣のニューイングランド音楽院と連携した学位プログラムを展開している。ハーバード大学4年間で任意の学位を取得し、その間ニューイングランド音楽院で個人レッスン等を受けながら、5年目に同音楽院でパフォーマンスの修士号を取得するという計5年間のプログラムである。今回、同プログラムで学ぶ現役学生の演奏を聴く機会を得た。ハーバード大学で経済学を学び、ニューイングランド音楽院にも通う学生だ(チャーリー・オルブライトさん)。2006年ニューヨーク国際ピアノコンクールで優勝した才能を持ち、ピアノの演奏も繊細な表現力とリズム感が光る。こうした二刀流の人材が増えてきている。

(ii)
アーティストと組む大学付属の音楽学校 ~リベラルアーツとパフォーマンスの狭間で

一方、音楽学科に比べて規模が大きく独立性が高いとされる音楽学校(School of music)はどうだろうか。例えばロチェスター大学イーストマン音楽学校(1921年創設)、ジョンズ・ホプキンス大学ピーボディ音楽院などは、カリキュラムや教授陣が音楽院に近い。

ジョンズ・ホプキンス大学ピーボディ音楽院では「音楽学士号(Bachelor of Music)」、修士号、博士号を授与する。音楽学士号の内訳は演奏、ジャズ演奏、作曲、コンピュータ音楽、録音技能、音楽教育である。学位取得に要する単位は122単位+アンサンブル。アンサンブルは全学生に開講され、音楽主専攻の場合には大規模なアンサンブルへの参加が必須となる。また音楽理論、聴音、初見、鍵盤楽器演習、音楽学(音楽史I~IV)などの音楽関連必修科目のほか、リベラルアーツ科目が開講されている。リベラルアーツは思考の形成や収斂を目的とし、学際的要素が強く、特にライティングが重視されているそうだ。
しかし何と言っても音楽院並みの教育環境が同校の特徴であり、著名アーティストを招聘してのマスタークラスやコンサートも多く開かれる。今年3月にはピアニスト兼指揮者マレイ・ペライアのマスタークラスが開催された。

Peabody entrance
ピーボディ音楽学校付近には、ジョンズ・ホプキンス大学メディカルスクール等が点在する。

Yale concerthall
イェール大学のコンサートホール。毎日のようにコンサートやリサイタルが行われている。

イェール大学の場合には音楽学科と音楽学校がある。音楽学科では音楽史、理論、作曲、演奏などが初歩から学ぶことができ、リベラルアーツの学位が取得できる。さらに演奏実技や作曲を高い水準で集中的に学びたい学生は、4年次から修士課程に相当するイェール音楽学校で学ぶことができる。音楽主専攻の是非に関わらず、一定数の指定科目を履修すれば1年間マスタープログラムを履修する資格が得られる(要オーディション)。音楽学校は実技と知識を兼ね備えた社会に役立つ音楽家を育てることを目的とし、過去にはマリン・オルソープ(ボルティモア交響楽団音楽監督・指揮者)等を輩出している。授与学位は音楽学士号、音楽修士号・博士号などである。
音楽学校では世界的に著名なアーティストとのコラボレーションやマスタークラス等が頻繁に行われ、今年3月には作曲家スティーブ・ライヒ臨席のもとで作品演奏が行われ、作曲科学生の作品も同時に披露された。2月にはイェール・フィルハーモニアがウィリアム・クリスティー指揮でカーネギー公演を果たしている。また先日は東京ストリング・クヮルテット(イェール大のカルテット・イン・レジデンス)がここで現役引退を発表したのも記憶に新しい。オンライン図書館や資料・音源も充実しており、中でもギルモア図書館はスコア10万冊、音楽関連書籍7万冊ほか、また音源資料もクラシック音楽からジャズ、演劇、文学、歴史に至るまで25万点以上を所蔵している。 上記はほんの一例であるが、大学内の音楽学校は、音楽とほぼ同等の教育環境を有していると考えてよいだろう。

(iii) 音楽院で高まるリベラルアーツ教育
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カーティス音楽院は全学生数160名余りのアットホームな校風である。毎週水曜日にはロビーでティーセレモニーが開かれ、なんと教員が生徒やスタッフのために紅茶を淹れる。これは創立時からの伝統だそうだ。建物は広場に面した角地にあり、左に進んでいくと、最近建てられたばかりの立派な学生寮がある。

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カーティス音楽院副学長のマンガン教授。 Berklee_building
バークリー音楽大学のキャンパスはボストン中心部に点在する。新しい学生寮も建設中である。


Berklee Prof
音楽ビジネス学科長のドナルド・ゴーダ―教授。


一方、音楽専門教育を行う音楽院では、リベラルアーツの需要が高まってきている。ジュリアード音楽院ではコロンビア大学と提携し、リベラルアーツ科目の単位が取得できる。また優秀な演奏家を多数輩出しているカーティス音楽院(フィラデルフィア)では履修単位数が、パフォーマンス51単位、ミュージカル・スタディ51単位、リベラルアーツが30単位となっている。演奏実技が多いのは当然であるが、リベラルアーツ30単位(美学・哲学/芸術史/第二外国語(英語)/英語・英文学/歴史/人文学/言語学/科学)は決して少ない分量ではない。
今回、同音楽院副学長ジョン・マンガン氏にお話をお伺いした。
「音楽院なのでやはりパフォーマンス(オーケストラ、室内楽、ソロ、作曲等)がカリキュラムの主要な部分を占めています。ただそれだけでなく『アーティストの人格を形成すること』というのがモットーであり、音楽史・音楽理論・ソルフェージュ、ハーモニー等の音楽科目以外にも、リベラルアーツの学びを広げてほしいと考えています。他の音楽院と比べると、少し多いかもしれませんね。音楽学士号(Bachelor of Music)を取得するためには、例えばシェイスクピアやローマ史、中国史、日本史、文学、哲学、心理学・・といった勉強が必要になります。こうしたリベラルアーツは演奏家としての芸術性を高め、思想を深めてくれます。これまで受け継がれてきた偉大な歴史遺産の解釈者となり、想像力を働かせてそれを新しい方向へ導くこと、それが"artists who has something to say"なのです」。

リベラルアーツのカリキュラム自体はこの10年間はほぼ変わっていないそうだ。しかし30~50年前はまだ授業で扱われていなかった。1960年代後半から1970年代にかけてミュージック・スタディ、その少し後からリベラルアーツが科目として加わるようになった。楽曲解釈を深めて演奏に反映させるには、思考や思想形成が重要であるとの認識が定着した証だろう。

またバークリー音楽大学(ボストン)では音楽学士号取得に要する単位は、和声や聴音、アンサンブルなどのミュージック・スタディ40単位に対して、リベラルアーツ40単位と比重が高い。さらに30単位が主専攻科目にあてられる。リベラルアーツ必修科目は、芸術史/英語/歴史/人文学/数学・自然科学/音楽史/音楽と社会/社会科学/テクノロジーリテラシー/その他選択科目/である。この大学はキャリア形成重視教育で知られるが、例えば音楽ビジネス主専攻の場合は、リベラルアーツ必修科目にデータ処理・統計学や国際経済学等が加わる。また最近新設された主専攻科目には国際ビジネスライセンス(ストリーミングサービス、ダウンロード、TV、映画、ゲーム等)と、デジタルマーケティングがある。そして近年ではアントレプレナーシップ(起業家精神)の育成に注力しているそうだ。
自立した一音楽家としてどのような知識やスキルが必要なのか、そこから逆算してカリキュラムが構築されている。だからこそ、演奏実技以外のミュージック・スタディとリベラルアーツが1対1の割合というのは興味深い。

取材・文◎菅野恵理子

※第3回目のテーマは「外部社会と繋がっていく音楽家」です。

INDEX

●第1回目(6月8日)
I.well-cultured musician~より教養性の高い音楽の学びへ
(1)そもそも、音楽は大学の中にあったのか?
(2) 音楽はどのように学びの対象になったのか

第2回目(6月15日)
(3) 現在、音楽学科はリベラルアーツの中にどう組み込まれているのか?
(4) パフォーマンスとリベラルアーツの歩み寄り
    (i) 総合大学音楽学科で高まるパフォーマンス重視化
    (ii)アーティストと組む大学付属の音楽学校
    (iii) 音楽院で高まるリベラルアーツ教育

●第3回目(6月22日)
II.well-socialized musician ~外部社会とつながっていく音楽家

(1)他学部とのつながり 学際的な学びは社会に弾力性を生むか
(2)海外とのつながり 大学・学部間の国際ネットワーク拡大
(3)地域社会とのつながり より長期密着型の地域音楽活動へ
(4)実社会とのつながり 音楽の学びを、より実践的に生かすために
(5)グローバル社会とのつながり 音楽を通して世界の現実と向き合う

第4回目(6月29日)
III.音楽業界を取り巻く新しい動き~未来の音楽家を育てる戦略的プラン

(1)アーツ・アントレプレナーシップ・プログラム(Arts Entrepreneurship Program )
(2)コミュニティ・アーティスト・プログラム(Community Artists Program)
(3)自主的な音楽活動に対する助成金
(4)現場に即した音楽教育研究の充実

番外編1(7月6日)
エリザベート審査員・諏訪内晶子さんインタビュー

番外編2(7月13日)
教師からピアニストへ―ジョン・ナカマツ氏インタビュー

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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