エリザベート王妃国際コンクール(4)ファイナル初日・2日目
ファイナル初日・2日目
エリザベート王妃国際コンクールはいよいよファイナルを迎えています。初日・2日目で、4名のファイナリストの演奏を聴きました。ファイナルでは、ソナタ1曲、新曲「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」(酒井健治作曲)、ヴァイオリン協奏曲1曲を演奏します。曲間での休憩はないため、どのように体力と緊張感をキープできるか、最後まで自分の演奏を貫くことができるのか、まさに演奏家としての力が問われる場です。初日・2日目の様子をリポートします。
会場はFlageyからPalais des Beaux-Arts(通称ボザール)に移り、ホールの大きさも音響もがらりと変わった。今年初めて使用されたFlageyのホールは音の響きが良く、どんな演奏もまろやかに包み込んでくれる。しかしボザールでは音楽解釈に加えて音の質の違いが歴然となり、演奏者のありのままの姿が浮き彫りになる。楽器の違いももちろんあるが、そこから豊かな音を引き出す力量が備わっているかもポイントとなった。
その点において、成田達輝(Tatsuki Narita)のパガニーニ第1番協奏曲は白眉であった。彼が使用しているのは製作者不明のフランス製ヴァイオリンだが、そこから引き出される音は精緻で精彩に富んでいる。パガニーニを選んだのは、彼の個性が十分に生かせる曲をという判断だろう。彼のもつ曲の流れを読み取る力、自然な呼吸とフレージング、アーティキュレーションの明快さ、澄んだ重音、どれもが品よくこの曲と調和していた。カデンツァも緊張感と気迫に満ちている。会場からはスタンディングオベーションが出た!セミファイナル共々曲へのアプローチに客観性と理性が感じられたが、ブラームスのソナタ第3番もぐっと心の内側から音をえぐり出すというよりは、曲の姿を外から捉えて描き出す感じである。新曲でも安定した読譜力とオーケストラとの調和を見せた。優れた解釈能力と品の良い個性を今後も伸ばしてほしい。(使用楽器:unknown French、ピアノ:Marta Godeny)
真逆ともいえるアプローチはシン・ヒュンス(Shin Hyun Su)だろうか。金色ドレスがとてもお似合いな彼女は、ブラームスのソナタ第3番をビブラートを思い切りかけて朗々と歌い上げる。一つ一つのフレーズに彼女の熱い思いがこめられているのが分かる。ドラマで言うならば、全体のストーリーよりも個々のプロットに思い切り情感をこめる感じだろうか。プロットとプロットの繋ぎに意味が見出せると、音楽の流れと全体像が捉えられるだろう。同じ印象ではあるが、シベリウスの協奏曲も優れたテクニックで劇的に歌い上げていた。一つ興味深いのは、セミファイナルのモーツァルト協奏曲でも感じたことだが、そうした熱い感情の高ぶりに一瞬鋭さが横切ることだ。それは新曲で生かされていたように思う。ほぼ同型のパッセージが冒頭12小節続くが、最初のフレーズから鋭角に切り込んで印象づける。また中間部のカデンツァにおけるヴァイオリンソロに続く弦のアンサンブルでは、無から音が生成され変容していく様が、この曲がテーマにするメタモルフォース的な印象を与える。彼女独特のリズムの鋭さとフレーズのうねりは、現代曲で思いがけない効果を生み出したように思う。(使用楽器:Carlo Bergonzi 1733、ピアノ:Sato Takashi)
初日に登場した二人は、文字通り超満員の聴衆とカメラの多さから、溢れる熱気の中で弾くのが大変だったと思う。ヨゼフ・スパチェク(Josef Spacek)はプロコフィエフのソナタ第1番を選曲。内省的で心情を吐露するようなアプローチが印象的である。そこに会場の大きさに合わせた音量が加わり、さらに第2楽章なども美しさの中に潜む狂気が出ると、表現により奥行きが出たと思う。もともと端正で流麗な音楽の運びが得意と思われるので、リズムに特徴がある新曲は難しかったかもしれない。しかしこれを弾き終えた後、何かが彼の中で弾けたのだろうか。シベリウスの協奏曲第1・2楽章では今まで眠っていたエネルギーが蘇ったかのように生き生きとした表情になり、叙情性豊かな持ち味が発揮されてきた。このコンクールの過酷さは、ソナタ1曲、新曲1曲、そして協奏曲の最終楽章に至るまで、体力をどうキープし、最後まで駆け抜けるかという点にもある。このステージでの経験そのものが、彼の今後の成長を促すだろう。(使用楽器:Jean-Baptiste Vuillaume 1855、ピアノ:Jonas Vitaud)
新曲コンチェルトで少し面白い演奏をしたのはエルミール・アベシ(Ermir Abeshi)。この曲はリズムや変拍子の複雑さが特徴で、セミファイナル「Caplice」ほど個性差が出る曲ではないが、それでも奏者によって味付けは異なる。彼は割と野生的で直感的なアプローチが多いとみられるが、新曲ではそれが独特の音を生み出しており、G音の執拗さをよく捉えて様々な音のバリエーションで表現していた。直感で捉えた音楽をそのまま表現するだけでも美しいが、その後さらに理解を深めていく過程で旋律やハーモニーに何らかの意味を見出すと、また表現も少しずつ変わってくるだろう。その点、プロコフィエフのソナタ第2番はもう少し深めてほしい気がした。チャイコフスキーの協奏曲に移る頃には会場の気温と湿度が上がり、その状態で弾かなければならなかったのは大変だったと思う。それでやや呼吸が早まってしまったか。テンポやリズムなどのコントロールや正確さを期することは大事だが、もう少しオーケストラ(指揮者)のサポートがあればとも思った。(使用楽器:Unknown Italian、ピアノ:Thomas Hoppe)
リポート:菅野恵理子(Report: Eriko Sugano)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/