海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

エリザベート王妃国際コンクール(3)前回優勝者はどう新曲に取り組んだか?

2012/05/21
エリザベート王妃国際コンクール(3)
前回優勝者はどう新曲に取り組んだか?
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Queen Elisabeth Competition

現在12名のファイナリストは、La Chapelle Musicale Reine Elisabeth(エリザベート王妃音楽大学)で合宿をしながら、新曲課題曲『ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲』(酒井健治作曲・2011年度作曲部門グランプリ受賞作)に取り組んでいます。外部とのコンタクトを一切遮断された状態で、自分の力で新曲と向き合う8日間。皆さんはどのように過ごしているのでしょうか?
こで前回ヴァイオリン部門優勝者レイ・チェンさんのインタビューをお届けします。セミファイナルの新曲課題曲賞を受賞したほか、ファイナル新曲課題曲にしては、酒井健治さんがこの演奏を聴きながら難易度の参考にしたそうです。8日間という限られた時間の中でどのように音楽を仕上げていったのでしょうか。

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photo: Chris Dunlop
―8日間で新曲コンチェルトを仕上げるというファイナル課題は、どのような音楽的なインパクトがありましたか?

これは新しい体験でしたね。音源もない、全く新しい曲に取り組むということはそう多くあるわけではありません。もし作曲家が自分やあなたのために書いた曲であれば、コラボレーションしながら曲を仕上げることができますけれど。あ、でも実際は何人かと一緒にワークしたんですよ。2~3人で部屋に集まって、お互いに弾き合ったりもしました。確かに外部とのコンタクトは一切遮断されますが、内部では、お互いにその意思があればコミュニケーションは自由です。今年も皆さんがそのように取り組まれるといいなと思います。

―「8日間」とは大変短い時間ですが、新曲に取り組むのに十分でしたか?

もちろん音楽に十分はありません。いつでも、もっと時間があればと思っています。8日といわず、8年とか・・(笑)。もちろん時間があれば良かったですが、コンクールの意図は、8日間という限られた時間の中で音楽をどこまで発展させられるかですから、その中でできる限りの努力をしました。

―8日間で10分程度の協奏曲を仕上げるためにはある程度の初見力が必要だと思いますが、初見は得意な方ですか?
ファイナル新曲課題曲を見ながら作曲家・酒井健治さんと対話するファイナリストたち。/photo:Queen Elisabeth Competition

初見は得意な方ですが、自分よりもっと得意な人はいます。それより自分は学ぶのが早いと思います。初見は全く見たことのない曲を譜読みする力ですが、自分としては、曲の解釈を深めるのに初見は最も必要なスキルというわけではないと思います。室内楽奏者等にとっては重要だと思いますが。私はきちんと事前に準備したい方ですね。

―では8日間でどのように音楽的に発展させましたか?

8日で何ができるか―まず音符を読んで、フレージングを読み取り、それを曲と関連づけて考えることですね。例えば中間部のカデンツァはタンゴのように弾きました。作曲家がそのように意図したかはわかりませんが、自分はそう捉えました。また別のセクションでは無窮動なリズムがあったので、それを鉄道のイメージと結びつけました。使われているテクニックは何かを読み取り、それを自分の体験と結びつけてみることが大事だと思います。(ファイナル映像はこちらへ。セミファイナル新曲の取り組みについてはこちら「音楽知識と感覚を結びつけるアナリーゼ」へ)

―いつもそのように音楽にアプローチしていますか?普段の様子を教えて下さい。

まず第一のステップは、音源を聴いて全体の印象を把握します。第二のステップは、楽譜を読みながらさらに全体の青写真を描いていきます。3Dのように立体的に捉えるんですね。全体像が把握できた時点で自分のアイディアができていますので、それ以上音源を聴くことはありません。イントネーションやフレージング等の個別練習もしますが、いつも全体を見通しながら練習するように心がけています。

ブラームスのダブルコンチェルトを、指揮ロベルト・スパノ、vcヤン・フォーグラーと共演。photo: Oliver Killig
―なるほど。曲の全体像を常に意識しているのですね。ところで先日ドレスデン音楽祭のオープニングコンサートで、母校カーティス音楽院管弦楽団と共演されましたね。素晴らしい演奏でした。

カーティス音楽院管弦楽団との共演はとてもエキサイティングでしたし、誇りに思います。多くの卒業生が卒業後に共演していますが、こんなに早く共演の機会が得られて本当に嬉しいです!音楽院を卒業してからちょうど2年経ちますが、メンバーの3分の4は同じ時期を過ごした仲間です。オケのレベルはさらに良くなっていると思いますね。

―会場となった聖母教会(Frauenkirche)の音響や印象はいかがですか?

教会では何度か弾いたことがあり音響も様々ですが、この聖母教会は素晴らしかったですね。第二次世界大戦中、ドレスデンの街は攻撃を受けてこの教会も完全に破壊されましたが、戦後、各国からの寄付で再建されました。これには和解の意味が込められていて、アメリカや英国等も寄付しています。色々なエネルギーが集まっていますね。ここで演奏できて光栄に思います。

―ありがとうございました。今後ますますのご活躍をお祈りしています!
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Chapelle Musicaleでの8日間は楽しかったというチェンさん。空き時間には皆とスポーツをしたり、適度にリラックスしながら音楽と向き合っていたようだ。最年少優勝を遂げてから3年。現在は演奏旅行で世界中を回る多忙な日々で、2012年9月の来日ツアーを始め、12月にはノーベル賞受賞記念式典での演奏等が予定されている。ダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団と共演した最新CDも好評だ。

なおドレスデン音楽祭ではカール・マリア・フォン・ウェーバー音楽学校でマスタークラスも行われた。バッハのシャコンヌやイザイのソナタ、モーツァルト協奏曲に対して、「全体像を描くこと、それから各楽節のキャラクターを考えていくこと」「フレーズの流れを大きく捉えること」「録音や録画して客観的に聴いてみると演奏が洗練されていくこと」等、また弓の握り方や弓圧のかけ方、腕の使い方など技術的なアドバイスもたっぷり。パガニーニのカプリース21番も披露して、受講生も大満足のマスタークラスだった。

リポート:菅野恵理子(Report: Eriko Sugano)


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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