エリザベート王妃国際コンクール(2)作曲部門・酒井健治さんインタビュー
作曲部門グランプリ・酒井健治さんインタビュー
エリザベート王妃国際コンクールでは、ピアノ・ヴァイオリン・声楽部門が1年毎に行われますが、同時開催されている作曲部門のグランプリ受賞作品が、ファイナルの新曲課題曲として演奏されます。今年は137作品の中から4作品がファイナルに残り、2011年12月に行われた最終審査を経て、酒井健治さん作曲「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」がグランプリに決定しました(->detail)。審査員はブルーノ・マントヴァーニ、ウンスク・チン、ミカエル・ジャレル等6名。日本人の作曲部門グランプリ受賞は1977年、西村晃氏、藤掛廣幸氏以来の快挙となります。受賞曲は5月21日から始まるファイナルで、新曲課題曲として演奏されます(ギルバート・ヴァルガ指揮ブリュッセル交響楽団)。
酒井さんは京都市立芸術大学を卒業後、パリ国立高等音楽院でマルコ・ストロッパ、ミカエル・レヴィナス、クロード・ルドーなどに師事、ジュネーブ音楽院でミカエル・ジャレルに師事、また2007年から2009年までIRCAM研究員を務めました。ここにグランプリ発表後のインタビューをお届けします。
エリザベート王妃国際コンクールは有名なコンクールですし、この賞を頂けたことを本当に光栄に思います。また各所からお電話を頂いて、反応の大きさに驚いています。
そもそもロマン派音楽のソの音の響きやパッセージが好きなのと、時間の経過とともに変容していくメタモルフォース(メタモルフォーゼ・Metamorphose)というコンセプトに興味を持っており、それをこの曲に生かしました。まず冒頭、ソの音で始まるパッセージが規則正しく拍子を刻みながら12小節目まで続き、次第にそれがメタモルフォースしていき、オーケストラと共にカオスを描きます。コーダではそれが崩壊していく感じになり、左手でのピチカート等を経て、最後は同じソの音で終わります。
タイトルを付けないのは初めてのことです。今回は自分のための作品というよりは、ヴァイオリン部門に合わせて書いたという感じで、ロマン派音楽のようにシンプルなタイトルにしました。ヴァイオリン協奏曲における技術的なヴィルトゥオージティを強調した作品になっています(速いパッセージ、第四弦のデタッシェ、ダブルストップ、左手のピッチカート等)。3年前の新曲コンチェルト課題曲を聴いて、それを難易度の基準にしました。
実は2日前に初めてChapelle Musicaleで12人のファイナリストにお会いしましたが、皆さんに「難しい、難しい」と言われました(笑)。個人的な質問も何人かから受けましたが、それよりも指揮者と試演されたヴァイオリニストのコメントをまず先にお伝えしました。リハーサル時間が限られているので、予め要望を伝えておいた方が皆さんにとってありがたいかなと思いまして。その上で自分の作品について話をしましたが、あまりディテールは伝えず、各演奏者にお任せするようにしています。(作曲者との面会は8日間で3回)
セミファイナルでの現代音楽の課題曲("Caprice")は、奏者によって全く解釈が違っていまして、素晴らしい演奏もあれば、楽譜が訴えていることがあまり見えていない演奏もあり、その差が出るのが面白いなと思いました。ファイナルではもちろん自分の曲を素晴らしく弾いて頂けるのもありがたいことですが、各演奏者が自分の楽譜をどう解釈するのかも楽しみにしています。
音が多くて速いパッセージが多いので、楽譜を見ながら弾くのは不可能だと思います。ある程度楽譜を覚えないといけないのですが、それがまず難しいですね。でも楽譜通りに弾けば、曲の世界観がきちんと出るように書いたつもりです。現代音楽はそれが重要だと思うので、楽譜に書かれたことを守って弾けるか、それと同時にそれがどう解釈されるかがとても楽しみです。ファイナリストは12名いますので、その中に必ず面白い解釈があると思います。
2009年度武満徹作曲賞を受賞した時に、審査員でいらした作曲界の重鎮ヘルムート・ラッヘンマン氏から頂いた言葉にとても勇気づけられました(「酒井健治の作品は、音と時間の扱い方による高い作曲技術を持ち、エピゴーネンに陥らない極めて個人的に発展したそのスタイルは、些細でありふれたものを突き抜けて、ある種の軽やかと輝きを帯びてきます」※公式サイトより引用)。
また2009年IRCAM研究生終了時に作品発表させて頂いたのも貴重な経験で、それをきっかけに大きな仕事が入ってくるようになりました。
ヨーロッパのオーケストラですと、ルツェルン交響楽団の委嘱で『ネブラス・二クス』という交響曲がジョナサン・ノット指揮で世界初演されました(" Nebulous Nix"; Luzerner Sinfonieorchester conducted by Jonathan Nott, May 2011)。これは本当に素晴らしい体験でした。その他、アンサンブル・アンテルコンテンポラン(Ensemble Intercontemporain)や、アンサンブル・オーケストラル・コンテンポラン(Ensemble Orchestral Contemporain)等からの委嘱もありました。今年2012年3月にはアンサンブル・オーケストラル・コンテンポランのヨーロッパツアーで、リヨン現代音楽祭、パリのIRCAM、ジュネーブ現代音楽祭などで、アンサンブル作品『Fog and Bubbles』が初演されました。これはグラムという現代音楽研究所(Centre National de Creation Musicale)のスタジオを使い、エレクトロニクスを用いた16人編成のアンサンブルをリクエストされて書いた作品です。
はい。『リフレクティング・スペース(Reflecting Space)』といいまして、今年3月ブリュッセルで行われたARS MUSICA現代音楽祭で再演※されました。=>youtube(pf.倉沢華)。
日本人の作品が国際コンクールで高く評価されたり、世界各地で演奏されることはとても誇らしいこと。ピティナ・ピアノコンペティションでも特級を始め、邦人課題曲を一般公募しており、毎年多くの応募がある。今後、ますますこの分野が発展するだろうという兆しを感じた。なお、ファイナルは5月21日(月)―26日(土)20時開演(日本時間:5月22日―27日午前3時から)。ライブ配信はこちらへ!
※訂正とお詫び:ピアノ独奏曲『リフレクティング・スペース』初演は2007年東京にて。2012年ブリュッセルでの演奏は再演となります。
写真:恒川洋子(photo:Yoko Tsunekawa)
リポート:菅野恵理子(report: Eriko Sugano)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/