海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

クラシック音楽祭inマレーシア<1>第1回クラシック音楽祭

2011/12/07

ヤシの木とともに揺れる音楽祭の旗
クラシック音楽祭inマレーシア
<1>まさにオール・イン・ワン!
マレーシアの第1回クラシック音楽祭

マレーシアの首都クアラルンプールにて、当地のショパン協会が主宰する第1回国際クラシック音楽祭が開かれました。開催期間は11月18日~25日の1週間(会場:Maya Hotel)。マレーシア・インドネシアなどから27名の生徒が参加しました。その様子をリポートします。

ピアノ・室内楽・作曲マスタークラスでEye-opening体験
一際目立つペトロナス・ツインタワー

室内楽のレッスン

室内楽では安定した拍感も大事。

ふわ~っと温かく心地よい風が吹くマレーシアの朝。6時にはコーランの音が遠くで鳴り響き、ヤシの木がさわさわと葉を揺らす。南国のゆったりとした時間の中で1日が始まる。しかし首都クアラルンプールは忙しい。IT・エレクトロニクス産業を主要産業に掲げるマレーシアでは、著しい経済発展の最中にある。

さて音楽祭では、毎朝10時からピアノ・ヴァイオリン・室内楽・作曲のマスタークラスが始まった。各自の楽器に加え、室内楽はほぼ必修である。室内楽では、ヴァイオリン講師(トミスラフ・ディモフ)・チェロ講師(ミランダ・ハーディング)2名と一緒に曲を創り上げていく。室内楽曲を創り上げていくプロセスにおいて、各奏者の解釈の擦り合わせが欠かせない。たとえばハイドンのピアノトリオ第39番「ジプシートリオ」では、'ジプシー音楽' や 'ハンガリー風' をどう解釈してリズムや旋律にのせるかで音楽は変わってくる。「この楽節のキャラクターは?」「曲のモチーフがどう展開して登場するのかを探して下さいね」「自分で考えて決めること。それが音楽におけるクリエイティビティですよ」といった具合にディスカッション形式でレッスンは進められ、解釈が深まるにつれて音やリズムにも生命感が増してきた。アンサンブルにはコンセンサスが必要。だからこそ解釈はなお一層、丁寧かつ的確であることが求められる。そのことに改めて気づかされるレッスンだった。


表現に合った音の出し方を指導するヴァルドマ先生。

ピアノのマスタークラスはナタリア・トゥルーリ先生(モスクワ音楽院教授)、シェン・ソン先生(2005年度ロン・ティボー国際コンクール優勝)、アルボ・ヴァルドマ先生(ケルン音楽大学教授)の3名が講師を務めた。シェン・ソン先生は時折生徒と一緒に弾きながら、曲の表現法を実際の音で示していく。ヴァルドマ先生も欲しい表現や音のイメージに近づけるための指や腕の使い方を、丁寧に指導していた。トゥルーリ先生は、生徒の根本にある資質を鋭く見抜くレッスン。8歳のジェイブン君がレパートリーは少ないが素質は豊かであることを見抜き、基礎のおさらいから。ハ長調の曲をト長調に転調、続いてスケール(全音階・半音階)とアルペジオを弾かせたのち、同じ調性のバッハ・インヴェンション第8番BWV779を暗譜で弾かせ、続いてもう1曲を初見させた。すると、用意してきた曲からは見えなかった能力が引き出されていく。こうしたマスタークラスでの出会いを通じて、何かが発見されることもあるだろう。


基礎をしっかり教えるトゥルーリ先生
リム先生による作曲のマスタークラス。

作曲のクラスでも思いがけない音が生まれる瞬間が面白い。生徒が自分で考えた素材をどのように発展させていくのか、講師であるチョン・リム先生(Ng Chong Lim)は、丁寧に問いかけながら生徒自身のアイディアを引き出していった。「ここはどういう雰囲気にしたい?怖い?それとも楽しそう?それを表現するにはどんな音がいいですか」「同じ音型を何度か続ける場合は、どこで新鮮な音やリズムを取り入れたらいいかな」「一つ一つの要素をどう発展させるか、異なるキャラクターをどう関連づけるのか、それを一緒に考えましょう。でも最後は自分で決めようね」。リム先生は子供のアイディアを大切にしながら、自分で考えを発展させていけるように、分かりやすくヒントを与えていく。中にはゼロから挑戦した生徒もいたようだが、1週間後にはきちんとした曲に仕上がっていた。

身体感覚で捉えるソルフェージュのワークショップ

レクチャーする竹内祥子先生(左)

皆で一緒に歌い音楽を体感してもらう。

今回の音楽祭ではソルフェージュの重要性を広めるため、竹内祥子先生を講師に迎えてワークショップが開かれた。竹内先生は楽理を専攻し、ウィーンでパウル・バドゥラ・スコダ先生に師事・共演も果たし、ルーマニア出身音楽家に関する訳書を出版する等、長年ヨーロッパで音楽を体得してきた方である。筆者は残念ながらワークショップを拝見できなかったので、後日竹内先生に様子をお伺いした。午前中(2時間)はピアノ指導者約40人、午後(約50分)は6歳~15歳くらいの子供たちが集まったという。

「理論を教えるというよりも、ソルフェージュが音楽にどう生かされればいいかということを、簡単な歴史も含めてお話させて頂きました。例えば同じ曲でもアーティキュレーションによって雰囲気が変わるので、1つの曲で3パターンほど歌ったり、ピアノで弾いて頂いたりしました。歌う能力のある方が多かったですね。また全体だけでなく、一つ一つのアーティキュレーションを細かく見ることによって、そこにどう音楽が存在しているのかも分かります。その後はバッハやモーツァルトなど普通の曲を使ってソルフェージュをしました。例えばモーツァルトのカルテットの第二ヴァイオリンを譜面なしで聴いて、歌って頂いたり。意識が外声や旋律のみに集中するといったことが解消されていき、ハーモニーの大切さが分かってきます。また1曲を移調しながら、各調性の持ち味を感じてもらいました」。
子供たちへのレクチャーでも、フレージングやレガートの作り方などを理屈抜きに身体で感じてもらったり、皆が知っている曲(キラキラ星など)の一部を五線紙に書き、音楽を聴きながら抜けた部分を埋めてもらう等のワークをしたそうだ。

最初は真剣な顔をしていた聴衆も次第にほぐれ、和気藹々とした雰囲気の中で行われたワークショップ。ソルフェージュを通して、音楽を身体でとらえることが実感として伝わったようだ。聴衆の中には自ら「Poco Piano for young children」というセオリーテキストを著したYing Ying Ngさんもいた。今後マレーシアでもソルフェージュ教育の研究・実践が広まっていきそうだ。

連夜のコンサート+最後のコンクール

左よりロシア文化センター館長、ロシア大使夫人、トゥルーリ先生、テイ氏、パノフスカ教授
ガラコンサートで演奏するサーリさん。
ガラコンサートで演奏するサーリさん。

音楽祭開催期間中、オープニングからファイナル・ガラコンサートまで連日のようにコンサートが開かれ、生徒や講師が演奏を披露した(ロシア文化センター、Maya Hotel Plenary Theater等)。ほぼ全員が室内楽初体験だったそうだが、なかなか堂々とこなしていたのには感心した。22日のコンサートでは、ハイドンのピアノトリオ第39番第3楽章を弾いたタン・チーワさん(12歳)は、しっかりと弦楽奏者の音を意識しながら息の合ったアンサンブルを聴かせてくれた。自分で弦楽四重奏曲を作ったというヴィンセント・オング君(10歳)は、この日は「Flight of the Gargoyles」という自作曲を披露。起伏と緩急に富んだストーリー展開の明確な音楽で、ピアノ演奏も貫禄たっぷり。またお母様が日本人のタム・サーリさんはバッハのパルティータ第2番ジーグを堂々と演奏した。

23日はナタリア・トゥルーリ先生(Natalia Troull)とモスクワ音楽院時代の門下生でマレーシア出身のケネット・テイ(Kenneth Teh)さんによるジョイント・コンサート。ロシア音楽を軸にショパンとラヴェルを挟んだプログラムで、特に最後のストラヴィンスキー「ペトルーシュカからの3楽章」は、鬼気迫る迫力と多彩な音色・リズム感の妙味を持って演奏され、拍手喝采を誘った。この演奏会にはロシア大使も臨席された。


ガラコンサートの最後を飾ったシェン・ソン氏

また最終日にはコンクールが行われ、各部門1~2名ずつがガラコンサートに出演した。最年少ヴァイオリニストのカール君(4歳)は、テネット先生とシューマン『二人の擲弾兵』を共演。また作曲のリーヘン・イーさんは、フランス音楽のような微妙な色彩感のある和音を繋いだ美しい自作曲「Journey to the Monsters House」を披露した。最後はピアニストのシェン・ソンさん(Siheng Song)がモーツァルト=ヴォロドスのトルコ行進曲を見事なテクニックで華麗に演奏し、ブラボー!で幕を閉じた。

小さい子どもにぴったり!オール・イン・ワン・タイプ音楽祭の良さ

ガラコンサート終演後。修了証書を手に皆でジャンプ!

1週間という短い期間ながら、マスタークラス、ワークショップ、コンサート、コンクール・・・まさに「オール・イン・ワン」な音楽祭である。子供たちがこの1週間で触れた音楽体験は多様であり、経験豊かな音楽家との出会いも大きな刺激になったことだろう。様々な方向からの動機づけによって、今まで眠っていた回路にスイッチが入った子もいたのではないだろうか。今すぐ全てを消化できなくても、自分の身体で感じたが音楽的刺激はずっと残ると信じたい。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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