クラシック音楽祭inマレーシア <2>マレーシアが秘める潜在能力
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4歳の可愛らしいヴァイオリン少年。
<2>マレーシアが秘める潜在能力
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マレーシアは多文化国家である。マレー系、中華系、インド系の3つの文化圏が緩やかに共存している。その柔軟性はあらゆる箇所で生かされている。マレーシアは2020年度に先進国入りを目指して、MSC(マルチメディア・スーパー・コリドー計画)を掲げ、東南アジアを中心とした情報インフラ整備・ハブ化を進めている。既にIT・エレクトロニクス産業が主要産業だそうだが、知識集約型国家への道は着実に進んでいるようだ。
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未来の先端都市になるか。
首都クアラルンプールを本拠とするマレーシア・ショパン協会(Persatuan Chopin Malaysia)は、スネジャナ・パノフスカ教授と元ポーランド大使館参事官ジグムト・ランガー氏を発起人として、2002年に設立された。マレーシアの若い才能発掘育成、クラシック音楽の普及、ならびに音楽を通じた国際交流などを目的に掲げ、2004年よりASEANショパン国際コンクール、2011年より国際クラシック音楽祭と、年々その活動を広げている。その主眼は「音楽を通じてコラボレーションやフレンドシップを深める」ことにある。
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音楽監督スネジャナ・パノフスカ教授(左)とショパン協会会長トゥンク・ムルニラ・トウンク・ムスタファ女史(右)
音楽監督スネジャナ・パノフスカ教授はマケドニア(旧ユーゴスラビア)ご出身で、今回も同国から講師や参加者が何名か参加していた。ヴァイタリティと情熱にあふれ、今回もマスタークラスを一つ一つ周りながら、横からとても的を射たアドバイスをされていた。室内楽の重要性についてはこのように語って下さった。
「室内楽はとても大事ですね。お互いの音を聴き、コミュニケーション力や友情を養い、自信や人格を身につけ、自由を楽しみ、音楽への愛情を深め、音楽の力を高めることができます。子供たちには様々な体験をさせて、才能を存分に伸ばしてあげたいですね。またこの音楽祭では、クラシック音楽とマレーシア伝統楽器を融合させることも目的の一つです。マレーシアにはマレー・中国・インド系の3つの文化があり、ポテンシャルがとても豊かなのですよ」。
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ハイドンのトリオを弾いた12歳の大学生
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次世代の子供たちも高い潜在能力を持つ。ハイドンのピアノトリオ第39番を弾いた12歳少女(チーワさん)は、飛び級で大学進学し、現在はオーストラリアの大学でファイナンスを学んでいる。ピアノは2年前から始めたそうだが、既にこの曲を弾きこなしており、その学習能力の高さが伺えた。また10歳の作曲少年(ヴィンセント君)はペナン島出身で、ピアノは4歳から、作曲は9歳から始めたそうだ。今回披露した4分のソロ曲は1年かけて作曲したそうだが、ストーリー展開に合わせた楽想の用い方が優れている。トゥルーリ先生もこの年齢での成熟度の高さに関心していた。
ポテンシャルの高さに加えて、新しい教育法やツールを積極的に取り入れる柔軟性があり、個人の能力が今後大きく伸びていくだろうと感じた。
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ヤマハのマレーシア支社。
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右よりロー・ポリュウ女史(音楽教育部門ジェネラルマネージャー)、岡崎守支店長、竹内祥子先生、筆者、チョン・コクティン氏(音楽教育部門マネージャー)
今回竹内祥子先生に同行させて頂き、ヤマハのマレーシア支社(支社長:岡崎守氏)を訪問した。現在国内に約100のヤマハ教室を抱え、指導講師は600名ほどいるそうだ。その指導法を一定水準に引き上げるため、このほど「Pianoforte」という講師用教材を開発し、今年10月から使用始めているそうだ。(日本の財団ヤマハ音楽振興会と共同開発され、インドネシア・タイで2年前に開始、マレーシアが3か国目となる。現在全12巻刊行)。この教材はソルフェージュとアンサンブルの要素を含んでおり、学習の方向性が明確に提案されているのが興味深い。例えばある1曲に対して、「この和音の種類・機能は何?」「伴奏と旋律の関係はどうなっている?」といったソルフェージュに関するQ&Aと、先生の伴奏譜が併記されており、一緒にアンサンブルを楽しみながら学ばせることができる。さらに付録CDには室内楽やオーケストラ伴奏などもあり、様々な楽器の音色が学べる。2-wayの指導法が進んだ時、子供たちの能力がどのように伸びるのだろうか、大変興味深い。
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パノフスカ教授曰く、クラシック音楽と伝統楽器を融合させて新たな音響世界を創造するのも音楽祭の目的だという。今回委嘱作品を手がけたのは、作曲マスタークラスの講師を務めたチョン・リム氏(Ng Chong Lim)。英国留学経験もある若手作曲家である。出来上がった作品は、影人形(Wayang Kulit)・ナレーター(Tok Dalang)・ガムラン(Bonang)・パーカッション(Kesi)・マレーシアドラム(Gendang)とピアノと組み合わせた影絵芝居である。クラシック音楽とは記譜法が異なるため、最初はお互いに相手の譜面が読めず合わせるのに苦労したそうだが、伝統芸能の即興性を生かしつつ、味のあるアンサンブルに仕上がったようだ。筆者は残念ながら日程の都合で聴けなかったが、子供たちにとって、音楽はあらゆる境界線を越えていけることを実感したのではないだろうか。
様々な音楽的刺激に満ちたオール・イン・ワンのフェスティバル。子供たちの柔軟で屈託ない笑顔が、マレーシアの温かい風とともによみがえる。
取材・文◎菅野恵理子(Eriko Sugano)
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様々な国籍の子供たちが集う場。
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1階受付にて。笑顔で働くボランティア・スタッフたち。
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ガラコンサートでの講師演奏。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/