FACP (3) つなぐ―アジアから世界へ発信するために
急速に進むグローバル社会において、東西文化の交差点は増えています。それにともない、西欧社会への東洋文化の影響力は近年増大しています。それは西欧文化を十分に学びとり、咀嚼し、自分自身のものとする一方で、我々自身の芸術文化を再発見し、発信する動きが高まったからでしょう。FACPが発足して約30年。これからどのように発展していくのでしょうか。
11月4日には今回のハイライトの一つ、台湾シンフォニーオーケストラ&ユベール・スダーン指揮(Taipei Symphony Orchestra conducted by Hubert Soudant)による公演が行われた。前半はモーツァルト「皇帝ティートの慈悲」序曲から始まり、地元出身のラウル・スニコ(Raul Sunico,フィリピン文化センターCCP館長)を迎えてのガーシュインのピアノ協奏曲第1番が演奏された。スニコ氏は今回FACPのホストを務め、要所で各スピーカーの発言をまとめ、カンファレンスを的確な方向へと導いた。母国で数学と統計学の学位を取得した後、ジュリアード音楽院やNY大学で音楽の研鑽を積み、ブゾーニ国際コンクールのファイナリストにも選ばれたことがあるスニコ氏の演奏は、アジアの繊細さを含んだ優雅さが香るガーシュインであった。
レイ・チェンさん
休憩をはさんで、レイ・チェン(Ray Chen, 2009年エリザベート王妃国際コンクール優勝)が登場。天性のリズム感と豊かな音、雄々しいエネルギーに満ち溢れたブルッフのヴァイオリン協奏曲が披露され、聴衆のスタインディング・オベーションを誘った。台湾で生まれオーストラリアで幼少時代を過ごし、アメリカで学生生活を送り、ヨーロッパの大コンクールで優勝したレイ・チェンは、まさにユニバーサルな時代を象徴するアーティストである。「多文化であることで視野も広がるし、自分自身もそれを楽しんでいる」と語る。どの国でも親しまれる親和性と普遍性を持ちながら、彼のアイデンティティの根源はアジアにある。エリザベート王妃国際コンクールでのエピソードがそれを物語っている。自分のアイデンティティを自覚した上で、柔軟に他文化へアプローチする姿勢が印象的だ。
コンサートの最後はドボルザーク交響曲第8番で華麗に締め括られた。オランダ出身の指揮者ユベール・スダーンは現在東京交響楽団の音楽監督であるが、今回は台北シンフォニーオーケストラを率いて、知と情のバランス取れたタクトでアジアのアーティストを結びつける存在を果たした。
最終日には総会が行われ、新たに7名の理事任命(北京4名、日本1名、台北2名)、2つの支局設立(英国1、米国1)が発表された。また新たな会費も設定された(企業会員100ドル、個人会員50ドル、学生会員10ドル)。会員も増え、ますますネットワークは拡大の一途をたどっている。アート・ビジネスマッチングの時間も大いに活用されたそうだ。
事務局長を務めるイヘン・チェン氏(I-heng Chen)は、今回の会議をこう位置付ける。「世界経済のあり方も変わり、文化受容のバランスも改善されてきました。今までは西洋文化をアジアへ輸入するための方策検討に重点が置かれていましたが、今後はアジア文化輸出を積極的に進めていきたいと思います。文化予算の配分も(欧米文化の受け入れだけでなく)、アジア芸術団体の世界ツアーのための助成が増えていく可能性があります。現在FACPの公式ホームページをリニューアル中ですが、ディレクトリ機能も充実させ、より会員サービス向上に努めたいと思います」。
FACPは来年30周年を迎える。協会の拡大発展に寄与してきたシュー・ポユン氏(Hsu Po-Yun)は、欧米音大におけるアジア留学生の増加、各国民族文化の台頭、アジアのポップス音楽国際化などを挙げて、世界におけるアジア市場の広がりを熱く語ってくれた。その上で「今後さらに多くの力を結集し、まとまった形で欧米社会にアピールしたいと願っています。例えば将来アジア・エリート・オブ・ザ・イヤーを設置し、欧米や南米・アフリカなどを廻るツアーを実現したいですね。このような仕組みの実現にはプロフェッショナルな人材が欠かせませんし、アジア各国政府に支援の手を差し伸べてくれるよう働きかけることも必要です。また今後FACPには若い世代にも関わってもらいたいと思っています」。
ところで会長は30年前、今の姿を想像していただろうか?「実をいうと、創設当初カシラッグ博士と私はもっと大きな構想を抱いていたのですよ。でも当時はなかったインターネットや携帯電話などが、期せずして我々の活動を広げてくれました。この30年間、世界では社会変革や経済改革、自然災害も多くありましたが、そうした困難を乗り越えてFACPが続けてこられたのは、皆さんが芸術を愛し、芸術を通して人と人がつながることを望んでいるからでしょう」
欧米の文化を学び取り、自身の文化と融合させてきたアジアには、思考と発想の柔軟性がある。この文脈の中で、ピティナも今後大きな役割を果たしていくだろう。
第30回を迎える2012年は、インドネシアのソロ市で開催予定。詳しくはFACP公式サイトへ。
取材・文◎菅野恵理子(Eriko Sugano)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/