香港国際ピアノコンクール(2) 佐藤圭奈さんインタビュー
第3回香港国際ピアノコンクール第2位に入賞した佐藤圭奈さん(2008年度ピティナグランプリ)。高い集中力を保ちながら各ステージに全力で臨み、ファイナルでは巨匠アシュケナージ氏とのコンチェルト共演を果たしました。夏頃には少し不安になった時期もあったそうですが、本番を迎える頃には迷いがなくなっていたという佐藤さん。コンクールまでの取り組みとハノーヴァー音大での留学生活についてお伺いしました。(*ファイナル翌日にインタビュー)
迷いなく臨んだコンクール
―2週間にわたるコンクール、お疲れ様でした!まず全体を振り返っての感想をお願いします。
自分の頭で描いたイメージをステージで実現できたと思います。もちろん100%ではないですが、今回は自分の音楽に対してほとんど迷いはありませんでした。「ここでやらなければ」という今までにはない覚悟や必死さがあったと思います。レパートリーに関してはほとんど自分で決め、迷った部分だけ先生に相談しました。今回は少し背伸びした曲も入れました。新しく取り組んだ曲は、ショスタコーヴィチ『前奏曲とフーガ』、ベートーヴェンのソナタop.101、アルベニス『トゥリアーナ』、シベリウスの『悲しきワルツ』、そしてシューマンのピアノ五重奏op.44です。得意曲ばかりではないですし、その中で各曲の特徴をとらえて作り上げなくてはならない、でも大変勉強になりました。
―新曲に取り組むこと以外にも、自分の中での課題はありましたか?
いかなる緊張の中でもその時に出てくる新しいものに敏感に反応し、それを取り入れていける体勢でいたいと思っていました。また自分を出すことも課題でした。でも今回はコンクールの準備をするにあたって、自分の理想とする音楽に近づいていく過程、練習そのものが楽しかったですね。とても大変でしたけど(笑)。色々なキャラクターの曲があって、それをどうしたいのかというアイディアが今までになく出てきました。その辻褄を合わせて調整していく作業が楽しかったです。それをステージの上で発揮したいと思っていました。
その中での課題は、ベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、ショパン(幻想ポロネーズ)ですね。ショパンはドイツでも何度か弾いているのですが、これまで一度も納得したことがありませんでした。でも今回は良い形のショパンを弾けたかなと思います。室内楽はコンクール参加を決めてから楽譜を読み直しアナリーゼをして・・という作業を集中的に行い、友人に合わせをお願いして感じをつかんできました。なかなか1回の合わせで掴むのは難しかったですが、LCO(ロンドン室内楽オーケストラ)の皆さんが素晴らしく、よくサポートして下さいました。6名のセミファイナリストはそれぞれキャラクターが異なるので、ここでしっかりアピールしておかなければと「ビート感を一定に保ってほしい」等、自分の意見を伝えました。
―協奏曲はいかがでしたか?アシュケナージ氏との共演で、素晴らしい演奏でしたね。
とてものびのびと弾かせて下さいました。アシュケナージさんはピアニストのことも全て理解していらっしゃるので、難しいといわれている箇所も1回目でほとんど問題なく合い、90分のリハーサル時間も60分で終わりました。「君のベートーヴェンの演奏が好きだから、自分の思う通りに弾いて下さいね」と言ってリラックスさせて下さいました。予選でソロを全て聴いているので、6人の特徴を分かった上で、それぞれに合わせて演奏して下さったのではないかと思います。小さい頃からCDを沢山聴いていた方と共演できたことも光栄でした。
現在ハノーヴァー留学中、1年前から新しい先生のもとで再出発
―ところで、ハノーヴァー音楽大学に留学して今年で6年目。昨年まで師事していたマッティ・ラエカリオ先生がジュリアード音楽院に移り、1年前に先生が代わったそうですね。新しい環境はいかがでしょうか。
1年前からマルクス・グロー先生(1995年エリザベート王妃国際コンクール優勝)に師事しています。初めてのドイツ人の先生なのですが、先生の性格や自分のことを知ってもらうのに時間がかかりましたが、ようやくこの1年でお互いが分かってきたかなと思います。でもやはり、思っていることや疑問点を出来る限り自分から投げかけていかないといけません。若い先生なので先輩のような感じで同じ目線に立ってくれるので、相談しやすいですね。彼の演奏もそうなのですが、呼吸や空気感がとても落ち着いていて、その感じが合うようになってきました。音の幅も広いですし、全てにおいて尊敬できる先生にまた出会えたことを幸運に思います。
―普段のレッスンの様子を教えて頂けますか?
初めてレッスンにもっていく曲でも、自分の中で完成させていかなければなりません。そこからプラスアルファのエッセンスを下さる、アドバイス的なレッスンです。相手の年齢や成熟度を踏まえた上で、生徒自身の考え方を尊重してくれます。「どうしてこう弾くのか」という疑問を持たれないような演奏でなければ、辻褄が合ってないところは「なぜ?」と必ず指摘されますね。現役の演奏家であり、自分のレパートリー以外の曲でもキャッチの仕方が早いです。小さいディテールも見逃さず、全ての素材を大切にして「それがどこかに繋がっているのではないか」という可能性を考えているようです。レッスン中も楽しんでいて、本当に音楽が好きなんだなと思います。
―自分で考える力が鍛えられているようですね。自分の中での「完成」のイメージや定義も変わってきていると思います。
そうですね。今まではどこか先生に頼る部分があったと思います。それがなくなってからは、どうやって自分で全てオーガナイズするかを考えるようになりました。コンクールを受けるにあたってビデオを撮る機会も多くなり、自分の課題も客観的に見えるようになりました。友人からもらうアドバイスも参考になります。他の生徒のレッスンもよく聴くのですが、常に先生から「彼(彼女)の演奏についてどう思う?」と意見を求められます。その意見も尊重してくれますね。そんな中で今まで漠然としていたことが具体的に捉えられるようになり、それを突き詰めていく、という流れができてきたと思います。
―良い時間を積み重ねてきていますね。最後にこれからの抱負をお願いします。
感覚的なものですが、自分の音楽の方向性が少し見えてきたと思います。今まで曖昧であった部分が少し正されてきた感覚があり、それを忘れず新鮮に保ちたいと思います。何年かに一度ですが、一つ自分のスタイルが出来たかなと思います。崩れては持ち直しての繰り返しだと思いますが、その時期は苦しいし、どう頑張っても自分の音楽ではないという葛藤があって、それをどうにかさせたいという思いでここまで来ました。これからも色々なものをキャッチするアンテナを広げ、様々な経験を重ねて敏感に反応できる人でいたいと思います。
―試行錯誤した時間は決して無駄ではなく、結果は必ず後からついてくると思います。これからもぜひ頑張って下さい!
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/