香港国際ピアノコンクール(1) ファイナリスト6名が室内楽&協奏曲の競演
10月16日から行われている香港国際ピアノコンクール。第3回目を迎える今年は、60名以上の書類応募者から27名が選抜され、ここ香港にて競演が繰り広げられました。第1次・2次予選ソロリサイタル、セミファイナル室内楽・ファイナル新曲課題曲&協奏曲の審査を経て、佐藤圭奈さん(2008ピティナグランプリ、現在独ハノーヴァー音楽大学留学)が第2位に輝きました。優勝はイタリアのジュゼッペ・アンダローロさん。今回はセミファイナルとファイナルの様子をリポートします。
セミファイナリスト6名による室内楽
香港国際コンクールの特徴は、セミファイナルとファイナルの間に選抜がなく、ソロリサイタル審査を経て選ばれた6名が、室内楽と協奏曲の両方を演奏できることにある。室内楽を入れるコンクールは世界的にも増えており、ソロのみならずアンサンブル能力が重視されている。まずセミファイナルで印象に残った演奏から。
課題は三重奏、四重奏、五重奏の指定曲から1曲を選択だが、今回残った6名は全員ピアノ五重奏を選んでいた(シューマン3名、ドボルザーク2名、ブラームス1名)。共演はロンドン室内楽団(LCO)の4名。このステージで優れたアンサンブル能力を見せた一人、ジュゼッペ・アンダローロさんはブラームスのピアノ五重奏を選曲。全体の中でのピアノの役割をよく把握し、安定したバスを基軸に起伏に富むメロディが全体の推進力となり、弦楽奏者から豊かな表情も引き出していた。鮮やかな音を適所に配し、それが曲の光と影を引き立たせる。全体的に優美で、時にはガツンと「個」の競り合いがあっても良いかもしれないと思った。
佐藤圭奈さんはシューマンのピアノ五重奏に挑む。やや抑えたテンポながら、エネルギーを一気に放出するかのように冒頭から勢いが感じられた。控えめなテンポは各楽節の性格を音色で描き分けるためだろうか、丁寧なアプローチが印象に残る。弦楽奏者とお互いに相手を探り合いながらの掛け合いが進められ、それが最後まで程よい緊張感をもたらしていた。
台湾出身のハン・チェンはドボルザークのピアノ五重奏を、颯爽としたテンポと透明度の高い響きで表現した。特にドゥムカに哀切の表情があれば、よりチェロと融合した世界観が作れただろう。
ファイナルはマエストロとのコンチェルト共演!
そして翌日からはファイナルが3日間にわたって行われた(10/28-30)。協奏曲の前に、まずHoward Blakeによる新曲課題曲"Speech After Silence"を各自が演奏した。『スノーマン』等の映画音楽を数多く手掛けている同氏の作品らしく、メロディはそれほど複雑ではなく起承転結も明確で耳馴染みが良い。普通に弾くだけでも美しい曲だが、音のパレットをどう駆使してストーリーに説得力や奥深さを与えるかに注目が集まった。沈思黙考の表現、語りのスピードや表情・・・6名それぞれが異なる演奏であったが、これにはまだまだ解釈の可能性が感じられた。(ジュゼッペ・アンダローロさんが新曲課題曲賞受賞)
そして協奏曲は、6名全員が巨匠ウラディミール・アシュケナージ氏指揮・香港フィルと共演するという贅沢さ!まさにこのコンクールのハイライトである。前日の室内楽とは異なる大規模なアンサンブルに立ち向かう、6名の心臓の高鳴りが聞こえてきそうであった。その中で優れた演奏を聴かせてくれたのは佐藤圭奈さん。ベートーヴェン3番を選んだ佐藤さんは、終始安定した拍感でオーケストラと抜群の相性を見せてくれた。そこには全ての楽器が一体化し、一つの方向へ向かっていく時空間が出来上がっていた。審査員長であるアシュケナージ氏は第二次予選で弾いたベートーヴェンop.101を気に入り、「あなたの思うように弾いて下さいね」と彼女の意思を尊重してくれたそうだ。リハーサル時間は90分あったが、1回目の合わせですんなりと呼吸が合い、予定より早く終わったという。結果発表後には「素晴らしかったですよ」と佐藤さんを讃えるマエストロの姿が見られた。
またジュゼッペ・アンダローロさんのラフマニノフ2番も、繊細な感覚と知性で節度ある音楽を聴かせてくれた。相手が弦楽奏者でもオーケストラでも拍感が揺るがず、音楽を慎重に進めていく。その蓄積したエネルギーは最終楽章で頂点に達し、印象深いフィナーレで締めくくった。
最終ステージという緊張も伴ったためか、ファイナルの演奏の中には拍感やテンポが安定しなかったり、オーケストラの音に圧倒されたり、フレーズを作りこみ過ぎてアンサンブルが難しくなるという例も見受けられた。その度にアシュケナージ氏はピアニストの方を向きつつタクトを分かりやすく振り、アンサンブルに対する配慮が見られた。他はラフマニノフ3番(2名)、ベートーヴェン3番(1名)とチャイコフスキー1番(1名)。14才ながら安定感あるベートーヴェン3番を弾いた男の子(台湾出身)が第3位に入賞した。他3名も含め、大変貴重なコンチェルト体験となったことだろう。
このコンクールを特徴づけているもう一点は、コンクール期間中に審査員も演奏することである。若いピアニストたちは審査対象であると同時に、同志でもあるのだ。だから、であろうか。何となく審査員と参加者の心の距離が近いように感じた。それとも香港の熱い空気がなせるわざだろうか。両者が融合したところに、新しい刺激に満ちた交流が生まれる。まさに、音楽祭のようなコンクールといえるだろう。ちなみに最終日(2日)に行われるガラコンサートは、なんと審査員4名が1曲ずつ協奏曲を披露する。もちろん指揮はマエストロである。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/