ムジカ・ムンディ室内楽研修会・中村芙悠子さんが一流アーティストと共演も
ブリュッセル近郊のジェンヴァル湖。
コンサート会場があるシャトー・ドゥ・ラック
ベルギー郊外の村ジャンヴァル。美しく静かな湖畔は、毎夏世界中から10代の音楽家たちが集い賑やかになる。今年は世界34か国から65名の若者が参加し、7月17日~31日の2週間に渡って室内楽レッスンやコンサートが行われた。対象年齢は10~18歳で、楽器はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネットである。参加者はDVD審査により選ばれ、今年中村芙悠子さん(2009年度第4回福田靖子賞優秀賞)がフル・スカラーシップで参加した。
写真アルバムはこちら(Photography by Penelope Duns and Moti Goldman)。
まずこの音楽祭のユニークな点は、「室内楽限定」であること。レパートリーはルネサンスからコンテンポラリーまでと大変幅広い。開催2か月前に各自へ楽譜が送られてくるが、今回中村さんに与えられた課題曲は以下の通り。
・ スメタナ:モルダウ 8手連弾
・ ツェムリンスキー:クラリネット三重奏 op.3
・ ミヨー:ピアノ四重奏No.1 op.5
・ サン・サーンス:ピアノ五重奏 op.14
・ バルカウスカス:六重奏(1985)
「課題の多さにびっくりしました」という中村さんだが、英語教室にも通い、しっかり準備を整えて7月16日にベルギーへ向かった。
まずスケジュールをご紹介しよう。7:45からの朝食を済ませると、8:45からレッスン(もしくは練習)がスタート。全体スケジュールは1コマ40分で区切られ、一人1日約3~4曲のレッスンが組み込まれている(曲数は個人によって異なる)。もちろん1曲ごとに編成も共演者も変わり、また合間には練習や食事時間が入るため、時間帯毎にぱっと頭を切り替えなくてはならない。そしてレッスンでは他楽器とのハーモニーバランスを整えるために、また音楽により躍動感や色彩をつけるために、柔軟な対応能力が求められる。いわば、音楽に必要なインナーマッスルを鍛えるブートキャンプといったところだろうか。
そして1週目、2週目とも週末に生徒によるコンサートがあり、そのために各週金曜日には選抜オーディションが行われる。実質約4日間という短時間でオーディションまでに仕上げるため、どのグループにも自然に集中力と緊張感が生まれていた。
中村さんは1週目にバルカウスカスの六重奏に取り組んだが、「この曲は音源もなく拍を合わせるのが難しくて、レッスンが終わった後、夜中まで練習することもありました。でも団結力が強く、皆と仲良くなりました」という。特に初日は講師自身がリハーサルのため不在で、生徒だけで練習を進めなくてはならなかった。その中で中村さんは安定したピアノで音楽の軸を支え、練習のリーダーシップを取るヴァイオリン奏者や、全体を見据えて冷静な意見を言うチェロ奏者等と共に、重要な一翼を担った。先生が戻ってからもレッスン終了後に自分たちで夜中まで練習し、結束力がぐんと高まったようだ。「ツェムリンスキーやミヨーは日本でもあまり弾かれることがなく、さらにバルカウスカスは全く知らなかったので、普段経験することができない室内楽曲に触れる良い機会になりました」と中村さん。
国籍・年齢・文化背景も全く異なる若い音楽家たちが、短期間で一つの音楽を創っていくのは決して容易いことではない。それぞれ技術、呼吸、拍感、音質やディナーミクの幅にも違いはある。頼れるものは「楽譜」だけ。どのように曲の流れを読み取り、どのようにハーモニーのバランスを取りながら、時間内に曲としてのまとまりを作っていくのか。楽譜の読み込みの深さや確かさを学ぶ、良い機会である。
マキシム・ヴェンゲーロフ、ミッシャ・マイスキー、イタマール・ゴランによるブラームスのトリオ(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
イヴリー・ギトリス氏のレッスンにて(サン=サーンスのピアノ五重奏)。後日、ある邸宅で行われたサロンコンサートにも出演した。「ベルギーの社交の場を体験できたのも良かったです」と中村さん。(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
この研修会&音楽祭のもう一つの目玉は、「アーティストとの共演」にある。 期間中は毎晩のようにコンサートが開催され、イヴリー・ギトリス、マキシム・ヴェンゲーロフ、ミッシャ・マイスキー、イタマール・ゴラン、マキシム・リャザノフ(7/19)、クリスティアン・ツァハリアス(7/27)等が演奏を披露し、さらにガラ公演(7/31)では学生とアーティストの共演という夢のステージが用意されていた。
アーティスト達は毎日のように若い音楽家たちの指導にもあたり、中村さんも大いに刺激を受けたようだ。「イヴリー・ギトリス先生のレッスンでは、言葉では言い表せないほどのインスピレーションを受けました。ギトリス先生の温かい音楽の世界に入れて頂く、先生のシャボン玉に皆で入る・・そんな感じでした。いい意味で子供のような純粋さをお持ちで、自然に対する感動や感情の起伏も素晴らしい。音楽ってこんなに楽しいでしょう?ということを教えてくれました。時々ご自分でも弾いて下さいましたが、'間'が凄かったです。全てが一つの呼吸の中にまとまっていました」。
音楽祭の顔の一人ヴェンゲーロフ氏は、「若い音楽家たちが集中して美しい室内楽の作品を練習すること、そして最高の教授たちにレッスンを受けられること、音楽祭でもあるので最高レベルの演奏を聴けること、そして自分たちもステージで弾けること。他では経験できない、ヨーロッパでもユニークな存在だと思います」。
また諏訪内晶子や樫本大進等との共演も多く、室内楽専門のピアニストとして著名なイタマール・ゴラン氏は「この音楽祭は音楽的・人間的な観点からも'異なるものと交わる美しさ'があると思います。教育環境や経済的に難しい人にも門戸が開かれ、スカラーシップが与えられることがあるので、こうした経験は値段がつけられないほど貴重だと思いますね」と語る。
もう一つの醍醐味は、「プロフェッショナルとは何か」を知ること。10代といえども、音楽に対しては誰もが真剣そのもの。少しでもプロの世界に触れてもらおうと、毎回アーティストのコンサートではお客様を出迎える係や花束渡しなどの役割を与えられたり、リハーサルも一部公開された。
例えば英国のアカペラグループThe Swingle Singersは、どのように自分達でリハーサルを進めるかというプロセスを若い音楽家たちに紹介してくれた。まず身体全体のウォーミングアップから始まり(肩、首、顔、ひじ、指、脚、全体・・)、単音の発声、各自の音程・ピッチ・声の振動を確認するためのサウンド・チェック等、リハーサルの順番とそれぞれの意味が説明された。さらにテンポやディナーミクを変化させたり、練習リーダーを交替したり、時には即興しながら、「より自由かつ新鮮で有機的な音楽」を創り上げていく。同じ曲に対しても常に違うアプローチを試みながら、表現の可能性を広げていくのだ。
Q&Aタイムではメンバーの一人から、こんなメッセージが贈られた。
「挑戦するのを恐れないこと。新しいことに挑戦する時は失敗するのは当たり前、その中からきっと最高のアイディアが出てきますよ!」
ダネル四重奏団の演奏会にて(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
ここで、ピアノ五重奏のレッスン風景を一部ご紹介したい。
まずはスティーブン・イッサーリスによる、シューベルトのピアノ五重奏『ます』のレッスンから。第2楽章を担当するのは、ブルガリア、スペイン、ノルウェー、ベルギー、ポーランドの5名。世界的なチェロ奏者ながらTシャツ姿で気さくなイッサーリス氏は、5人それぞれが相手の音をよく聴くように意識を向けさせる。ピアノとヴァイオリン、弦のみ、ヴィオラとチェロ、チェロとコントラバス・・と楽器同士のハーモニーや音量バランスを確認させていく。次第にイッサーリス先生が求める音楽の高みを直感的に感じ、生徒の音色には次第に厚みを増し、流れには優美さが加わってきた。
スティーブン・イッサーリス氏によるレッスンにて(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
ダネル氏指導によるミヨーのピアノ四重奏(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)。
中村さんが共演したミヨーのピアノ四重奏は、日本(pf&vn)、アゼルバイジャン(vn)、ノルウェー(va)、フィンランド(vc)の5名。ダネル弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン奏者マーク・ダネル氏が指導にあたった。
「弦はアーティキュレーションをクリアに」「弦の問いに対してピアノはレガートで答えて」「ピアノはもっと大胆で極端な表現を!君ならできるよ」「フランス作品はロシア音楽と違ってどこか楽観的に」と、表現の可能性を探っていくにつれ、音楽全体に豊かな起伏と引き締まったシャープさが出てきた。
今春まで一般高校に通っていた中村さんは、これほど弦楽器に接したのは初めてだという。「ここでは皆が練習中に『ボーイングが違うとフレーズが変わるから』と、意見を出し合ってボーイング一つから決めているのを見て、私もフレーズに対してもっと考えようと思うようになりました。また生徒、先生、プロが弾くのを間近で聴き、様々な種類の演奏を知る中で、今まで当たり前だと思っていた弦の奏法が実は大変難しいことを知りました。
自分ではいつもピアノをオーケストラと思って弾くようにしていますが、例えばサン=サーンスのピアノ五重奏では、最初にチェロのソロから始まり、そこにヴィオラが重なり、次にヴァイオリンが出てきて、音がミルフィーユのように重なっていきます。そこから、あらためて全ての楽器の重要性を実感しました。またピアノでも、和音やハーモニーの一つ一つを大事にしたいと思います」。
マーク・ダネル氏は、違うものに触れる重要性についてこう語る。
「室内楽はとかく、演奏や音質の同質性について指摘されることが多いです。『弦楽四重奏はまるで16本の弦でできた弦楽器で弾いているように聞こえなければならない』とね。でも私はNO!と言いたい。ピアニストには、「曲の中で色々な人が登場するように」と言うでしょう?カルテットも4人が4人違っていていいと思うのです。皆が同じ本を読み、同じことを考えていたら会話は面白くありません。それぞれが確立した個人であることが大事。一人一人がしっかり個性を持っていれば、そこから議論が生まれ、互いの考えを共有することができますね」。
また室内楽の達人イタマール・ゴラン氏も「人によって拍感や色彩、ディナーミク、強さは異なり、それによってエネルギーや音楽への投影の仕方も違います。だから私はいつも、共演者と何か新しいものを創ろうと試みているのです」と語って下さった。
室内楽はまさに「会話」。一人一人がしっかりと個性を持ち、他の楽器といかに息を合わせるのか、曲のエネルギーをどのように高めていき、一つの方向性に収束していくのか。そうした共同作業の妙味を体感できたのではないだろうか。その過程で、年長のメンバーは年少のメンバーをサポートしたりと、自然にリーダーシップを担っていた。自分の親も先生も全くいない環境で力を合わせた経験は、これから先に大きな財産になるだろう。
10代の若い音楽家たちは、エネルギーにあふれている。レッスンや練習の合間は本当に賑やかだ。中村さんは「皆仲間という感じでした。どの楽器の子もピアノが弾けて、突然誰かがさらっとピアノを弾き出すと、それに誰かが合いの手を入れて3人くらいで一緒に弾いたり。そんな心がほっこりする場面も多かったです。曲によってメンバーは変わりますが、特にバルカウスカスはチームが団結していましたね。皆マイルドに意見を持っていて他者も思いやることができ、良いチームだったと思います。ミヨーのグループも良くまとまっていました」。
この音楽祭の雰囲気が好きで、何度も参加しているリピーターも多い。'チーム・バルカウスカス'のメンバーでもあったチェロのイワン・カリズナさん(18歳・ベラルーシ)は、この音楽祭で6回目の夏を迎える。彼は2011年度チャイコフスキー国際コンクールで第3位入賞している実力者だ。「11歳の頃から来ているので、もうここの全てを知っています。毎年新しいアーティストや参加者との出会いがあり、音楽的に刺激を受けますね」。
'チーム・ミヨー'の一人で日本から参加した西川千瑛さん(15歳)も6回目。「色々な国から人が来ていて、皆と深く関われるのがいいですね。ここに来るアーティストのレベルが凄く高いので、いつも刺激を受けています」。
ここで、アーティストたちの10代の思い出をお伺いしてみた。
ヴェンゲーロフ氏は5歳で初ステージを踏み、10歳の時ヴィエニヤフスキ国際コンクールジュニア部門で優勝し、以後著名オーケストラと共演を重ねる。「私は若い時から自分や自分の家族ためだけでなく、国を背負って演奏していました」。10代の頃に迷いや悩みはなかったかの質問には、考える暇すらなかった、とのお答え。まさに神童であったヴェンゲーロフ氏だが、才能を自分で伸ばすにはどうしたらよいのか聞いてみた。
「私にとって常に音楽が最も大事。そのために、自分の潜在能力と才能を最大限に駆使して、最高の音楽に到達するように努めています。10代の若い皆さんに伝えたいのは、自分の過去を忘れないこと。人間の歴史を踏まえることが大切だということ。若い音楽家たちは何か新しいものを作り出さなければと思うあまり、過去を切り離してしまう傾向があります。未来へ向けて一歩踏み出す前に、まず自分のルーツがどこにあるかを知ってほしいですね。そして正しい教育を受けること。いつも音楽に対する真剣さを失わないでほしいですね。ここに来る若い音楽家たちは、自分が何を求めているかを分かっています。1日13時間、朝から夜までレッスンや練習があり、1分も無駄にできませんね(笑)」。
オーケストラ・リハーサルの合間にも、若い音楽家たちに温かい言葉や眼差しを投げかける氏。まさに音楽の道を真っ直ぐに走ってきたわけだが、数年前から指揮活動を行い、ユーリ・シモノフ氏にも薫陶を受けているそうだ。
今回の音楽祭では、最終日にMusica Mundiアカデミーオーケストラを従えて指揮を披露した。
ヴェンゲーロフ氏と全く異なる人生を送ってきたのは、室内楽で有名なイタマール・ゴラン氏(パリ音楽院室内楽科教授)。ヴェンゲーロフ、ミッシャ・マイスキーとのブラームスのトリオは霊感溢れる素晴らしい演奏であった。
「私は5歳の時にピアノを始めました。息子をピアニストにするのが両親の夢だったのです。でも私自身は自分がピアノを続けるかどうか確信してはいませんでした。音楽の道に進もうと決心したのは20代に入ってからです。実はその前に一度、音楽と離れました。14~15歳の頃からの数年間はピアノに触れず、違う分野に色々挑戦してみました。その頃すでに親元を離れてアメリカで学んでいたのですが、都会生活から距離を置いてアラスカに移り住み、自然の中で自分はどんな存在なのか、どこに向かうべきなのかを考え続けていました。
しかしある時、突然壁に突き当たったのです。18~19歳くらいでしたか、突然'何もない'という感覚に陥りました。その時、私に人生を取り戻してくれたのは音楽でした。その頃よく相談に乗って下さったのが、ハイム・タウブ氏(元イスラエル交響楽団コンサートマスター)です。彼は私のメンター的な存在で、多くのインスピレーションやアドバイスを下さいました。
音楽の道に戻ってからは、室内楽のみに専念するようになりました。最初に弾いた曲?友人を集めてブラームスのピアノ四重奏1番を弾きましたよ。自分は音楽の一部だと実感することができました。そしてフレージングや音質を追求しながら、共に音楽を作るというカルチャーを学びました。共演者からも毎回大いにインスピレーションを受けていますね」。
詩作もするというゴラン氏。紆余曲折を経てきた人生からにじみ出る音や言葉は、胸を打つものがある。現在コンサート活動の傍ら、パリ音楽院で室内楽の教鞭をとるが、大学生とジュニア世代の子供たちを教える時に意識に違いはあるのだろうか?
「年齢は関係ありません。むしろ、その人の持つ文化や優先順位、求めるもの、人間性が重要だと思っています。何より大切なのは、良質なものや良い情報を得て、自分の芸術性をそこに注ぎ込むこと。いわば私たちは音楽と共に生まれ、生きていくわけですから」と真剣な眼差しで答えて下さった。
そんなゴラン氏より、日本の皆様へメッセージを頂いた。今年6月に来日公演、また欧州各地でもチャリティコンサートに出演(ベルリンではマルタ・アルゲリッチ、樫本大進と共演)しているそうだ。
「この数か月、日本の皆様は大変厳しい時期を過ごされていると思います。私の家族は日本人ですし、日本にはファンの方々もいますので、自分も日本の一部であると感じています。また人として皆さんが経験されている苦痛や苦悩を身に染みて感じ、一アーティストとして日本で演奏する責務とともに、少しでも音楽をお届けできることに誇りを感じています。この悲劇を乗り越える中で、日本や日本の方々の間により強い絆が生まれると信じています」。
2週間に及ぶ室内楽研修会を締めくくる学生コンサートと修了ガラコンサートが、7月30日、31日に行われた。学生コンサートは選抜により28組が出演し、翌日のガラコンサートはアーティスト達と学生オーケストラの共演が披露された。
28組(前日のオーディションで約半数が選抜)が出演した学生コンサートでは、アルビノーニやボッケリーニ等のバロック作品から、パルマーやクレーネク等のコンテンポラリーに至るまで、幅広いレパートリが披露された。中村さんはツェムリンスキーの三重奏と、ミヨーのピアノ四重奏で出演。特にミヨーは全員のエネルギーがまとまった方向性で放たれ、求心力ある演奏で聴衆の大きな拍手を誘った。中村さんのピアノはレッスンを経るたびに表現力を増し、曲の重要な流れを作っていった。講師のマーク・ダネル氏も「良い演奏だったと思います。Fuyukoはどんな要求にも応え、臆することなく極端な表現も試みてくれました。第1ヴァイオリンのChiakiもとても成長してくれましたね」と語ってくれた。
いつもと違う曲に挑戦したり、全員で一つの表現を深めていくのも研修会の醍醐味。シューベルトの弦楽五重奏D.956第2楽章アダージオは、息の長いフレーズをエネルギーを絶やすことなく繋げ、ゆっくりと頂点へもっていく統制の取れた演奏を見せた。このシューベルトのレッスンは毎朝9時半からだったそうだ(講師はドラ・シュワルツベルグ先生)。またヒンデミットの弦楽五重奏は全ての弦が自分の役割を分かった上で多彩な表情を出し、プティの弦楽四重奏はスケルツォらしい軽妙さを演出していた。それぞれのグループが短期間ながら、持てる力を結集した演奏を聴かせてくれた。最後は、ダイナミックなドホナーニのピアノ五重奏(終楽章)がラストを飾った。
ガラコンサートにて、中村さんはイタマール・ゴラン氏らと「モルダウ」の8手連弾。(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
そしていよいよ迎えた最終日、ガラコンサートではアーティストと学生が共演するという貴重なステージが設けられた。学生アンサンブルによる「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」に続き、中村さんはイタマール・ゴラン氏ほか2名の学生(共にブルガリア出身)とスメタナ『モルダウ』の8手連弾を披露した。繊細な水の流れが、やがて一つになり雄大な大河を描いていくかのように曲が発展していき、最後は4人とも力を出し切って華やかに曲を締めくくった。
ヴェンゲーロフ氏がMusica Mundiオーケストラを指揮。(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
後半はオーケストラの登場である。マキシム・ヴェンゲーロフと12歳の少年ヴァイオリニストとの共演、ソロ演奏(ツィガーヌ)、そしてヴェンゲーロフ指揮によるMusica Mundiオーケストラで会場は大いに盛り上がった。またスティーブン・イッサーリスによる「ユダヤ人の生活より」(エルネスト・ブロッホ作曲)も白眉であった。ユダヤ人の魂と祈りが深くこもった演奏は、奇しくもヴェンゲーロフ氏が語った「自分のルーツを知ること、過去を踏まえること」という言葉を思いだした。
この音楽祭が終われば、それぞれがまた自分の国へ戻る。瞑想のような静けさの中で、今一度自分のルーツに思いを馳せた瞬間だった。最後は陽気なリズムに切なさを帯びたショスタコーヴィチのワルツ第2番を、会場全体で歌いながら幕が閉じられた。
同音楽祭主宰のハギット・ハッシド・ケルベルさんは、「今日聴いて頂いたステージが、この2週間の結果です。音楽への情熱、インスピレーション、そして何より音楽を一緒に作り上げる素晴らしさを共に分かち合うこと。それが音楽祭の目的です」。
アーティスト&全受講生たち。(Photo by Penelope Duns and Moti Goldman)
スポンサーの一人エレナ・フォーテンさんは、「この音楽祭の素晴らしいところは、若い音楽家が高いモチベーションを持って学べること、歴史に残るほどの素晴らしいアーティストたちと一緒に演奏したり時間を共有できること。そして参加者同士もこの2週間だけでなく、その後も連絡を取り合ったりして、新しい音楽のネットワークができることですね。ぜひ今後、日本やアジア各国からも多く参加して頂きたいです」。
最後に、イヴリー・ギトリス氏にこの音楽祭についてお考えを伺った。
「考え?僕は考えないの。愛、愛、愛、それが全て。ありがとう皆さん!」
音楽祭の底辺に流れるユーモアとヒューマニズムは、10代の音楽家たちの心にしっかり届いたことだろう。
◎取材・文:菅野恵理子
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/