パデレフスキ―国際ピアノアカデミー・1週間生オケで協奏曲を学ぶ
ビドゴシチ近郊にある、緑に囲まれた美しい館
1週間毎日オーケストラ・リハーサル&個人レッスン
1週間毎日、生のオーケストラとリハーサルができる!―それを実現させたのが、このパデレフスキ―国際ピアノアカデミー。今年の開催期間は8月7日~14日/14日~21日の2週間(各週定員12名)。マンツーマンの協奏曲指導という贅沢なプログラム、その様子をご紹介します。
毎日オーケストラとのリハーサルが組まれている。
緑が美しいポーランドの田舎。ここに10名の若いピアニストとオーケストラメンバーが集まった。楽譜と紅茶を片手に談笑しながら、一緒にリハーサルの時間を待つ。お互い顔見知りになり、音楽も次第に打ち解けていく。
ピアノ協奏曲は重要なレパートリーであるにも関わらず、なかなか実際にオーケストラと合わせる機会がない、というのは多くのピアニストの悩みである。ここパデレフスキ―国際アカデミーでは1日30分のオーケストラのリハーサルと30分の個人レッスンが受けられ、各週末にはガラコンサートも開催される。レッスンにはイリヤ・シェプス先生とアンドレ・ヤシンスキー先生が指導にあたり、オーケストラ・リハーサルにも立ち会う。
ビドゴシチ音楽院で個人レッスンが行われる。
毎日9時の朝食が終わると、各自オケとのリハーサル、または個人レッスンか練習室に向かう。1週目の参加者はモーツァルト24番(1名)、ベートーヴェン3番(3名)、5番(2名)、ショパン2番(1名)、ラフマニノフ2番(3名)を選択した。
※選択可能曲目はこちら
オーケストラのリハーサル会場は、改装したばかりの美しい館にある小ホールで、ここは美しい森に囲まれ宿泊施設も備えてある。オケはトルン交響楽団、指揮はヤン・ヤコブ・ボクン氏。毎日30分間、オーケストラと共に音色やハーモニーのバランスを整えたり、タイミングの合わせ等を行う。オーケストラ初共演となる10代の学生もおり、特に弦や管楽器と合わせるタイミングには何度か注意が重ねられたが、4回のリハーサルを通して、他楽器の特徴にどうピアノを合わせるのかが体感できてきたようだ。
その後ビドゴシチ音楽院に移動し、毎日30分間の個人レッスンが行われる。リハーサルでの反省や注意点を踏まえながら、メロディの歌わせ方や一歩踏み込んだ音楽解釈のアドバイスを受ける。1週目の講師はシェプス、ヤシンスキー両先生で、2週目はロバート・マクドナルド先生(ジュリアード音楽院教授)がヤシンスキー先生に代わる。参加者は両名からそれぞれ2~3回ずつ、個人レッスンを受けられる。
オーケストラとのリハーサル後、イリヤ・シェプス先生の個人レッスンを受ける生徒さん。
シェプス先生はショパン協奏曲第2番の個人レッスンで(生徒は中国出身15歳)、もう少しフレーズを歌わせること、少し間をおいて弦楽器が出てくるのを待つこと、ハーモニーの変化を意識すること、一つのフレーズにも何を意味しているのか考えること等をアドバイス。翌日のオーケストラとのリハーサルでは、オーケストラと一緒に色彩を作っていくこと、間を感じること、ファゴットと上手く対話すること等、表情を付ける段階へと進んだ。(1日あたり3時間半の練習時間が設けられている)
オーケストラとの合わせ後、アドバイスするヤシンスキー先生(※8月中旬より来日、各地でレクチャー予定)。生徒はラフマニノフ2番を弾くチャーゼさん。
1週目の生徒たちは、ドイツ、ロシア、トルコ、中国、ポーランド出身の10名。美しく力強いラフマニノフ2番を弾いたジョルジ・チャーゼさん(23)は、2009年度ホーネンズ国際コンクール優勝、現在ベルリン音大でヘルヴィッヒ先生に学ぶ。偶然インターネットでこのアカデミーを知ったそうだ。今年10月にはカナダで本番が控えている(ピンカス・ズーカーマン指揮)。「このアカデミーは運営も良いですし、オケとのリハーサルも良い経験になります。ヤシンスキー先生の個人レッスンからも色々アドバイスを頂きました」。ヤシンスキー先生は「彼はとても良い表現力と、ラフマニノフに相応しいフレージングが出来ています。あともう少しベースラインを出して鐘のように響かせて、とリハーサル後にアドバイスしました」。
厦門の音楽学校の生徒さん達とリー先生(右)。学校がある島はピアノ人口の多さから、「ピアノ・アイランド」と呼ばれているそうだ。
中国からは4名が参加(厦門3名、シンセン1名)。厦門の音楽学校教師リー・チェンシさんはまだ20代とお見受けする若い指導者だが、他の門下生合わせて3名を連れてきた。「コンクール決勝では必ずピアノ協奏曲が課されますので、このアカデミーでは指揮者やオーケストラとのコミュニケーションの取り方を知り、上達させる貴重なチャンスだと思います」とリー先生。
生徒さんは「2台ピアノで協奏曲を弾いたことはありましたが、実際のオーケストラと合わせることで、自分が指揮者になったように想像力を働かせるようになりました」。「指揮者を見て、オーケストラの音を聴きながら、自分の音楽を考える、協奏曲では全てのことを一度にしなくてはなりません。大変ですが、モーツァルトのソナタやショパンの前奏曲など他の曲の弾き方も変わってくると思います」といった印象を持ったようだ。
またシンセンからは生徒と共にチェン・グァンカン先生も随行。現在ダン・シャオイ先生(2000年度ショパン国際コンクール優勝ユンディ・リの恩師)のアシスタントを務めるグァンカン先生は、熱心にリハーサルを見学していた。経済的・文化的にも飛躍的な進歩を遂げるシンセン。今年10月にピアノ協奏曲に特化したコンクールが開催される予定である。
この協奏曲アカデミーはイリヤ・シェプス先生を芸術監督に迎え、ヘンリク・マルテンカ氏(パデレフスキ―国際コンクール主宰)によって2009年に設立された。今年3年目を迎えたばかりだが、運営は現在のところ上手くいっているようだ。では、なぜ協奏曲をメインにしたのだろうか?芸術監督シェプス先生に伺った。
「国際コンクールの決勝ではピアノ協奏曲が課されますが、経験不足のため思ったように演奏できない例がよく見られました。そこで何とか協奏曲を集中的に学ぶ機会を作れないものかと、以前から考えていました。幸運にもマルテンカ氏と出会い、3年前に実現に至りました。初日のリハーサルではびっくりするようなこともありますが、日を追うごとにオーケストラや指揮者とも上手く対話できるようになりますね。各週末にはガラコンサートを行いますが、皆さんそれぞれのペースで進歩を遂げ、素晴らしく上達した演奏を聴かせてくれます。またレッスンやリハーサルだけでなく、様々な国や学校から音楽家や指導者が集まり、リハーサルの合間や食事の時間にも音楽の話で盛り上がります。ここは、文化交流の場でもあるのです」。
ビドゴシチ市内に流れる美しい川。この川沿いにオペラハウスがある。
綺麗になった公園に賑やかな子どもたちの声が響く。
ビドゴシチ市の中心部には川が流れ、その周辺にはオペラハウスや美術館がある。ここ数年で再開発が進んだそうで、「ビドゴシチのベニス」と呼ばれる中心部の街並みは美しい。ビドゴシチ音楽院はここから少し離れた街の一角にある。隣にはフィルハーモニーホールがあり、世界中の著名アーティストがここのステージに立つ。
この小さな音楽院で、2005年度ショパンコンクール優勝者ラファウ・ブレハッチが育ち、同ファイナリストの根津理恵子さんや2010年度ファイナリストのパヴェウ・バカレツィも学んでいた。ピアノ科教授・講師陣にはブレハッチ、バカレツィの恩師ポポヴァ・ズィドロン教授ほか、パデレフスキ―国際アカデミーのマネージャーを務めるマリウス・クリムジァック氏もいる。
そのクリムジァック氏はパデレフスキ―に特別な愛着を感じるという。「パデレフスキ―は作曲家、ピアニストで、政治家でもあり、大変才能豊かな人でした。ポーランド人らしい作曲家で、特に彼の小品はユーモアがあって好きですね」。
(次回パデレフスキ―国際コンクールは2013年10月に開催予定)
◎取材・文:菅野恵理子
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/