ペルージャ音楽祭でピティナ会員2名も活躍!英語でピアノ指導の日々
(1)ピティナ会員2名も活躍!英語でピアノ指導の日々
(2)ゲーリー・グラフマン教授に聞く ~20代で成功したピアニストたちの10代は?
天空の都市。そんな言葉が思い浮かぶほど、ペルージャは丘全体が街である。ペルージャ駅から地上600メートルほど上ると、そこには広場があり、教会があり、人々の生活がある。広場には朝から人が集まって賑わい、昼下がりにはジェラートが飛ぶように売れ、夜はバール前でワイン片手に談笑が始まり、1日中活気が絶えることはない。きっと古代ローマ時代から同じリズムを刻んでいるのだろう。
賑わうペルージャ市内
さてここペルージャでは毎夏、若い音楽家が集う音楽祭が行われている。2週間に渡りレッスンやマスタークラスが行われるほか、講師や生徒による全20回に及ぶコンサートやオペラも上演される。今年の講師はゲーリー・グラフマン、横山幸雄、川上昌裕の各先生ほか約20名、生徒は全楽器合わせて120名以上に及ぶ。レッスン会場は当地最高級ブルファニ・ホテルとペルージャ音楽院の2か所、コンサートは国立ウンブリア美術館に隣接する、由緒あるホール(公証人の間)も使われた。レッスンは1コマ30分で、1人1回全ての教授のレッスンが受けられる形になっている。
8歳の男の子を教えるグラフマン先生。なかなかメリハリ効いた演奏
まずマスタークラスの様子からお伝えしたい。今年の講師はゲーリー・グラフマン教授。グラフマン教授は名門カーティス音楽院学長を20年間務められ、ラン・ランやユジャ・ワン、ハオチェン・チャン(2009年度ヴァン・クライバーン国際コンクール優勝)等、多くの若手一流ピアニストを育てた実績を持つ。一人30分という短い時間で、確かに演奏が変わっていくポイントをついた指導であった。全体の中での各楽節の捉え方、ハーモニーの変化、メロディの歌い方、pとppで音質や歌い方をどう変えたらよいのか、和音の響きにどんな表情を持てばよいか、他の楽器のような音色を出すには、ペダルなしでレガートを作るには、フレーズの中のニュアンスをどうつければよいのか等、そのポイントを変えるだけで曲の表情が変わっていく。
落ち着いた語り口で指導する横山先生。奏法のアドバイスもわかりやすい(初日)
また、音楽院の各部屋では個人レッスンも行われた。イタリアらしい回廊式の音楽院は、中世の雰囲気をたっぷり残す。教室は改装されており、生徒の可愛らしい絵などが飾られている。 ここで行われた横山幸雄先生のレッスンも、曲の性格や全体構成の把握を重視する。その上で、その表現に求められる奏法を実際に弾きながら伝授した。速くクリアなタッチ、打楽器のように鋭い打鍵など様々なタッチ、ハーモニーの重要性やメロディの歌わせ方、時代様式に合ったアーティキュレーションなども丁寧に指摘し、30分間で曲の解釈と奏法が明確になっていく。 オープニング公演と講師が出演するマスターズシリーズ初日に登場した横山先生は、バッハ=ブゾーニのシャコンヌやリストのリゴレット・パラフレーズ等を演奏。1日でショパン全曲演奏というギネス記録を持つ横山先生ならではの、さすがに楽曲の構成を鋭くとらえた緩急自在な演奏が印象に残った。(※8/4-5まで)
マスターズシリーズ終演後に。グレッグ・ポーリー氏(左)とイラーナ・ヴェレッドさん(中央)
この音楽祭を主宰するペーター・ヘルメス氏の奥様で、NHK交響楽団との共演経験もあるピアニストのイラーナ・ヴェレッドさんも、演奏と指導に携わる。天真爛漫という言葉がぴったりのヴェレッドさんは、身体全体で音楽を表現する。オープニング公演で披露したモーツァルトの「フランスの歌『ああ、お母さん聞いて』による12の変奏曲」は、大きく伸びやかに曲を捉え、各変奏を大胆に表現してみせた。レッスンでも「この曲はもっと生き生きと、もっと表現できるわよ!」と、若い音楽家たちにインスピレーションを与え、音楽祭の雰囲気を明るく引っ張っている。
公証人の間(Sala dei Notari)で演奏する川上先生。
今回が初参加となる川上昌裕先生は、全期間滞在し(8/4-16)、合計70名以上の生徒を相手に英語でレッスンを行うというハードスケジュールに臨んでいる。レッスンでは重要な点を指摘しつつ横で歌いながら音楽の方向性を導き、マスターズシリーズでは得意のメトネル「春」やカプースチン「ソナタファンタジア」等を披露して大きな拍手を誘った。海外でのレッスンは日本とどう違うのだろうか。4日目が終了したところで、感想をお伺いした。
「皆それぞれバックグランドや経験が違うので、その子が勉強してきた国や教育を考慮しながら指導するように心がけています。(4日目までに)アメリカ、カナダ、コロンビア、台湾等の生徒をレッスンしましたが、日本人の生徒を教える時とはアプローチが変わります。日本だと響きが違うので、全てが綺麗に弾けていないと完成したように聞こえないこともあり、大きな捉え方や重要な部分に耳がいかないという状況もあったかなと思います。
こちらは必ずしも良いピアノというわけではなく、ホールの響きもかなり増幅されるため細かい音まで聞こえませんが、そのような中で『何が大事なのか』という視点に変わりますね。音楽が要求する本質は何かを問われる環境だと思います」。
3日目から場所が移り、響きが大きく増幅されるホールでレッスン
では日本と海外で、生徒の姿勢には違いはあるだろうか?
「日本では一から説明することが多いのですが、これは歴史や環境の差、あるいは教育全般において自主的な姿勢が十分に育てられてないからだと思います。情報は山ほどありますが、グローバルな考えを持つには至っていません。外国人は自分で表現したい考えが既にあるので、解釈に問題があると思われる点について話し合ったり示唆を与えたり、という具合にレッスンを進めています。
やはり、どの国の学生にも通用する国際標準の指導を心掛けたいと改めて思います。そのためには、いつも思っていることではありますが、ますます幅広い勉強をしなければと実感しています」。
川上先生ご夫妻と。この日生徒さん達はモーツァルトのピアノ協奏曲KV466を堂々と披露した。音楽祭最終日は全員'エチュード・マラソン'コンサートに参加する。
個人レッスンを受けた生徒からは、「ロシア音楽が得意で、歌の大切さを教えてくれたのが良かったです」(インヒュン・リーさん/15歳/カナダ)。「良いリズム感を持っていると思います。難しい部分の弾き方や、別の奏法を提案してくれました。決して押し付けないのが良かったですね」(エヴァン・ペンシスさん/17歳/アメリカ)といった感想が聞かれた。
日本の指導者も海外に出てレッスンする時代。生徒にとって指導者の国籍はあまり関係なく、音楽の何をどう教えるのかが重要である。学ぶ方も教える方も多国籍になり、西洋音楽は世界共通の文化遺産になったと感じる。今後このような機会は増えてくるだろう。
古代ローマ時代の資産、エトルリア門
文化遺産といえば、ここペルージャは古代ローマ時代の遺跡や中世の建築が残る街である。古代ローマ時代に築かれた城塞(現在はエトルリア門などが残る)、また中世やルネサンス期の美術も素晴らしい。国立ウンブリア博物館に所蔵されているフラ・アンジェリコの作品は、後期ゴシックから初期ルネサンスへの進化を暗示する作品で、聖母子の柔らかく慈愛に満ちた表情はそれまでの作品にはない自然さと深みある表現だ。技術の革新は、常に新しい芸術的表現を生み出す。
中世の面影を色濃く残すペルージャ。
ちなみにコンサートが行われたホール(公証人の間)は13世紀に建築され、壁一面にはフレスコ画が描かれている。そんな中世の雰囲気たっぷりのホールに置かれているピアノは、ファツィオリである。さり気なく古いものと新しいものを組み合わせて楽しむ遊び心が、イタリアにはある。
取材・文◎菅野 恵理子
ペルージャには旅行で何回か来たことはありますが、この音楽祭に参加するのは初めてです。今のところ5人にレッスンしましたが、レベルはなかなか高いと思います。才能ある若い学生たちを教えるのは嬉しいことです。
私は1981年からカーティス音楽院で教え始め、1986年から2006年までの20年間は学長を務め、今でも指導に携わっています。ラン・ランは13歳、ユジャは15歳、ハオチェン・ジャン(2009年度ヴァン・クライバーン国際コンクール優勝)は14歳の時にカーティスに来ました。文豪ソルジェニーツィンの息子は入学時17歳でしたが、彼が一番年上の例でした(現在はカーティス音楽院教授・指揮者)。
早い段階で良い先生につくのは大変重要なことだと思います。彼らはとても吸収が早かったですね。まだ知らない曲が沢山ありましたから、新しい曲をどんどん勉強していきました。中国ではソリストを目指す子が多いため、弦楽器やオーケストラと共演することが少なく、今も室内楽にあまり重きが置かれていません。ですが、カーティス音楽院では室内楽は必修ですし、彼らも積極的に取り組んでいましたね。ヴァイオリンやチェロ科の子も皆優秀ですので、お互いに学んでいますよ。
彼らは幸運だったと思いますね。カーティス音楽院内の学生コンサートがきっかけでスカウトされました。学生コンサートは毎年100公演以上あるのですが、NYや他都市からもコンサートマネージャーが時々聴きに来ます。現在ピアノ科には18名いますが(全160名)、彼らには演奏機会が沢山あるんですよ。9月~翌年3月までは毎週3回(月水金)、4月以降は毎週4~5回行われます。卒業演奏会以外はジョイントコンサートです。ラン・ランがベートーヴェンのソナタを弾いたり、レイ・チェンがユジャ・ワンと共演したり、管楽器や声楽と共演したり・・ということもありました。
20代の時に、フルブライト奨学金でシエナに行きました。アカデミア・ムジカーレ・キジアーナという夏期講習に参加し、有名なカルテットとブラームスのカルテットを共演しました。毎週2日はオフをとり、ペルージャやヴェネツィアなど色々な街をヴェスパで廻っていました。 今でも旅をよくします。新しいものを発見したり体験することが好きなんですよ。アジアも、モンゴルとブータン以外は全て行きました。ビルマには3週間いましたし、チベット、ラオス、カンボジアにも行きました。30代から中国のアートに興味を持ち出し、今ではコレクションも相当な数にのぼります。コロンビア大学の修士課程を聴講し、中国・日本・インドの芸術について学んだりもしました。中国の陶磁器、特に初期の明朝(15世紀初)や日本画のコレクションもあります。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/