【国際コンクールの今】 2.最近の傾向
~10代の充実化、20代の継続参加、そして30代の回帰
まずジュニアのコンクールには、日本でもよく知られているのは若いピアニストのためのエトリンゲン国際コンクール(ドイツ)、若いピアニストのためのウラディミール・ホロヴィッツ記念国際ピアノコンクール(ウクライナ)、若いピアニストのためのクライネフ国際ピアノコンクール(ウクライナ)、アルトゥール・ルービンシュタイン記念若いピアニストのための国際コンクール(ポーランド)、ジーナ・バックアゥワー国際コンクール(米・ジュニア部門・ヤングアーティスト部門)、若いピアニストのためのリスト国際ピアノコンクール(独ワイマール)、e-pianoジュニア国際コンクール(米)などがある。
またショパンの名を冠したジュニアコンクールは世界中にあり、ショパン国際コンクールin Asia(日本)、アジアパシフィック・ショパン国際ピアノコンクール(韓国)、ハートフォード・ショパン国際コンクール(米)、子供と青年のためのショパン国際コンクール(ポーランド・シャファルニア)などが挙げられる。
ところで、「ジュニア」の定義はコンクールによって異なるが、やや低年齢化が進んでいるようである。下限を設けていないところも多いが、10歳以上(サンノゼ・ロシア音楽コンクールジュニア部門、若い音楽家のためのエンスヘーデ国際コンクール)が一つの目安になるだろうか(前者は6~9歳のヤング・ピアニスト部門もあり)。一方、上限はどうだろうか。ジーナ・バックアゥワーでは上限18歳(11~13歳、14~18歳)、エトリンゲンでは上限20歳(~15歳、~20歳)。2011年創設のバング&オルフセン・ピアノRAMAコンクール(デンマーク)は上限21歳(11~15歳、16~21歳)と、ジュニアからシニアへの移行を踏まえたゆとりある年齢枠を設けている。またジュニアでもシニア並の経験ができるのはクーパー国際コンクール(米)。対象年齢は13~18歳、決勝ではクリーヴランド管弦楽団と協奏曲全楽章を共演する。
一方シニア部門では対象年齢の上昇に伴い、20代後半や30代の回帰が見受けられる。2010年度ショパン国際コンクールでは対象年齢が2歳引き上げられ、再挑戦者も多かった。またクリーヴランド国際ピアノコンクールでは年齢制限に変化はないものの、2011年度応募者は最年少18歳が減り、最年長30歳の受験者層が急増したそうだ。なおカントゥ市ピアノとオーケストラのための国際コンクール(イタリア)、マイリンド国際コンクール(フィンランド)、トップ・オブ・ザ・ワールド国際ピアノコンクール(ノルウェー)は上限35才、シルヴィオ・ベンガリ国際ピアノコンクール(イタリア)は上限37歳、グリーグ国際ピアノコンクールは年齢制限がない。国際コンクールデビュー年齢が早まり、じっくり時間をかけてジュニアからシニアへ移行し、そのまま長期にわたってコンクールに参加するピアニストが増えそうだ。
コンクールの意義は多様化し、フレッシュな才能発掘を目的とした「新人の登竜門」だけでなく、ピアニストにとって「ステージ経験を積む場」でもあり、「進むべき方向性を確かめる場」でもあり、「新しい人と出会う場」でもある。
「自分にとって有意義な学びを得られるのはどのコンクールか」「いつ受け始めるのか、いつまで受けるのが自分にとって良いのか」「何のために受けるのか」という冷静な判断力も必要であるが、より長期的視野に基づいたコンクール参加が増えそうである。
~課題曲の選択力、解釈力、コラボレーション能力が鍵に
かつて「速く大きく」弾けるピアニストが良いと囁かれた時代があった。しかし本来求められているのは単純なimpactではなく、いわば、insight(洞察)・inspiration(インスピレーション)・individuality(個性)が感じられるinterpretationである。
それを象徴するかのように、ピアニストの個性を反映しやすい課題が多多くなった。例えばジーナ・バックアゥワー国際コンクール、ダブリン国際コンクール、ワシントン国際コンクールではフリー・プログラムである。自分の得意曲だけを並べることもできるが、演奏力のみならずプログラム構築力も見られるため、コンサート・アーティストとしてのアプローチが問われる。またショパン国際コンクール、リスト国際コンクール(ユトレヒト)、ベートーヴェン国際コンクール(墺・ウィーン)など一人の作曲家を扱うコンクールでは、解釈の深さが鍵になる。その作曲家の作品全体を見渡すことで単発的なアプローチとは異なる視点が得られ、より研ぎ澄まされた学び方を体得できるだろう。またモーツァルト国際コンクール、Telekomベートーヴェン国際コンクール(独・ボン)、ブゾーニ国際コンクールなど他作曲家も出題されるコンクールでは、作曲家同士を有機的に関連づけながら学べる。
コラボレーション能力も重要な審査ポイントである。審査の中に室内楽※が含まれているのは、モーツァルト国際音楽コンクール(カルテット&声楽伴奏)、ホーネンズ国際コンクール(ヴァイオリン&チェロとのデュオ&声楽伴奏)、シドニー国際コンクール(トリオ)、ルービンシュタイン国際ピアノコンクール、マイリンド国際ピアノコンクール(いずれもカルテット)、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(クインテット)、クララ・ハスキル国際コンクール(トリオ、カルテット、クインテット)など。また室内楽中心のコンクールには、タネーエフ国際室内楽コンクール(ピアノデュオ、トリオ、カルテット、クインテット)やリヨン国際室内楽コンクール(ピアノトリオ等)などがある。※編成は年度によって異なる可能性あり。
また審査過程で協奏曲2曲を課すコンクール(チャイコフスキー、シドニー、ルービンシュタイン、ARDミュンヘン、ブゾーニ等)、あるいは協奏曲中心のコンクール(カントゥ、仙台、ASEAN等)がある。ちなみにパデレフスキ国際コンクール(ポーランド)では、夏に協奏曲中心のアカデミーを実施している。
国際コンクールは演奏家のみならず、新曲発表の場でもある。自国作曲家やコンクール委嘱作品、作曲部門優勝作品などを含むコンクール(エリザベト王妃、モントリオール、ジュネーブ、ソウル、プラハの春、ARDミュンヘン、リーズ、シドニー、ヴァン・クライバーン等)や、自作曲や即興を取り入れるコンクール(マイリンド、ワイマール・リスト等)も。2010年度サンマリノ国際コンクールでは、ジャズ・ピアニスト兼作曲家のUri Caine氏に委嘱したそうだ。またオルレアン20世紀国際コンクール(フランス)は20世紀の現代曲に特化し、作曲家も審査に加わる。後者には18歳までを対象にしたジュニア対象コンクールもある。またシューベルト&現代音楽コンクールは、シューベルト作品(歌曲やトリオ等)と現代曲を組み合わせるプログラムがユニークである。
~大人数から少数精鋭へ
国際コンクールでは本審査の前に、書類やDVDによる審査、あるいは世界各地で予備予選を行うのが常である。その結果80名前後の出場者を開催国に迎える大規模なコンクールもあるが、一方では、予備予選で厳しい選抜を行い30名以下に絞り込む傾向が増えているようだ。今年度の例を挙げると、クリーヴランド国際コンクールでは応募者247名中30名が準々決勝に選出された。チャイコフスキー国際コンクールも30名から。モントリオール国際コンクールでは応募者153名のうち24名が準々決勝へ。リスト国際ピアノコンクールでは世界4都市で予備予選が行われ、22名がユトレヒトでの準々決勝に進んだ。
選抜が厳しくなるにつれ、予備予選にも工夫が凝らされてくる。2012年度ホーネンズ国際ピアノコンクールでは書類審査を通過した50名が世界4都市での予備審査に臨むが、40分ソロ演奏に加え、ジャーナリストとの5分間英語インタビューも加味される(コミュニケーション力や積極性、プロフェッショナルなキャリア形成に対する心構えや適合性などが観点となる)。その結果、10名がカルガリーでの準決勝に進出する。
さらに少人数精鋭のコンクールがある。モンテカルロ・ピアノマスターズは国際コンクール決勝進出経験のある、40歳以下のピアニストに出場権が与えられる。ライブオーディションを経て12名がモナコに集まる。フルブライト国際協奏曲コンクールは準決勝11名から。モロッコ・フィルハーモニー国際ピアノコンクールは招待制により9名が出場。アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ杯はエッパン国際アカデミーに招待された6名で争われ、聴衆が受賞者を決定する。
一方「なるべく多くの演奏機会を与えたい」と、選抜回数を最小限に抑えるコンクールもある。一次・二次予選まで全員演奏(クリーヴランド、シドニー)、準決勝まで全員演奏(ジーナ・バックアゥワー)、あるいは準決勝から全員決勝進出(香港)など、各主催者の教育的配慮が見える。さらに、16-21歳のピアニスト対象であるが、ニューヨーク国際ピアノコンクール(米)では4回の審査で選抜はなく、審査員によるマスタークラスも行われる。
~審査員の考えをより明確に伝えるために
決勝後、セミファイナリストは全審査員と1対1で対話(リスト国際コンクール)
若いピアニストにとって、審査員との出会いは重要である。そこで、参加者と審査員の面談時間を増やす試みがある。リスト国際ピアノコンクール(ユトレヒト)では準決勝後、セミファイナリスト達と審査員が1名ずつ机に向き合って座り、じっくり話し合う時間が設けられた(下欄参照)。またモーツァルト国際コンクールでも準決勝後にレセプションが行われ、参加者が審査員一人一人と座って話し込む姿が見られた(下欄参照)。大がかりなパーティでなくとも、主催者の配慮によって、参加者が審査員に直接質問や感想を聞くチャンスを作ることができる。この試みをバックアップしているのが、アーリンク・アルゲリッチ財団(AAF)だ。毎年抽選*によって8国際コンクールを選出し(会員6、非会員2)、レセプション開催費として1500ユーロを上限に助成している。(*訂正:正しくは「抽選」での無作為抽出となります)
そして審査員がどのように評価しているのかは、誰もが気になるところであろう。2010年度ショパン国際コンクールでは、全ステージ・全審査員の採点表公開に踏み切った。これは国際コンクールでは大変稀であり、大きな話題を呼んだ。これに続き、2011年度米ハートフォード・ショパン国際コンクールでも採点表が公開された。ホーネンズ国際コンクールでは公式計算人がHPに紹介され、透明性を強調している。
~音楽の未来を支える、聴衆との接点
スタンディング・オベーションで若い才能を讃える(エリザベト王妃国際コンクール)
日本からも多くのピアノ指導者や聴衆がワルシャワへ(ショパン国際コンクール)
開場前から長蛇の列(浜松国際コンクール)
すっかり日常化した国際コンクールのライブストリーミング配信。ショパン国際コンクール、エリザベト王妃国際コンクール、ヴァン・クライバーン国際コンクール、リスト国際ピアノコンクール(ユトレヒト)、シドニー国際コンクール、浜松国際ピアノコンクールなどは、数年前からライブ中継が人気を集めている。2011年度チャイコフスキー国際コンクールでも大々的にライブ中継が行われ、視聴者は100万人以上と予想しているそうだ。近年の音声・映像配信技術の向上により、より臨場感のある映像が楽しめそうだ。
またチャイコフスキー国際コンクールでは聴衆賞の伝統があるが、他でも多く取り入れられている。リスト国際ピアノコンクール(ユトレヒト)では、2011年度優勝者の後藤正孝さんが聴衆賞も同時受賞したのが記憶に新しい。
また伝統あるコンクールでは数十年前から熱心に通い詰める聴衆も多く、後年スポンサーになる場合もある。エリザベト王妃国際コンクールは貴族が多い社会背景もあり、一聴衆からスポンサーやホストファミリーとして支援する人も多い。さらに聴衆の中にはアーティストや研究者、コンサート主催者、CDプロデューサー、メディア関係者もいるだろう。たとえば音楽祭が同時開催されるコンクールでは、世界の第一線で活躍するアーティストとの接点が増える。戦後間もなく設立されたプラハの春国際コンクールやエネスク国際音楽コンクールは音楽祭同時開催の伝統があるが、近年では香港国際ピアノコンクールがそのアイディアを生かし、コンクール期間中に音楽祭を行っている。またリスト国際ピアノコンクール(ユトレヒト)ではリスト・カンファレンスが同時開催され、世界中からリスト研究者や学者が集まった。若い才能にとって、成熟した才能との出会いは人生に多くのものをもたらすだろう。
~より長期的視野に基づいたアーティスト・マネジメント
最後までしっかり聴いて学ぶ若いピアニストたち(ショパン国際コンクール)
歴代優勝者が出演するガラコンサートが、リストの誕生日に開催される(リスト国際コンクール)
優勝者や入賞者がコンクール後に活躍できるのか。
これは若いピアニストのみならず、主催者にとっても大事なミッションである。そのため褒賞は賞金や録音、コンサート出演等を充実させるほか、将来を見据えたキャリア支援を行うコンクールもある。
まず初めに、優勝賞金は増額傾向にあり、現在400万円以上はロン=ティボー国際コンクール、続いてクリーヴランド国際ピアノコンクール、ソウル国際音楽コンクールである(2011年4月現在)。またCD録音には、NAXOSやharmonia mundiといったレーベルが協力を進めている。褒賞演奏会として一流オーケストラとの共演や著名音楽祭への出演は、若いピアニストにとってさらに芸術性を磨く機会でもある。三大国際コンクール以外にも、ヴァン・クライバーンやリスト国際コンクールは50公演以上(コンセルトヘボウでのコンチェルト共演、欧米各国での音楽祭出演等)と健闘している。
そして、より長期的なキャリア支援に力を入れ始めているコンクールがある。リスト国際コンクールやホーネンズ国際コンクールでは、独自のメディア向けトレーニングを実施。フルブライト国際協奏曲コンクールでは、出場12名全員がプロのマネージャーよりキャリアに関するアドバイスが受けられる。モントリオール国際コンクールでは国際音楽コンクール世界連盟より20,000CHFの助成を受け、キャリア支援プログラムをスタート。アーティスト、レコードプロデューサー、コミュニケーション専門家への紹介、ホームページ開設(専門家のアドバイス付)、カメラマン、ファッションデザイナーからの助言など、あらゆる方向から一アーティストとしての磨きをかけていく。こうしたメディア時代に対応したキャリア支援は、米国・カナダ・オランダなど新興国から広まっているようである。
2011年7月9月(土)15時より、「リスト国際コンクール優勝記念・後藤正孝リサイタル」が、母校・昭和音楽大学(テアトロ・ジーリオ・ショウワ)にて開催予定!
※リスト国際コンクール(オランダ・ユトレヒト)は3年毎に開催され、今年25周年を迎える。特に聴衆・アーティスト・メディアなど、人との接点を作りながら優勝者を長期的視野に基づいて支援する"育成型褒賞"が特徴。コンクール事務局長ピーレン氏は、現在国際音楽コンクール世界連盟副会長。
<国際コンクール優勝賞金ランキング> *2011年5月現在・任意
- 1位
- ロン=ティボー国際コンクール(35,000euro *418万円相当)
- 2位
- クリーヴランド国際コンクール、ソウル国際音楽コンクール(50,000USD *400万円相当)
- 3位
- ショパン国際ピアノコンクール、モンテカルロ・ピアノマスターズ、ベートーヴェン国際コンクール、トップ・オブ・ザ・ワールド国際ピアノコンクール(30,000euro *358万円相当)
- 5位
- ジーナ・バックアゥワー国際コンクール、モントリオール国際コンクール(30,000USD *240万円相当)
- 6位
- マイリンド国際コンクール (25,000euro *298万円相当)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/