海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リスト国際コンクール・優勝者インタビュー 後藤正孝さん

2011/04/13
goto_portrait.jpg

第9回リスト国際コンクールで見事に優勝した後藤正孝さん(2004年度ピティナグランプリ)。「リストという一人の作曲家に絞って勉強したことは、一つの大きな決断でした」という後藤さんは、その成果を大舞台で花開かせました。優勝翌日に行ったインタビューをお届けします。

―この度は優勝おめでとうございます!2週間前、ユトレヒトに到着した時はどのような気持ちでしたか?

日本のことを考えつつも、「もうここに来たんだ」と色々な思いが頭の中を巡っていました。くじ引きで順番が決まってからは「あとはやるだけ」と覚悟を決めました。ピアノ選びは3社2台ずつを15分で選ぶという、これまでのコンクールの中でも初めての経験で一瞬戸惑いましたが、試弾の結果すんなりと決めることができました。会場は大きなホールで、聴衆の皆さんも温かかったですし、とても心地よく弾くことができました。

―準々決勝ソロ35分と準決勝50分、それぞれどのように臨みましたか?

20110409_winneraward.jpg
photo:Gustav Alink

大きく違ったのは、準々決勝では1曲で成り立っている作品を4曲弾くのと、準決勝では一つの曲集を弾くのとで、時間の配分も変わってくると考えていました。準々決勝ではバラード1番・2番をもう少し詰めてもよかったのですが、曲間の流れはそれほど気にせず、1曲1曲集中して弾こうと思いました。そして準決勝の『巡礼の年・第2年イタリア』は、少なくとも『ダンテを読んで』の前までは一つの曲の流れとして捉えよう、と意識を持って臨みました。特に『ペトラルカのソネット』3曲は単独で弾くことも多いですが、その場合は冒頭の弾き方などが変わってくると思います。今回は全てを通したので、ペトラルカは3曲で一つ、という流れを意識していました。実はネット中継で他の方の演奏も聴いていましたが、曲間を自由に使っている方が多かったように思います。自分の演奏の良し悪しは別にして、そう意識をはっきり持って臨んだのは良かったかなと思います。

―『巡礼の年・第2年イタリア』はどのようにイメージ作りをしましたか?

『婚礼』はラファエロの絵で、『ペトラルカのソネット』や『サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ』は原曲が歌なので、まずは歌詞の意味を知るところから始めました。ペトラルカのソネットは原曲も聴きました。『ダンテを読んで』は神曲を読んで何となくイメージを掴み、どう音色を付けるかについては、オーケストレーションを考えることで、具体的な音色のイメージを思い描くようにしました。

goto_house1.jpg
ホストファミリー宅で練習する後藤さん。ご主人は『ノルマ』のアリアをほぼ暗唱できるほどのオペラ好き

―カンツォネッタやソネット等の原典に目を通されましたか。どのように思われましたでしょうか?

正直、こういう経験はしたくないなという気持ちはありますけど、リスト自身は感情移入しやすかったのかなと考え、できる限り理解しようと取り組みました。

―『ノルマの回想』も素晴らしい演奏でしたね。聴衆の皆さんからも同じような声を聴きました。この曲に対する思い入れをお聞かせ頂けますか?

この曲を弾く以前からソナタなどリスト作品は弾いていましたが、実はこれは僕がリストに踏み込んでいくきっかけになった曲です。ベリーニのオペラを観てそのシーンをシンクロさせながら作品を弾いた時、「本当に凄い音楽だ、リストはなんて偉大な作曲家なんだ」と初めて感じました。「このシーンからリストはこんなインスピレーションを得て、それを自分の色に染めて、このように作品を創り上げていったのだ」と、僕なりに理解しようとして自然にのめり込んでいきました。
色々な作品を弾いてみましたが、『巡礼の年』に行きついた時、「すごい作品だ」と改めて実感しました。天才はやはり天才なのだと、再認識しました。

―『ノルマの回想』『巡礼の年第2年』はいずれもイタリアに関わりがありますが、後藤さんはイタリアの作曲家やイタリア風の作品が好きという傾向はありますか?2004年度のピティナ・グランプリツアーもイタリア2都市でしたね。

母校(昭和音楽大学)はイタリア色が強く、特にイタリア歌曲やオペラ作品を扱う公演が多いです。自然とイタリアに関わる音楽を耳にする機会が多かったのですが、いい意味での大らかさが僕には合っているのかなと、イタリアで思った記憶があります。今回はそんなに意識せず、『ノルマの回想』と『巡礼の年』をすんなり選べたと思います。

―これからどのような方向性でリストの曲に取り組みたいですか。

20110409_pastwinners.jpg
歴代の優勝者と
今回のコンクールを通してリストのチクルスに初めて取り組みましたが、とてもいい経験になりました。やはり全曲弾いて見えてくるものが必ずあると思うので、もし曲集の中から1曲抜粋して弾く時でも、「この曲はどういう位置付けか」を見てみたいと思います。また編曲作品も多くありますので、有名無名、好むと好まざるとに関わらず、弾いていきたいと思います。

―準々決勝では歌曲の編曲が課題でしたね。シューベルト=リスト『魔王』を選曲されましたが、普段もよく歌曲の伴奏をしたり、ご自分でも歌うことはありますか?

はい。大学では伴奏の機会が多くありました。「歌うこと」が自分自身の課題だったのですが、リストの作品を弾く前に、歌っている人の呼吸や節回しを間近で聴くことによって、自分の中に自然に感じるものがあったと思います。そして今回リストの曲を通して、歌うことができるようになったと実感しました。

―それは演奏の中に感じられました。ところで今回もう一つ心に残ったのが、集中力を最後までキープし、ステージ毎に存在感を強めていったことです。後藤さんの中で、コンクールをコンクールだと思わなくなった時はありますか?

意識が変わったのは、今回だと思います。本当に意識を変えさせたのは大震災だと思います。僕ができるのはピアノを弾くことなので、それによって微力ながらもみなさんを笑顔にしたい。その思いでこちらに来ました。コンクールだからという意識は、今回はほとんどありませんでした。

―聴衆賞の受賞は、後藤さんの気持ちが伝わった結果ですね。日本の皆様にもきっと届いていると思います。さて、これからオランダ国内外で優勝者演奏ツアーが始まります。どういう曲を中心に、どのような思いで臨みたいですか?

明るいホストファミリー、エッティンガーご夫妻(右)。左のご友人は10年以上前からコンクールに足を運んでいるそう

4月はコンクールの曲が中心になると思います。何度かはソロリサイタルもありますし、毎回全力を尽くして、お客様に届けるという気持ちで臨みたいと思います。本当に音楽を愛していることが伝わるピアニストになりたいと思います。自分が思うイメージと、自分が演奏することでお客様が抱くイメージが一緒とは限らないのですが、今回はそれぞれの曲に自分なりの強い思いを持って弾いていたので、少なからずそれが伝わればいいなと思いました。たくさんの方から「良かったよ」と言っていただいたのが、大変嬉しかったです。

―優勝者ツアーでのご活躍をお祈りしています!ありがとうございました。


優勝者記念コンサート・海外ツアー・音楽祭出演情報はこちらへ!
後藤正孝さん詳細プロフィール
「リスト国際ピアノコンクール優勝記念リサイタル」
後藤さんの母校、昭和音楽大学にて「リスト国際ピアノコンクール優勝記念リサイタル」が開催決定!2011年7月9日(土)15時予定。

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】